岡崎直司の岡目八目

歩キ目デス・ウォッチャー岡崎が、足の向くまま気の向くまま、日々のつれづれをつづります。

丹羽部長の卓話、その二。

2008-05-15 01:13:47 | まちづくり


この広げられた地図は四国。

氏は、センターに在勤されてる間に、休日などを利用して、四国中を歩きに歩かれた。
その足跡が黒い線で塗られているが、うーん、とてもじゃぁないが見た目だけでも凄い距離。

丹羽部長の卓話から。

2008-05-14 21:16:45 | まちづくり


時々開催される若松師匠の「夕日寄席」のノリで、まずは今日の主役に高座に上がってもらう寸法。

地域づくりは、「風の人、土の人、その両者が居ないと成り立たない」という、ここ数年のセンターで実感されたご本人の体験を元に、以下興味深い話を披露していただいた。

双海(ふたみ)の夕日

2008-05-14 21:04:25 | まちづくり


今日の伊予灘に沈む夕日はとても綺麗だった。

携帯のカメラなので、そうそう鮮明には写せないが、久々に堪能した、時事刻々と変化する夕日の情景。
撮影位置は、下灘のミカン山にある若松進一さんの人間牧場。
今夜は、えひめ地域政策研究センターの丹羽部長が九州大学へ転身されることでの送別会。我々「えひめ地域づくり研究会議」代表の若松さんトコでやろうや、と事務局があるセンターの皆さんも一緒にやってきた次第。

講武館の⑳

2008-05-11 00:37:14 | まちづくり


今回、お世話になった皆さん。

昭和9年(1934)に剣道家佐藤寅吉翁の尽力により建築された講武館(野村警察署武徳殿)が、戦後の同34年(1959)、野村警察署の新築移転に伴い、五町区の公会堂に衣替え、やがて各地区毎に集会所が整備されるに従い、本町二丁目集会所としての役割のみとなっていった。
いつしか、建築当初の“講武館”としての理念や崇高な理想は忘れ去られ、集会所機能としての老朽化のみが表面化した。

今回の改築のための撤去解体は、間もなく六月に入ってから。
そうしたタイムスケジュールの中、呼びかけに応じて宇和島や松山から参集してもらった建築士さんたち有志のお陰で、せめてもの貴重な実測採寸が出来た。地元では、誰からもあまり顧みられることのなかった古い建物に、尊い善意の風が入った。
少しは、建築当初の想いに応えられただろうか。


講武館の⑱

2008-05-10 00:08:27 | 建見楽学


セメント瓦の表面の劣化の様子。

表面に浮き出た骨材に青石が使われているらしきことを見ると、県内で生産されたセメント瓦なのか?