絹糸のしらべ

一絃の琴、きもの、文学etc…日本人のDNAが目を覚ます・・・

某百貨店の呉座の市

2006年01月10日 17時50分23秒 | きもの
なが~~い冬休みの反動で、
最終日なのに、M鉄百貨店の呉座の市に行ってしまった。
がら~~~~~んお客がいない

予想通り、品物もいいのはないぞ~~
わかっていても、ついついみたくなる。
有松絞りの訪問着が29800(表地)で売られている。
0がいっこ足りないんじゃないの?とか思わずひとりごと。

昨日は夫と、その、有松絞りの笹伽の新春売り出しに出かけた。
難ありでも確か198000だった。
ものが違うのかな、わたしにゃわかりませぬ。
友禅作家ものやら、紬も高級品がいっぱい
目の保養・・・

福引で、絞りの柄を染め付けた小皿(5枚桐の箱入り)当たる
わぁ~~~い

甘酒をいただき、絞りの大暖簾をもらって
結局何も買わず帰るわたしたち
(でも地味目がほとんどでしたもん)
こんなお客さん、ご迷惑ですね。
「絞り貯金」していつか訪問着作ります。

やっと、学校始まる・・・

2006年01月10日 17時03分02秒 | 一絃琴
今日からやっと小学校もはじまり、
ラグビーづけの長男も、大学のある北の国に帰っていった。
(ん?帰るのはこっちかな?)

そして一絃琴のお稽古も今日が初日。
でも年末年始と子どもや夫がいるとなかなか練習が
できなかったから悲惨な音色。(言い訳)

お稽古は、月2回(しかない)。
どこの教室も判で押したようにこの回数。
隔週で、「伝承」などと言えないだろう・・などとは
先生には言えないです、ハイ。

ほんとにみんな真剣なのか?
手慰みにしか考えてないのでは。先生も生徒も。
その割には、この琴が「選ばれし者」だけが継ぐのだ、
みたいな変な選民意識あり・・・・

聴いてくれる人の共感が得られないような音楽は
きっと「音楽」とは言えないでしょう。
「しみじみする」とか「悲しくて、のちにキモチがすっきりする」
などでもいいから、聴くひとに何かしら訴えるものがなかったら
この琴が滅びても仕方ない、などと考えたりする。

いずれにしても、一曲千回といわれているので
日々精進ですわ~~、それしかない。
(まだ序の口と先生に言われた弟子より)