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もうチョットで日曜画家 (元海上自衛官の独白)

技量上がらぬ故の腹いせにせず。更にヘイトに堕せずをモットーに。

イージスアショアとカルタゴの滅亡

2019年12月15日 | 軍事

 秋田県へのイージスアショア配備に、秋田県知事が反対の意思を改めて強調した。

 当該配備については、今年5月に秋田市の陸上自衛隊新屋演習場への配備を決定したが、極めて杜撰な適地選定作業(適地選定データの誤り)が指摘されたことと住民説明会で防衛省職員が居眠りする等の不始末の末に、政府も該地への配備を一旦白紙にしたものである。本日の演目は、カルタゴの悲劇についてである。カルタゴは、現在のチュニジアに紀元前8世紀頃建国された都市国家で、卓越した造船技術と貿易によって強大な武力国家ローマ帝国と地中海の覇権を2分するまでに繁栄していたが、シチリア島の帰属をめぐってローマ帝国と衝突し、BC264年からBC146年までの100年近いポエニ戦争(第一次~三次)を戦わざるを得ない事態となった。特に第二次ポエニ戦争と戦争以後におけるカルタゴ国内の情勢が、現在の日本の状態に酷似しているといわれている。第二次ポエニ戦争でカルタゴ軍の指揮官ハンニバルは、ローマの防御が手薄な北方からの攻撃を企図してアルプス越えのルートからローマに侵攻して、ローマ帝国を降伏寸前まで追い詰めたが本国からの支援が得られなくなって、最後は力尽きてカルタゴに帰還した。この敗戦によってカルタゴは武装を解除されるとともに、莫大な賠償金をローマに支払うこととなったが、国家の指導者として復権したハンニバルは内政改革を断行して国力を回復させ、ローマへの賠償金を短期間に完済させた。カルタゴは、第二次ポエニ戦争後は自衛力を保有せずにローマの軍事力の傘の下にあって経済活動に邁進し、国力はローマを脅かすまでに拡大していたが、周辺国からの蚕食が激しくなったためにローマに救援を依頼したが、カルタゴの繁栄を脅威と感じていたローマは要請に応じないどころか無防備のカルタゴ圧殺の好機として第三次ポエニ戦争を宣言して侵攻、20万人ともされる住民を虐殺または奴隷化するとともに、カルタゴの土地には雑草一本すら生えることを許さないという意味で大量の塩をまいた。一方、ハンニバルは急激な内政改革に伴って既得権益を失った貴族階級と、再軍備と軍事負担を嫌う国民によってシリアへの亡命を余儀なくされ、最後には自殺にまで追い込まれてしまった。カルタゴ滅亡の原因は、1に、指導者を得なかったこと。2は、国土防衛をローマに依存したため、市民の軍事力に対する無知と武力行使をためらわない軍事大国の動向に対する危機感を失ったこと。3は、有能な指導者であるハンニバルを売ったことに代表される市民及び指導的階層の倫理観の欠如。とされる。

 カルタゴ興亡の経緯と原因が日本の現状に酷似しているとされることには同意せざるを得ない。東北北地方の日本海側にイージスアショアを配備しなければ北からのミサイル攻撃に対処できないとする構想自体は正しいと思うが、大所高所から見れば、狭い国土にイージスアショアを設置・維持する適地がそうあるとは思えない。電力の確保や施設の維持・警備の便を考えれば山奥に設置するわけにもいかないだろう。曰く”攻撃目標になる””電波輻射が人体に悪影響””部品が落下する””ルーマニアの施設は人家から3km離れている”・・・(かって本ブログに書いたので反論省略)。明治初期、無知な大衆が「陸蒸気(汽車)で鶏が卵を産まなくなる」「写真を撮られると魂を抜かれる」との風説に踊ったとされているが、秋田県と地域住民の主張は同じに聞こえる。要は、本土防衛のためにはイージスアショアは必要であるが、何もオラが国サには・・が本音ではなかろうかと推測する。