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もうチョットで日曜画家 (元海上自衛官の独白)

技量上がらぬ故の腹いせにせず。更にヘイトに堕せずをモットーに。

一帯一路は新万里の長城

2019年12月02日 | 中国

 産経新聞の1面見出しで、東西冷戦終結を宣言した「マルタ」会談から30年が経過したことを、改めて知った。

 紙面は元米国国防副長官の談話を中心として、マルタ会談以後の世界情勢が解説されていた。解説では、第二次世界大戦後の棲み分けを討議したヤルタ会談後の緊張のうちにも安定していた期間に比べ、マルタ会談を契機としてソ連邦崩壊、ドイツ統一、東欧衛星国の独立・EUやNATO加盟と進展してソ連主導の共産主義は凋落して、アメリカ1強の状態となったが、ソ連に代わって中国が伸長したために、より混乱した情勢となってとされている。当時、中国に対しては経済的恩恵を与えることで毛沢東(鄧小平)型共産主義は徐々に崩壊して民主国家に変貌するというソフトランディング思想とも相俟って、市場規模と安価な労働力に魅せられたアメリカを始めとする西側諸国がこぞって中国投資を拡大した結果、世界的な中華覇権の脅威を育てたとしている。一方ロシアはプーチン政権になって、ソ連時代の栄華(プーチン氏の胸裏には帝政ロシアの版図?)を取り戻すべく活動し、チェチェン・クリミアに対する武力使用、シリアを足掛かりとして中近東で蠢動して一定の成果を挙げつつあるとしている。表題に戻ると、万里の長城は、異民族の侵入阻止のために築かれたもので数百メートルおきに望楼(屯所)を設けていたが、専ら専守防衛の施設とされている。しかしながら、一帯一路構想は万里の長城より遥かに長大で、望楼に変わるものとしては各国の港湾施設や空港施設を橋頭保とした攻撃・侵攻の目的で構築されていることが大きく異なっている。中国は一帯一路構想を現代版シルクロードとしているが、シルクロードは専ら通商のために自然発生し通商路維持に格段努力したものではないが、一帯一路は元と武力で防御するものであり、シルクロードという平和的・牧歌的な響きと大きく異なっているのではないだろうか。

 一帯一路を中華覇権の攻撃拠点として新万里の長城と比定したが、新万里の長城の東端に位置する日本はどうであろうか。既に地方都市の水源や自衛隊基地や原発周辺の要地の多くが中国企業の手に渡っているともいわれ、中国が衣を脱ぎ捨てた際の防御が不安視されているが、国民、特に国会議員諸子は「お花見」以上のものとは考えないようである。