ブログよりも遠い場所

サブカルとサッカーの話題っぽい

【サッカー】天皇杯3回戦

2009-10-31 | サッカー・アルビレックス新潟

 vs横浜FC。ホームで対戦。
 3-1で勝ち。四ヶ月ぶりのホームでの勝利。勝ったどー!

北野:6.0 失点シーンは触りたかった。珍しく飛び出しのタイミングがよかった。
内田:6.5 右サイドで安定感を発揮。二点目を生んだ動き出しとクロスは見事。
千代:6.0 カードを貰ったのは痛いが堅実な仕事ぶりをアピール。
永田:6.0 最近二試合の反省からか集中して慎重にボールを繋いでいた。
松尾:6.0 失点のミスを自らの得点で取り返す。危険なパスミスあり本調子には至らず。
本間:6.0 中盤の底でゲームメイクに腐心。縦パスの成功率が上がると尚良い。
三門:6.0 縦横無尽にピッチを走り運動量は文句なし。プレイ精度を向上させたい。
マル:6.5 スペースない場所でのキープ力を発揮。だめ押しゴールも。
松下:6.0 一点目をアシスト。前半は目立ったが後半は徐々に沈黙。
大島:5.5 ポストで身体張るが機動力のなさが目立つ。GKとの一対一は決めておきたい。
矢野:6.5 持ち味活かしてマークを振り切っていた。ボールをもっと収めたい。

チョ:6.0 アシストの場面は落ち着いていた。今後に期待。
田中:-.- 出場時間短く採点無し。

監督:6.0 J1の意地を見せて天皇杯二勝目。交代はもう少し早くても。

 まあいつも通りっつーか……(^q^)
 J2のチーム相手とはいえ、先制された試合で逆転勝ちしたのはスゲー久しぶりなんで(一年以上ぶり?)よかったです。失点したときはヤベーと思いましたけど、選手がなんとかガンバってくれました。 パスミスが多くて少なからずはがゆさも感じましたが、やっぱどんな形でもホームでは勝たないと! 本当に勝てて良かった!
 はてさて、横浜FCは意外と(と言ったら失礼ですが)カウンターが上手くて、新潟のコーナーキックを跳ね返したあと、上手く新潟のプレスをかわしてシュートまで持っていけてたんですよね。失点したのもまさにその形で、コーナーキックの跳ね返りをあれよあれよという間に右サイドまで運ばれ、まったく遅らせることができなかったんで「あ、ヤバイかも」と思ったところで逆サイドに大きなクロス。難波に完全に裏を取られた松尾がトラップで振り切られ、北野との一対一を落ち着いて流しこまれました。 これで0-1。試合自体は新潟がポゼッションしてコントロールできていたので、浦和戦、神戸戦に続く"絶対にやってはいけない形での失点"でしたね。
 この、コーナーキックからのカウンターに関しては、失点シーン以外にも二度ほどピンチがあったので、ちょっと中盤での守備の仕方がルーズになってた部分はあるかもしれません。大事には至りませんでしたが、今日の反省を活かして次に繋げて欲しいところです。
 で、失点の直後から、新潟は反撃に出ます。内田、松尾の両サイドバックが高い位置を取り、勲がパスを散らす中、三門が愚直なまでにパス&ゴーを繰り返します。三門はホントすげー。90分、単調だけどサッカーの基本ともいえる動きを繰り返せるあの運動量と集中力。立ち上がりこそ、安易に勲にボールを預ける場面が目立ちましたけど、それも試合が進んでいくにつれて徐々になくなってきましたし、ルーキーとは思えない躍動振りです。反省点は、(結果的に得点に繋がったとはいえ)終盤、時間稼ぎをするためにボールを回していた中で危ないボールの失い方をしたところくらいでしょうか。三門は必死でボールを奪い返した貴章にメシ奢らないとアカンですねありゃ。
 話を試合に戻しますが、そんなこんなで押し込んでコーナーキックをゲット。蹴るのは松下。勝てない時期もずーっと冴えてたキックが中に走り込んだ松尾のボレーシュートを生み出し、ようやく実を結びます。1-1。
 そのあと、右サイド(内田)を基点に新潟は機を窺いますが、ごちゃっとしたところで内田のパスが相手に当たり、その跳ね返りをフォローしたマルシオが見事なスルーパス。それに走り込んだ内田が中にグランダーのクロスを折り返し、貴章が落ち着いて流し混んで得点。綺麗な崩しでした。2-1。
 正直、二点目が入ってから終盤までは停滞した動きのない試合でした。新潟はしっかりと守備のブロックを作っていたので流れの中で危ないシーンを作られることもなく、しかし同時に相手バイタルエリアを脅かすようなパスも入らないいつものパターンで攻め手がありません。結局、時間稼ぎのためコーナーを使い始めた新潟に焦れた横浜FCが、三門のミスを見逃さずにグワーッと前がかりになるんですけど、そこに高速で戻ってきた貴章が三門と挟み込んでボールを奪い返し、ヨンチョルにスルーパス。キーパーとの一対一になったヨンチョルは、逆サイドを走っていたマルシオに「得点を取ってください」みたいなパスを出してだめ押し。3-1。
 これで試合終了。J1勢がJ2勢に負ける試合が相次ぐ中、新潟は天皇杯4回戦にコマを進めたのでした。

 反省としては、うーん。
 やっぱJ2相手でも、ちゃんと崩して点を取る形、というものを共有できていないのが気になります。二得点目は見事でしたが、それ以外にあまりパスで崩せたシーンがなかったのも事実でして。
 結局、中盤高い位置で味方が前を向いてボールを持ったとき、連動して動き出す人数が少ないんですよね。マルシオがボールを持ったとき、オオシ、貴章に合わせて松下、三門が絡んでくるとビッグチャンスに繋がるんですけど、大抵はこの中の二人くらいしか絡むことができてなくて。もちろん守備のバランスを考えると、バカみたいに前がかりになるわけにはいかないんですけど、あそこでリスクを負って人数をかけられないと、なかなか良い形にはなっていかないんじゃないかと。
 あと、やっぱ松下は、キック精度と運動量、特に"マイボールにするまでのプレイ"は申し分ないのに、"マイボールにした後のプレイ"がお粗末すぎるよなあ。せっかく良い形でボールを奪っても、自分のパスミスで殊勲を帳消しにしちゃうんですよね。状況も見ずにワンタッチでボールを返すクセは相変わらず治りませんし(あれは味方を苦しめるだけだと思う)、あのへんの判断をよくして視野を広くしていけば、もう一皮剥けられると思うんだけどなあ。ガンバレわんちゃん超ガンバレ。
 同様に、三門もボールを持ってからの引き出しがまだまだ少ないですね。勲がボールを持ったとき、マルシオと同じくらいの安心感のあるプレイヤーに成長したのは僥倖ですが、三門も勲と近いレベルでプレイできるようになったら新潟の攻撃の幅は一気に広がると思うんで。千葉ちゃんが怪我しちゃって、半ばラッキーで定位置を取った印象がありますけど、それを盤石なものにするため、よりいっそうの成長を期待します。
 あとは、まあ、オオシに点取らせてやりてえ……(つω`)頼むよ、サッカーの神様。あんなに前から守備のために走り回ってるんだから、どうかどうか今期もっと点を取らせてやってください。
 ……あー、次は山形が負けたから明治大学かあ。あの山形に0-3で勝つってどんだけ強いんすか。こえー、マジこえー。

 ちゅうか、ビッグスワンは相変わらず、バックパスしたりミスしたりしたときの「味方選手へのヤジ」がうるせえ。や、どこのチームにもこういう人はいると思うんですけど、天皇杯って普段ゴール裏とかにいるバカがメインとかバックに居座るので、聞いてて気分の悪くなるようなヤジが耳に入ってくるのよね。
 つか、消極的なバックパスはともかく、パスコースがないときに組み立て直すためのバックパスにまでヤジるのは、自分がサッカー知らねぇって白状してるに等しいんですけど、そういうの全然分かってないんだろうなあ。フクアリ行ったときは、耳元でトンチンカンなことがなり立てる千葉サポに「ちょっと黙っててください」って直接言えたんですけど、さすがに今日はヤジ親父から席が離れてたので何も言えなかったです。
 サッカーって見る側も"目"を養わないと全然面白くないと思うんですけど。ああいう人たちって、何でスタジアム行ってるんだろう。日常の鬱憤晴らしに叫びたいだけ? 一人でスタジアムきて叫ぶくらいなら、ヒトカラでもやってたほうがナンボかマシやろwwww他人に迷惑かからないしwwww


【SS】桜の咲く頃・第一章

2009-10-31 | インポート

「ばっかじゃねえの?」
 開口一番そんなことを言う奴は、果たして親友と呼べるのかどうか。
「そんでおまえ、朝っぱらまで痛くて転がってたのかよ?」
「……骨が折れてるんだから転がれるわけないだろ。比喩だよ、比喩」
「んなの分かってるっつーの」
 勧めるまでもなくパイプ椅子を取り出してきて腰を下ろした雄二は、ベッドの脇で肩をすくめて、
「病院にはナースコールって便利なもんがあるんだぜ。そういうときに使わないで何のための看護婦さんメイド化計画だよ」
「……俺よりおまえが入院した方がいいんじゃないか?」
 窓のない病院に、と頭の中で付け加える。
 とはいえ、今朝方あまりの痛みに脂汗まで流していた俺は、看護師さんにも似たようなことは言われたので強く言い返すことができない。痛いのを我慢したのは偉いけど時と場合による、なんて小さい子を諭すみたいに注意されたのは正直恥ずかしかった。
「けどよ、おまえも面倒見がいいというか、チビ助にゃ困ったもんだな」
 呆れ口調で言いつつも、雄二はどこか嬉しそうに見える。幼馴染がとりあえず無事だったというのを確かめて安心したのかもしれない。
「雄二だってあの場に居合わせたら同じことしたんじゃないか?」
「どうだかねぇ。とにかくあんま無茶すんなよ。おまえは普段ぼさっとしてくるくせに、いきなりとんでもないことやらかすからな」
「ほっとけ」
 軽口の中に気遣いを混ぜるのが、何とも雄二らしくてありがたいやらおかしいやら。制服のまま学校が終わった直後に訪ねてきてくれただけでも、どれだけ心配してくれていたか分かる。
「学校はどんな感じだ?」
「ああ。なんか、うちのクラスは呪われてんじゃないって言い始めた奴がいたな」
「何だそりゃ」
「ほれ、骨折で入院って、おまえが二人目だろ。短い間に二人も大怪我するなんておかしいって話になったんだよ。今だったら怪しげな壷とか売りつけられるかもしれねえぞ」
 ああ、そういえば「委員長」も入院したんだっけ。確かあっちは交通事故で三週間とか、正真正銘の大怪我だったはずだ。
「呪いねえ……、あの委員長はそういうのと一番縁遠そうだけどな」
「あん? どうしていきなり委員ちょの話になるんだよ。……貴明、おまえまさか」
 意外そうな顔をしたかと思うと、突然にやにやし始める雄二。何を考えているのか手に取るように分かるのが嫌すぎる。
「一応言っておくけど、俺は男の委員長の話をしてるぞ」
「あいつはもう委員長じゃねえだろ」
「まあそうだけど……、ややこしいな。あのときは勢いで決めてたけど委員長って勝手に変えてもいいのか?」
「知らね。いいんじゃねえの?」
 昨日だったか一昨日だったかはっきり覚えていないが、クラスで一悶着あったのだ。元々委員長をしていた男子生徒が怪我で長期休暇することになって、副委員長の女子生徒が代理で委員長をしていたというのがこれまでの話。当然その女子生徒は、委員長の復帰をもって代理の座を退くはずだったんだが――
「つーか、はじめっから委員ちょが仕切ってたしな」
 そうなのである。
 クラスの実質的な責任者は、入学したときから副委員長の女子生徒であり、怪我をしたのをいい機会と、先日の放課後に委員長の男子生徒がその立場を女子生徒に移し変えてしまった。だから、今の俺たちの間で「委員長」というのは女子生徒の方を指す。自分で言ってて頭がこんがらがってきた。本当にややこしい。
「とりあえず、クラスの方は変わりねえよ。代表が何人か見舞いにくるとかそんな話も出てたけど、断っといた方がいいだろ?」
「頼む」
 あまり大事にしないで欲しいし、仮に見舞いのメンバーに女子が加わったら何を話していいのか分からない。不快な思いをさせてしまう可能性もあるから、初めからきてくれない方が気が楽だった。
「そういや、肝心のチビ助はきてねえのか? 教室にゃいなかったし、こっちにきてるもんだとばかり思ってたんだが」
「このみだったら買出しに行ってるよ。俺が退屈しないように漫画とか、あとお菓子やジュースを買ってくるって言ってたけど」
「そうかそうか。ま、それくらいしてもらわんとワリに合わねぇよなあ。もっともあいつは自分の読みたい漫画に自分の食いたいもんを買ってくるんだろうが」
 俺もそう思う。
「……ふあぁ……」
「なんだよ、眠ぃのか? って、寝てないんだったな。今日はちゃんと薬飲めよ」
「ん」
 あくびを噛み殺しながら頷いた。確かに寝不足だ。昼寝ができればよかったのだが、今日に限っては検査が続いてそういうわけにもいかなかった。
 ――それに。
 寝不足の理由は、鎮痛剤を飲んでいなくて痛みにうなされていたから、というだけではなかった。雄二にも話していない昨夜の出来事。エレベーターホールで見た不思議な車椅子の女の子。
 結局あれからしばらく夜空を眺めていたかと思うと、女の子は一言も発さずに、エレベーターに乗ってどこかに行ってしまった。女の子がいなくなったのと同時に尿意がこみ上げてきて、トイレに駆け込んで用を足した。そのまま部屋に戻って、肩の痛みを紛らわすために彼女のことを考えていた。
 あれは、あの女の子は誰だったのか。
 星空と月を背負って、つまらなそうな瞳を向けてきた女の子。
 幻想的な光景が目に焼きついて離れない。
 すべて夢だったのではないかとすら思う。
 だが、どうしてだろう。
 どうして俺は、もう一度彼女に会ってみたいと、こんなにも強く、
「貴明」
「どっ、どうした?」
 雄二の声で現実に引き戻された。何だ。俺は何を考えていたんだ。
「……やっぱまだ本調子にはほど遠いみたいだな。あんまり長居してもアレだし、そろそろ帰るわ」
「お、おう、ありがとな」
「よせよ、礼なんて気持ち悪ぃ」
 カバンを手に持ち、椅子から立ち上がって、
「――あー……そうだ。重要なことを言い忘れてた」
 ドアの前で立ち止まると、雄二は頭を掻きながら振り返った。
「今のうちに謝っとくわ。悪ぃな、貴明」
「なんだよ?」
 雄二は諦めの混ざった口調で、
「今度、姉貴が帰ってくる」
 信じられないことを口にする。
「……マジで?」
「しかも、おまえの怪我のことも知ってる。すぐにでも飛んで帰ってきそうな剣幕だった」
 うわあ。
 思わず頭を抱えたくなった。
 雄二の姉。向坂環こと、タマ姉。小さな頃には女だてらにガキ大将みたいな感じで、俺も雄二もこのみも可愛がってもらったというか、可愛がるの度を越してトラウマを植え付けられたというか、とにかくとんでもない人なのだ。
「って、そうか……。俺、タマ姉にまで心配を……」
 離れた学校に通うことになったタマ姉とは、もう何年も会っていない。だというのに、まだ俺のことを気にかけてくれていたなんて、少しくすぐったいような嬉しさがあった。傍若無人な振る舞いばかりが記憶に残っているのが、何となく申し訳なくなる。
「……おい、これは親友としての忠告だ。よさげなエピソードにコロッと騙されるなよ? よく考えろ。相手はあの姉貴だぞ。クモの巣にかけて、動けなくなった獲物をじっくりと……って、これ以上はさすがに俺の身がヤバイか」
 挙動不審に見えるくらい、あたりの様子を気にしていた雄二だったが、
「とにかく、頭の隅にでも置いといてくれ。んじゃあ、また見舞いにくるわ」
 カバンを持った手を軽く挙げると、あっという間にドアの向こうに姿を消した。
 賑やかだった反動か、部屋の静かさが増したような気がする。この瞬間はあまり好きではない。楽しさの残滓を意識せざるを得ない空白。ぽかりと空いた空洞をどうやって埋めようか、俺はいつも考えてしまう。ホームシックとも人恋しさとも違う。寂しいから寂しい、というおかしな理屈を頭の中で唱える。
 窓の外には、雲一つない青空が広がっていた。
 春の空だ。
 ――あの女の子は、どんなことを考えながら夜空を見上げていたのだろう。
 病室のドアが元気よくノックされ、このみが飛び込んでくるまでの間、俺はそんなことを考えていた。

*****

 目が覚めた。
 肩は疼くが痛くない。夕食の後に飲んだ鎮痛薬は、しっかり効いているらしい。
 自宅なら考えられないくらい早く寝たせいで、やけに中途半端な時間に目が覚めてしまった。今夜もカーテンの隙間から月明かりが差し込んでいて、室内には青白い輪郭が浮かび上がっている。
 左半身をなるべく動かさないように上体を起こす。いくら痛みがないとはいえ、バンドで身体を締め付けられる生活に一日で慣れるのは難しい。今後どうなるのかサッパリ分からないが、早いところ日常生活に支障が出ない程度には馴染んでくれないと困る。
「……のど、かわいたなあ」
 昨晩と同じ台詞を、ぽつりと漏らす。
 ベッドの脇にある台を見ると、昨日と同じように水差しが置いてある。
「……あー、ミネラルウォーターより、味のついたものが飲みたいかも」
 ベッドを挟んだ反対側には、小さいながら冷蔵庫も完備されていた。
 中には、このみが買ってきてくれた缶ジュース類が放り込んである。
「……スポーツドリンクは、なかったっけ」
 確か、なかったはず。
 炭酸系がいくつかと、他はりんごジュースとかオレンジジュースとか、そういったオーソドックスなラインナップだった。病院にも自動販売機はあるから、そんなに沢山いらないと言ったのに。
 そう。
 飲みたいものがあれば、自分で買いに行けばいいだけなのだ。
 飲みたいもの。
 スポーツドリンクが飲みたい。
 冷蔵庫にはない。
 自動販売機には売っていた。
 エレベーターホールにある自動販売機だ。
「……買ってこようかな」
 蚊の鳴くような声で言って、横目で病室のドアを眺める。無機質な白いドアが、煮え切らない俺のことを嘲笑うかのようにぴったりと閉じられていた。
 ――ああ、ちくしょう。
 自分一人しかいないってのに、一体誰に言い訳してるんだ、俺は。
 白状する。
 喉が渇いているのは事実だが、特別スポーツドリンクが飲みたいわけではない。水差しに満たされたミネラルウォーターでも、毒々しい炭酸飲料でも、果汁30%の中途半端なフルーツジュースでも、渇きを癒せるなら何だって構わなかった。
 白状する。
 目が覚めたのは偶然ではない。水差しの隣に積み上げられた漫画に手もつけず、八時過ぎに無理矢理寝たのは、最初からこの時間に目を覚まそうと思っていたからだった。
 俺は、つまり、結局のところ、
 病室を抜け出す口実が欲しかったのだ。
 それだけのために、他でもない自分に言い訳をして、誰もいないのに周りの様子を気にして、踏ん切りをつけようと画策している。まったく馬鹿馬鹿しいにもほどがある。だが、それでも、どんなに滑稽であっても、
「――トイレ、行こうっと」
 意味のない自白はそれなりに役立ったようで、おかしな具合に開き直ることができたのは幸運と呼べるのだろうか。
 スリッパを履き、ひたひたと部屋を横断する。
 閉じられたドアの前に立ち、ドアノブを握る。
 ゆっくりと物音を立てたりしないように開く。
 廊下は、相変わらずシンと静まり返っている。もう日が変わる時刻なのだ。よっぽどの理由がない限り、自分のベッドで寝入っているのが自然なのだ。
 ナースセンターの明かりに向かって歩き出したら、全身が妙に強張っているのに気付いた。看護師に見咎められたらどうしようという思いはある。だが、緊張の理由はそれだけではない。
 一歩、二歩と足を進める。
 トイレの前を通り過ぎた。
 目的の場所が近づいてくるにつれ、足の進みが悪くなる。足音を消して、忍び足で歩く。昨夜もそうしたように、目を細めてナースセンターの中を覗き込んだ。
 やはり誰もいない。視線を滑らせても、人の気配は感じられない。それどころか今日はコーヒーカップもなくなっている。毎日同じ場所に置いてあったら逆に不自然だと分かっていても、どうしてかあのときと同じであって欲しいと願う気持ちがあった。
「……ふう」
 首を振って、深呼吸する。
 息を吸って。
 息を吐いて。
 深呼吸。
 覚悟は決まった。
 振り向いた。
「――――は」
 エレベーターホールがある。長椅子が整然と並べられている。
 自動販売機もあった。電源の落とされたテレビもあった。
 それだけだった。
 ガラスの向こうに星が瞬いていて、墨を落としたみたいに真っ黒な空に三日月が浮いていても、何の感慨もなかった。ナースセンターの明かりを背に受け、ホールに伸びた自分の影しか見えない。
 誰もいない。いるはずがない。
 深夜の病院のエレベーターホールに、車椅子の女の子なんているはずがないのだ。
 脱力する。俺は何を期待していたんだろう。もう一度あの子に会いたいと思っていたのだろうか。女の子が苦手で、このみの友達ともロクに話せないくせに、会って何をするつもりだったんだろうか。
 分からない。
 分からないが、
 ――予感があった。
 単調に繰り返していた日々が終わる予感。一人暮らしを始めたときより、はっきりとそれを感じた。あの女の子を見たとき、新しい季節が始まると、そう思ったのだ。
「……ま、そんなのは単なる勘違いだったってことか」
 自嘲の言葉が出た。
 部屋に帰ろう。眠れる自信はなかったが、ベッドに潜って頭を冷やそう。
 やってきた方に身体を向け、重い足取りで一歩を、

 チン。

 小さな音だった。
 聞き覚えのある音。エレベーターがこの階に到着した音。
 落ち込んでいた気持ちが吹っ飛んだ。
 胸が高鳴る。
 エレベーターホールに顔を向ける。薄暗闇に引かれた一本の線が、扉の開く鈍い音と共に広がっていく。ほんの数秒のはずの動作が、とてつもなく長い時間に感じられた。
 扉が開く。
 間もなく車椅子の車輪が覗き、
 俺は動けない。車椅子がエレベーターから完全に現れてからも、言葉を発することもできなければ身じろぎすることすらできなかった。何をしていいのか分からないのだから、何もできないのが道理だった。
 立ちすくんだままの俺に気付いたのか、車椅子を操る女の子の手が止まる。
 ゆっくりと、ゆっくりと、顔が横に向けられ、
「……げ。またあんたなの?」
 微塵も不快さを隠そうとせず、心の底から嫌そうな声を出した。
 女の子は太目の眉を訝しげにひそめ、
「なに? ひょっとしてストーカーとかそういうのだったりする?」
 唖然とする。一瞬何を言われたのか分からない。聞き間違えでなければ、とんでもなく失礼な言い草だと思う。
「まあ、そんな度胸があるようには見えないけど、いきなりわいせつな行為をしたりしないでよね。あたしも面倒は起こしたくないから」
 なおも女の子の言葉は止まらない。
 ちょっと待て。
 どうして俺はほぼ初対面の女の子に、ここまで罵られなくちゃいけないんだ。
 ていうか、こんな子だったのか。昨日見かけたときは、もっと、こう、なんていうか、神秘的だったり幻想的だったりしたのに、完全にイメージが崩れた。見当外れのイメージを抱いていた。
「図星?」
「そ、そんなわけないだろ。の、喉が渇いたから飲み物を買いにきただけ……」
 女の子は意地の悪そうな目つきで、俺のことを足先から舐めるように見回して、
「財布も持たずに?」
「……ぐ」
 言葉に詰まる。試しに腰のあたりをまさぐってみたところで、そもそもポケットがないのだから財布が入っているはずがなかった。
「こんな時間にうろついてるなんて、まともじゃないんじゃないの」
「そっちだってそうだろ!?」
「あんまり大きな声を出すと、病室を抜け出してるのがバレるわよ」
「あ……ぐ……」
 それもお互い様だと思っても、何も言い返すことができない。
 ただでさえ小さな身体がすっぽりと車椅子の中に収まっていて、どう見ても俺よりも年下なのに、まったく物怖じしていないことに感心すら覚える。
 幼い頃の記憶がフラッシュバックし、タマ姉の姿が脳裏をよぎる。いや、違う。タマ姉は強引ではあったが、こんな風にネチネチと正論を並べ立てたりはしなかった。そうだ。タマ姉とは別のタイプだ。だが、別のタイプだというのに印象が重なるのは、
 ――俺が、絶対に、どんなことをしても、敵わないタイプってことじゃないか。
「申し開きはおしまい?」
 視線同様の冷たさを含んだ声音で、女の子が言い放つ。
 きっと昨夜の俺はどうかしていたのだ。こんな性悪に運命めいたものまで感じていたなんて、気の迷いとしか思えない。やはり勘違いだった。こんな子と出会ったところで、新しい季節なんて始まるはずがなくて、心の傷が増えるだけに決まっている。
「……こっ」
 腰抜けの俺は女の子の忠告に従い、大きな声をあげることもできずに、
「これで勝ったと思うなよっ」
 涙交じりの声で言い捨て、身を翻すと、ぱたぱたとスリッパを鳴らしながらその場を後にした。今なら白いパンツ女の気持ちが痛いほど分かる。何もできずに逃げ出すことしかできない瞬間というのは、確かに存在するのだ。
 二度と顔を合わせるものかと、密かに、固く、心に誓った。
「ふん……、ヘンなやつ」
 背中から聞こえてきたのは非情な追い討ちであり、最悪の遭遇の結末だった。

...To Be Continued