国民民主党の若手議員を中心とした17名が、立憲民主党への早期合流を玉木代表に申し入れたことが報じられた。
17名の大半が先の衆院選挙で「希望の党員」として選挙区を持たずに比例当選した1年生議員であることから、申し入れには次回選挙で国民民主に比べて「より多くの比例当選」が見込まれる立憲民主党に移ることで、議席を維持しようとする行動と観られている。さらには、立民の比例名簿で上位に記載されるためには「なるべく早く立民に入党して活動する」必要があるが、国会法109条が「比例代表で当選した議員が選挙で競合した政党や政治団体に移ることを原則禁止」していることから、個人的に立民に入党することは議員資格を失うために、党の合流という形でしか立民に移ることはできないことが動機の大半とされている。思えば希望の党は「改憲」「安保法制深化」「消費増税反対」という中道右派としての主張のもとに結成されたものであり、中道左派と称するよりも共産党に近い左派である旧民主党(民進党)や立憲民主党とは明らかに一線を画した政党であった。17名はこの主張(看板)に共鳴したからこそ比例候補として政治活動・政界進出を目指していたのではないだろうか。それが3年後に180度近い転向を目指すのは並々ならぬ理由があるはずであるが、その辺の葛藤に触れる議員は見当たらない。もし、3年間の勉強の末の「君子豹変」「立民共鳴」であるならば、議員を辞職してでも立民に入党して一念発起・出直し・捲土重来を期すべきで、それならば彼等の行動は世間から評価されるだろう。また、申し入れを受けたものの、要求を一蹴できなかった玉木執行部にも不満が残る。じり貧の感ある国民民主党であるが、これまで主張や党運営について右顧左眄が多く、執行部の指導力や決断力に疑問を感じていたが、今回の申し入れに対しても党綱領違反による除名処分=議員失職をちらつかせれば要求を一蹴することもできたのではないだろうか。なぜなら、彼等には失職してまでも要求を貫徹する強固な思想・信条と行動力がないことは確実であると思えるからである。玉木執行部は衆愚政治の典型と観ていたが、産経新聞編集委員の論説が「決断力に欠ける人々が・いかに真面目に協議しようとも、結論は常にあいまいである故に、役立たないものである」とのマキャベリの警句を引用していたが、まさしく当を得ているように感じた。「勇将の下に弱卒なし」とはよく言われるが、国民民主党の現状は「弱将の下に弱卒ばかり」とみたが、如何に。
先日死去された中曽根康弘氏は、入閣に当たって政界の風見鶏と揶揄されたが、宰相をの座に就くための戦術として行動したものであり戦略(政治信条)までも変更するものでは無かったと観る。17人の風見鶏の行動は、保身のためのために政治信条を曲げるもので、有権者をコケにするものに他ならないと思う。