ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

『倒壊』

2005年03月21日 | 読書
 これは、6年前に著者が書いたルポ『倒壊』の続編である。『倒壊』を先に読んでいればたいへんつながりもよく、わかりやすい。

 『倒壊』では阪神淡路大震災で倒壊したマンションの立て替えやローンをめぐる問題が浮き彫りにされた。震災で家はなくなったのにローンだけが残った。新しく建て直すためには二重の負債を抱えることになる。そして、全半壊の分譲マンションを建て替えるときにも、経済弱者や老人世帯は建て替えに反対するが、多数決の論理によってマンションを追い出される事態に追い込まれる。



 本書よりも『倒壊』の方が生き生きとした具体例が多く挙げられているので、身につまされるだろう。著者が不足するデータを補うべく足を使って懸命に資料に当たった様子がよくわかり、戦後日本の持ち家政策の矛盾が一挙に表出した「震災による住宅喪失」に対して著者が並々ならない執念を燃やして被災者の立場に立とうとしたことが伝わってくるルポだ。

 ただ、統計の扱いの詰めの甘さが感じられるのが欠点で、そもそも統計が存在しないということも原因の一端とはいえ、推論の域を出ない部分が多いのが惜しまれる。また、震災で住宅を失ってローンだけが残った戸数を計算するような大事な部分はもう少し正確を期して記述してほしいところだ。
 その数字の算出はデータがないため、様々な統計調査を付き合わせて推計するしかない。そしてその結論の数字は、約15000世帯だ。だから、ローンが残って家がない人の数は15000人、と読む。だが、これは正しいのか? 15000は世帯数なのか戸数なのかローン負債者の数なのか。たとえば我が家は住宅ローンを夫婦二人がそれぞれ組んでいるから、戸数は1,債務者は2人である。本書でではこのあたりの詰めの甘さが惜しまれる。

 とはいえ、戦後日本の住宅政策が「長期安定雇用」という労働政策の上に成り立ち、家は修理するのではなくそっくり立て替えてしまうという使い捨て思想に基づいていることの問題点を鋭く指摘する良書だ。
 
 とりわけこれからマンションを買おうと思っている人にはこの2冊を必読書としてお勧めしたい。30年のローンを払い終わったら手元に残るはずの家が自分のものにならず、マンション建て替えのために老人世帯が追い出されるという悲劇。立て替えの費用負担を負いきれない経済的弱者世帯はけっきょくマンションを追い出されてしまい、しかも民間の賃貸住宅もなかなか入居することができず、そのままホームレスということもありうる。この心胆寒からしめる実態を知った上でマンション購入を検討されたい。

 今求められているのは、住宅政策の根本的見直しであり、日本の住宅思想の転換だろう。持ち家思想はほんとうに正しいのか? 正しいとしたら、どのような住宅が求められるのだろう? 非正規雇用者に冷たい住宅ローンの現状をどのように変えていくべきか?


 『倒壊』には、日本的多数決風土ともいうべき実態が描かれていて興味深い。それは、マンションの建て替えに対する賛否の多数決をとるときに、賛成が8割、反対が2割だったケースの例だ。ここでは、もともと「どちらでもいい派」だったのに後に賛成派になった人が、著者の質問に答えてこう言っている。

「 八割の人が建て替えと言っているのだから、なんとかその方向へ進めなければという思いでやってきたんです。私たちのマンションには、補修と建て替えという二つの可能性があった。…[補修派と建て替え派が競争して]補修派は競争に負けたわけでしょ。負けたんやったら決議に従うのが、良識ある人のすることではないでしょうか。80%の人がこうしようと思ったことに対して、それが自分の思いとは違うからといって、訴訟を起こす人の気持ちなんか僕にはわからない。エゴに過ぎないと思います」

 この人の意見にこの国の「民主主義」の実態がよく現れている。負けた2割の人が住む家がなくなってもホームレスになるかもしれなくても、多数に従うのが「良識」だという「良心的な意見」。決して全壊したわけではないマンションなのに、経済的弱者への配慮は顧みられない。


 ことは住宅ローン一つの問題ではなく、わたしたちの生き方すべてに通じるような問題だと思う。わたしは「アメリカのようによその国に危害を加えて金持ちになるくらいなら、人と人が大切にしあう豊かな貧乏国、日本独自のオリジナル貧乏がいい」(文庫本『倒壊』のあとがきより大意抜粋)という島本さんの社会を見る視線にいつも共感する。

『住宅喪失』の発行と同じくして『倒壊』が文庫化されたので、ぜひ併せてご一読を。

<書誌情報>

 倒壊:大震災で住宅ローンはどうなったか
   島本慈子著 筑摩書房(ちくま文庫) 2005.1

 住宅喪失 島本慈子著 筑摩書房(ちくま新書) 2005.1