富島健夫作品 読書ノート ~ふみの実験記録

富島健夫の青春小説を読み感じたことを記録していきます。

青春の野望 第五部 人生、進むべし

2013-05-03 19:50:59 | 青春の野望

左:集英社 1983(昭和58年)年7月初版 装丁:土居淳男
右:集英社文庫 1985(昭和60)年9月初版 カバー:土居淳男)

富島健夫の「自伝的小説」の最終巻。昭和54年8月まで連載された第四部「学生作家の群」から約3年後、昭和57年4月より『週刊プレイボーイ』に約一年間連載された。

主人公である若杉良平の作品が『新流』(実際は『新潮』)に掲載され、作家としての本格的な第一歩を踏み出すところまでが描かれているのだが、作家志望の若者像についての丁寧な描写は第4部同様すっかり影をひそめてしまった。読者の期待に応えて連載を延長したことは作者あとがきにも再三述べられていたが、読者の性描写への期待に応えたのだろうか。第5部のあとがきでは、この作品は5部にて完結する旨がそっけなく述べられている。

作家 富島健夫を考察するヒントはあまりないが、気になる点をいくつか拾うと、酒田が連れて来た行きずりの女 恵子に良平が語った「ポン引きの金山さん」の話は『黒い河』に描かれたひとつのエピソードの原型である。

良平自身も

「ぼくはそのうち、この周辺の人たちのことを書こうと思っています。若いうちは、自分のことを書こうとすれば、どうしてもセンチメンタルになったり主観が入ったり、よけいなことを書いたりしてしまう」

「やはり今のぼくは、自分とは離れた世界や自分が観察した人たちの現実を客観的に描いたほうがいい。普遍性がありますからね。丹羽文雄には思想がないと一部の評論家たちは言い、早稲田の文学学生の何人かもそう考えている。しかし、ぼくはそうは思わない。その現実を選択すること、及びその切り口に作家の独特の目と個性がある。新聞記事とはちがうんです」

と恵子に語っている。「在日朝鮮人」「ポン引き」「基地」は何度も例に挙げていつように富島初期作品に頻繁に登場するキーワードでもある。(ちなみに富島が『新潮』に入選した『喪家の狗』は、「金秀承」という在日朝鮮人を主人公にした作品である)

同人誌『街』の話題は、良平が作品を発表しないということで(実際富島の作品が掲載されたのは1.2.5号)、ほとんど話題に登らなくなってしまった。第2号に掲載された富島の「奇胎」はまた、『黒い河』の「安井夫婦」の妻に焦点を当てた物語(以前ツイッターで「パア夫婦」と書いたが間違い)だったのだが、そこにユーモアはなく、キリキリした精神の叫びが感じ取れるような作品だった。

『青春の野望』が自伝小説であれば、若杉良平に姿を映した富島健夫の“文学青年”らしい一面や、初期の富島作品の陰鬱さの原点についてもっと描かれてしかるべきだったと思うし、そうであってほしかったのだが、あまりに本当のことを描いてしまうと、(読者の期待する)エンターテイメント性が損なわれてしまうのだろう。良平の性の奔放さと富島の貧しい時代を重ね合わせることはアンバランスである。

『恋と少年』においても、『青春の野望』の「性」が「恋」に置き換わっただけで、同様に文学に対する富島の思いをあまりつかむことができなかった。母の葬儀の時に作家になることを宣言した情熱の原点を、なかなか理解できずにいる。引き揚げ体験について描かれた『故郷の蝶』『生命の山河』『すみません』などのほうが、その辺りを読み取るヒントになるかもしれない。

ちなみに『女人追憶』で見られたような「少女と大学生」についてのエピソードが出てきているが、この大学生はことが進む前に自制している。この挿話は一考の余地があると思うのだが、詳細はここでは触れない。

第5部は、最後の最後で本格的な官能小説に突入してしまった感がある。良平に作家になりたいという「野望」はそこにはない。作者が6部はない、と描いたのも、もはや良平は富島の写し絵でなくなってしまったからではないだろうか。
あとがきでは、長編になってしまった理由として「細かく描写しなければ気が済まない」とあるが、入選作はどんな作品だったのか、美子との仲はどうなるのか、など、3p書くより重要なことはたくさんあるのだ。
まあネットや実際の声を聞くと、今40~50代くらいの男性には「富島健夫にお世話になりました」という人が多い。連載当初はジュニア小説から流れて来た富島に共感する読者も多かっただろうが、時代とともに読者の求めるものも変わって来たということかも知れない。

『人生、進むべし』という人生訓的なタイトルを、小里とことを進めようかどうか、と迷うところで持ってきたのは、作者の皮肉にも受け取れるのだが。

全巻通して解説を担当したのは尾崎秀樹。ほとんどその巻のダイジェストで占められていたが、最終巻ではよくまとまった、富島に好意的な解釈の作品論が読める。

 



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