富島健夫作品 読書ノート ~ふみの実験記録

富島健夫の青春小説を読み感じたことを記録していきます。

青春の野望 第一部 錦が丘恋歌

2012-09-08 21:31:01 | 青春の野望

左:集英社 1976(昭和51年)年9月初版(写真は77年8月 第4版) 装丁:土居淳男
右:集英社文庫 1981(昭和56)年6月初版(読んだのは84年6月 第10刷) カバー:土居淳男

富島健夫の自伝的代表作にようやく手を伸ばした。
自伝的作品と言えば『恋と少年』が並ぶが、詳細に杉良吉少年の心情を追った作品だけに、それ以上のものはないだろうと思っていた。何せ『青春の野望』が連載されたのは「週刊プレイボーイ」である。作者自身が「小説ジュニア」で「『恋と少年』は虚構が多く『青春の野望』のほうが事実に近い」と語っているのを読んだ時には素直に信じたものだが、どうしたものか。富島研究の荒川さんとも、真実は『恋と少年』に近く、カモフラージュのためにあえて逆のことを言ったのだろうと話をしていた。

作者の言うとおり『青春の野望』の杉良平を富島健夫に重ねた女学生は、どんな気持ちになっただろうか。良平は自分の心に葛藤を持ちながらも、多摩代への愛を真摯に持った少年だった。対して良平は、美子を一番の女性と考えながら自分の欲望(下半身)に従って数々の女性と接触する。いわば『女人追憶』の真吾に近い。

『女人追憶』と違うのは、ストーリー展開の豊かさだ。ただただ女性が登場し、波風立たずにことが進む『女人』と違い、良平はよくハプニングに見舞われる。真吾はチンピラに絡まれたりライバルに悩まされることなどなかったと思う。
学校生活も波乱万丈である。敗戦による軍国主義の終焉とデモクラシー。貧困。急激な価値観の転換は学校内でも左派と右派の争いを招く。不良や労働者らとの衝突は純文学やジュニア小説でもよく登場するが、『青春の野望』では、特に世の中に対する怒りが強く描かれていると思う。連載はまだ学生運動の盛んな昭和49年であるから、若者たちの共感も得やすかったのではないだろうか。

そんな当時の学生たちの姿を描きながら、女性との絡みも結構多い。掲載しに合わせた当然のサービス精神だろうが、良平は芸者の道子や不良の直美に迫られたときも、接吻はするが最後の一線を超えないだけの信念は持っている。硬派な良平は、読者にかっこいい存在に映ったかもしれない。

途中まで読み、ふと物語の始めに戻ると、豊津中学の歴史や、明治時代の少年、郡長正の“武士道”の悲劇、杉山元帥と婦人の自決など戦前の日本が対比できる。人生の指針である道徳や倫理すら、こんなにたやすく変わってしまうのか、という無常観を、良平すなわち健夫少年は感じたことだろう。
道徳や倫理など信用できない世の中、もしかしたら、葛藤を持ちながら自らの欲望に突き動かされる良平の姿は、富島の真実に近かったかもしれない。杉良吉のストイックさの方が共感=あこがれを呼ぶだろうけれども、良平の性のあり方も全くの虚構ではないのではないか。

激動の時代であっても男女はひかれ合う。昭和20年代に生きる良平を通し、不変の人間の姿を見て行きたい。

(2012年9月1日読了)



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