岡崎直司の岡目八目

歩キ目デス・ウォッチャー岡崎が、足の向くまま気の向くまま、日々のつれづれをつづります。

お薬師さん参道の建築美。

2006-04-09 01:30:41 | 建見楽学
山田薬師の参道沿いにある民家群は、知られざる伝統建築美。

お薬師さんの縁日に行くもう一つの楽しみは、その参道沿いにある建物の美しさ。特に、障子が今も活きている。
イマドキの生活変化は、必ずと言っていいほど、どんな旧家でも窓枠がサッシュになっていることが多い。ところがこの通りの十軒ほどは、今も昔のままの障子を正月に張替え、建物が維持されている。ここは伝建(重要伝統的建造物群保存)地区でも何でもない。

しかし、四月八日の縁日には、大勢の人々が家の前を通るためもあるのだろう、どの家も庭も含めてかなり大切に手入れがされ、その佇まいが何気なく出来ているところに感動がある。

西予市宇和町の町並みと言えば、一般的には卯之町中町(なかのちょう)の事ばかりが取り上げられる。でも、この西山田地区の通りは、全く無名ではあるが、岡目八目的には、全国レベルで押し出せる凝縮された地区と考えている。
善福寺(山田薬師)から庄屋土居家の赤い長屋門にかけての約600mは、チャート系石垣の田園の文化的景観とあいまって、なかなかの歴史空間であることを知る人は稀である。写真は中ほどにあるK家。左側にチラリ見えるこうした戸袋のスタイルは、南予の民家の特徴でもある。

山田薬師の縁日「花まつり」

2006-04-09 00:45:06 | ノスタルジー
今日四月八日は、善福寺山田薬師の花祭りでした。

日本三大薬師として、昔から近郷近在の善男善女が、この日ばかりは春の田園を散策がてら、この宇和町石城(いわき)地区の西山田に集まってくる。

かつて、参道に並ぶ露店の列は、岡目八目が子供の頃は松山の椿さんくらいに思うほど長かった。椿さんが「おたやん飴」なら、こちらは「ひょうたん菓子」。中でも、小さな子どもの背丈ほどもある大きな「ひょうたん菓子」は、なかなか買ってもらえず憧れの的だった。

また、もっと昔は、八幡浜からは笠置峠越えで、明浜町高山や三瓶からも、それぞれ山越しに歩いて一日がかりでやってきていたらしい。

今出ている露天商は十軒程か。
それでも今日は、日和に恵まれ土曜日ということもあって、比較的大勢の参拝客が途切れずに続いていた。
何より、山田地区にある我が家の側を、孫の手を引いて向かうおばぁちゃんの姿がよく目についた。何気ない祖父母との語らいが、集落を縫う田舎道でそこそこ聞こえてくる光景は、何とも微笑ましく安心感を覚える。

そう言えば、久しぶりに甘茶を買って飲んだ。花祭りは、いわゆるお釈迦さんの誕生日を祝う行事と思われるが、このツキモノの甘茶を小さな像にかけるのは、ハテどういう謂れだったか。
いずれにしても、親子連れや老人と孫の和やかな笑顔と会話が、日頃は静かな片田舎に満ち満ちているのは、ホントいいもんだ。