今日は4年に一度しかやってこない貴重な閏年の2月29日。
「仕事場」の記事を書くのは久しぶりです。
先月下旬から10日ほど全く絵を描けない日が続きました。
何が原因なのか…自分でも判りませんが、時々訳もなく集中力が途切れてしまうことがあります。
そういう時にありがたいのは良き友です。
高校の同期生のソプラノ歌手に励ましてもらって、ぼつぼつ仕事を再開しています。
音楽と美術、ジャンルは違いますが、同じ表現者として日頃の「産みの苦しみ」は共感できるのです。
この作品は、そんなわけで先月の下旬からずっと停滞していたものです。
鉛筆の下描きで中断していたものに、昨日から彩色を始めました。
昨日の夜、仕事を終えた段階の様子です。
大きさは65cm四方の正方形。
今回は、いつもより荒っぽく、雑に描き進めようとしています。
一回目の下塗りですから、色はまだ浅く厚みもありません。
さて、これは何を描いているのでしょう?
夕日?
誰が見ても夕日か朝日以外の何物でもありません。
それは半分正解です。
下の方に見える黒いものは山ですし、その上には空があり、雲が浮いています。
これは夕方から夜にかけての風景です。
でも、一番肝心なものをまだ描いてありません。
これらは言わば背景なのです。
今回はほとんど鉛筆の下描きをしていません。
普段、教会や花などを描く時はカッチリとデッサンするのですが、今回は意図的に省いてみました。
山の輪郭くらいで、雲や空は大雑把な配置しか描いていません。
彩色しながら気分で形を創っています。
ほとんど即興なのですが、実際の夕方の情景を良く観て頭に入れ、しかも多くの参考資料の助けを借りないと描けないものです。
雲は刻々と姿を変え、形があってないようなものなので、いつもそんな描き方をしています。
このように山とか建物などと組合せれば適当に描いても雲に見えるものです。
雲だけだったら少々厄介でしょうね。
まだ描き入れていない主役の”何物”かは、雲以上に形があってないようなものです。
刹那的で長時間存在することのできない、儚くも華麗なものを描こうとしています。
何を描こうとしているのか、次回には判明すると思います。
-------------- Ichiro Futatsugi.■
「仕事場」の記事を書くのは久しぶりです。
先月下旬から10日ほど全く絵を描けない日が続きました。
何が原因なのか…自分でも判りませんが、時々訳もなく集中力が途切れてしまうことがあります。
そういう時にありがたいのは良き友です。
高校の同期生のソプラノ歌手に励ましてもらって、ぼつぼつ仕事を再開しています。
音楽と美術、ジャンルは違いますが、同じ表現者として日頃の「産みの苦しみ」は共感できるのです。
この作品は、そんなわけで先月の下旬からずっと停滞していたものです。
鉛筆の下描きで中断していたものに、昨日から彩色を始めました。
昨日の夜、仕事を終えた段階の様子です。
大きさは65cm四方の正方形。
今回は、いつもより荒っぽく、雑に描き進めようとしています。
一回目の下塗りですから、色はまだ浅く厚みもありません。
さて、これは何を描いているのでしょう?
夕日?
誰が見ても夕日か朝日以外の何物でもありません。
それは半分正解です。
下の方に見える黒いものは山ですし、その上には空があり、雲が浮いています。
これは夕方から夜にかけての風景です。
でも、一番肝心なものをまだ描いてありません。
これらは言わば背景なのです。
今回はほとんど鉛筆の下描きをしていません。
普段、教会や花などを描く時はカッチリとデッサンするのですが、今回は意図的に省いてみました。
山の輪郭くらいで、雲や空は大雑把な配置しか描いていません。
彩色しながら気分で形を創っています。
ほとんど即興なのですが、実際の夕方の情景を良く観て頭に入れ、しかも多くの参考資料の助けを借りないと描けないものです。
雲は刻々と姿を変え、形があってないようなものなので、いつもそんな描き方をしています。
このように山とか建物などと組合せれば適当に描いても雲に見えるものです。
雲だけだったら少々厄介でしょうね。
まだ描き入れていない主役の”何物”かは、雲以上に形があってないようなものです。
刹那的で長時間存在することのできない、儚くも華麗なものを描こうとしています。
何を描こうとしているのか、次回には判明すると思います。
-------------- Ichiro Futatsugi.■