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風色明媚

     ふうしょくめいび : 「二木一郎 日本画 ウェブサイトギャラリー」付属ブログ

ごちそうさま!

2008年05月02日 | 日常雑記
今年も嬉しい春の味覚の到来です。
長野のNさんから大量の選りすぐりのタラの芽が届きました。



これは昨年送っていただいたものを撮影しておいたものです。
こうして並べてみると、美しさに暫し見とれてしまいます。



因みに、これはコシアブラです。
私は一昨年にNさんから送っていただくまでコシアブラというものを知りませんでした。
タラの芽より華奢で黄緑色が鮮やかで瑞々しく、あまりの美しさに絵に描いたほどです。


「山菜」 6号 2007年


私は安曇野の山裾育ちなのですが、当時は山菜にはまったく興味がありませんでした。
30歳頃に能登半島に出かけた折、泊まった民宿で初めてタラの芽の天ぷらを口にしました。
こんなにおいしいものが世の中にあったのか!
それ以来タラの芽の天ぷらは病みつきです。



早速、夕食は天ぷらです。
数ある天ぷらの中で、私はタラの芽が一番好きかもしれません。
最近は魚介類より野菜や山菜の天ぷらの方を好むようになってきました。
揚げたては天つゆでもいいですが、塩も格別です。
余ったら翌日天つゆでサッと煮るのも大好きです。
高校生の頃、たまに母親が余った天ぷらを煮て弁当のおかずに入れてくれました。
要するに少し柔らかめの天丼です。
弁当のおかずの中ではこれが一番好きでした。

揚げたての天ぷらからはタラの芽の良い香りが漂っています。
それではNさんと故郷の山々に感謝しつつ…いっただきま~す♪

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春爛漫

2008年04月30日 | 日常雑記


これは私の実家にある竹林です。

両親はずっと長野県で暮らしていたのですが
地元を離れた一人っ子の私が今後長野に戻る可能性がないために
1999年に私の暮らす千葉県東葛地区に引っ越して来ました。



家に竹林がある…なんて聞くと誰でも豪邸だと勘違いしますが、実際は猫の額ほどの竹藪です。
実家は段丘の縁にあって、敷地全体が竹藪だった斜面を造成したものなので一部に竹が残っているのです。



この季節の竹藪と言えば、楽しみはこれです。
今年も筍が生えたという連絡を受けて、昨日筍掘りをしてきました。



昨日の収穫です。
竹の落ち葉が積み重なって滑りやすくなっている斜面での筍掘りは、平地とは比較にならない辛さがあります。
79歳の父親と52歳の息子には少々きつい労働でした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




庭の牡丹はちょうど見頃です。



生垣のベニカナメモチと隣家の紅枝垂れのモミジが良いコントラストです。



長野から運んできた皐月も、8年を経て益々元気です。



近所の畑では矢車草が満開です。

最近花を描くことが多くなってきた私には楽しみな日々が続きます。
5月末にはバラが最盛期になります。
ここ数年、比較的近場にある京成バラ園や谷津バラ園には必ず取材に出かけています。

すでに25℃を超える日もあって、もはや初夏という方が相応しい今日この頃ですが
春の主役である桜は散ったとはいえ、まだまだ春爛漫と言えますね。

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蕎麦粉100%のすすめ

2008年02月21日 | 日常雑記
一昨日の夜、実家から電話があった。
母「明日、蕎麦を打つんだけど来れる?」
私「蕎麦粉はあるの?」
母「この間打った余りがあるから」

毎年、年越し蕎麦は実家で打つのが恒例になっている。
”つなぎ”なしの蕎麦粉100%である。
昨年末には、ついに蕎麦をこねる”こね鉢”を買ってきた。
”のし棒”と”のし板”、それに”蕎麦切り包丁”は以前から揃っていたのだが”鉢”がなかった。
それまではアルミ製の大きなボウルを代用してこねていたが、軽すぎて動きやすい上に狭くて手が当たって痛いのが気になっていた。
毎年打つのだから…と、ホームセンターで”鉢”を探したのだが、やはり格段に使いやすくて楽になった。

年越し蕎麦は、私がこねて、父親が伸ばし、母親が切ったのだが、はっきり言ってイマイチだった。
1月半ば、両親が長野から蕎麦粉を調達して再び打った。
これは年越し蕎麦より出来は良かった。
その時の余った粉があるからまた打つという。
ここ二ヶ月ほどでもう三度目である。
やはり”こね鉢”を買ったのが功を奏したのだろうか。

蕎麦は、昔は米が食べられなかった貧しい農民の食料だった。
痩せた土地でも手間いらずで育つからだ。
飢えをしのぐ目的だけの蕎麦なら打つのは簡単だ。
しかし、本当においしい蕎麦を打とうとしたら、なかなかに厄介な代物なのだ。



蕎麦は何より水加減が難しい。
蕎麦らしさを出す決め手になる最大の要素は水加減なのだ。
水を加えて団子になるまで母が担当。
その後を継いで、私が300回こねた。
これが結構キツイ。
翌々日には確実に筋肉痛になる。(翌日ではないのが歳取った証拠)



水分が少なすぎると、伸ばしている内に裂けてくることがよくある。
綺麗に伸ばすのも至難の業である。
大抵は巨大なアメーバのような形になってしまう。



かくして親子三人による共同作業は終わった。
自宅に持ち帰って茹でてみると、前回と同じ程度のまずまずの出来だった。

素人の打った100%の蕎麦のことだから、最長でも10cmほどしかない。
「ズルッ、ズルズルズル~」…とはいかない。
「ズッ」で口の中に納まってしまう。
2cm程度の端切れがたくさんあるから、箸よりフォークで食べた方が早いし楽なくらいだ。
難しいけれど、やっぱり蕎麦粉100%の手打ち蕎麦はいい。
蕎麦粉さえ良ければ、素人が打っても市販の麺とは比べ物にならないものができるからだ。

長野県諏訪市で月一回やっている日本画教室に行く途中で必ず寄る蕎麦屋がある。
残念ながら1・2月は教室が休みだから、12月の初めに行ったきりで3月末まで行く機会がない。
蕎麦を食べるためだけにそこまで行くという贅沢を一度やってみたいのだが
通過する関越自動車道は休日は渋滞しやすい。
それに高速代にガソリン代等々…諸経費が結構かかるのである。
一杯1000円の蕎麦がいくらになるんだろう?

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縄文人のゴミ捨て場

2008年02月18日 | 日常雑記
昨日、茨城県土浦市にある上高津貝塚に行ってきました。

行き先を決めずに、ひたすら国道6号線(水戸街道)を水戸方面に向けて走っていて、偶然に看板を見つけたという成り行きでした。
思えば、16年前に初めて車を買ってすぐに千葉市近くの加曽利貝塚に出かけています。
車が新しくなると貝塚に行く…という行動パターンは何なのでしょうか。

上高津貝塚は縄文後期~晩期(3~4000年前)に栄えた集落です。
遺跡や古墳が点在するこの地域でも有数の規模とのことで、国の史跡に指定されているほどです。
私が暮らす千葉県東葛地区にも貝塚はたくさんあるので何か縁を感じてしまいます。
しかし、貝塚という言葉は綺麗なのですが、所詮は古代人のゴミ捨て場なのです。
貝塚の発掘調査とは、言わば”ゴミ箱漁り”と本質的に同じです。
そして”ゴミ箱漁り”の戦利品を見に来る私や考古学ファンはどういう人種なんでしょうねぇ。



これは考古資料館二階の展望室からの眺め。
中央やや右手の平たい蒲鉾型の建物は貝層断面展示施設で、その向こうの広場の奥に竪穴式住居が3棟復元されています。





【超お奨め特選住宅】
藁葺きワンルーム一戸建て 間取り:土間一間(約6畳)
築約3000年(復元後約13年) 電気・ガス・水道なし 食料は自給自足
目の前にはサッカーができる広場あり 屈葬式墓地付きの大サービス
究極のエコライフにいかがですか?




白く見えている粒は、小石ではなくて貝殻です。
これを砕いて粉末にすれば胡粉(ごふん)という白の絵具になります。
通常は牡蠣の殻を風化させて作りますが、これでも立派な胡粉になります。
名前をつけるなら、さしずめ「古代胡粉」とか「貝塚胡粉」というところでしょうか。




考古資料館には縄文の衣装が復元されてあり、それを試着できます。
麻の服が5着くらいに縄文ポシェットやネックレスなどが用意されているので、私も着てみました。
私は弥生人の直系を自認していますが、いずれにしても古代人顔なので、この服装のままタイムマシンに乗って3000年前に飛んで行けば、少しの違和感もなく縄文人たちに仲良くしてもらえることでしょう。

上高津貝塚ふるさと歴史の広場ホームページ

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続・プチ雪国

2008年02月03日 | 日常雑記
関東では2年ぶりの大雪だそうです。
雪が降りしきる中、昼から2時間ほど周辺を散策してきました。



うっかりすると迷子になりそうです。
見慣れた景色が一変しているからです。
長野の田舎にいるような錯覚に陥ります。



近所の顔見知りの犬は小屋に引っ込んで出てきませんが
子供たちは早速雪だるまを作ってはしゃいでいます。



我が家から10分も歩くと田舎のような景色になります。
昔からの農家があり、畑が広がっています。



今日は思わぬ贈り物をもらった気がします。
居ながらにして小旅行をした気分になりました。

しかし、怖いのはこれからです。
今日の雪は水分の多い牡丹雪でした。
道路は雪と水とで殊の外ぬかるんでいますし、夕方になって気温は0℃近くまで下がってきています。
明日、雪に慣れていない都会の人たちは戦々恐々とした朝を迎えることでしょう。

-------------- Ichiro Futatsugi.■


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