旧三瓶隧道、その三。 2008-09-26 06:34:27 | 土木遺産 この煉瓦トンネルを歩くと、冬は暖かく夏は涼しい。 まだ文化財としては無印、未指定である。 現在は、下方に新三瓶トンネルが抜けており、めったに車も通らない。
旧三瓶隧道、その二。 2008-09-26 06:30:48 | 土木遺産 「大正六年十月竣工」の誇らしげな文字は、三瓶側にだけ入れられている。 これは、当時のこの隧道掘削にかける意気込みの違いがそうさせたものと思われる。事実、施工費の負担額は県費補助を除くと、旧三瓶村の額が旧笠置村や山田村を凌いでいた。場所としては入り口・出口双方とも旧笠置村にあるのだが、その名も“三瓶隧道”。
旧三瓶隧道、その一。 2008-09-26 06:23:37 | 土木遺産 宇和と三瓶をつなぐ近代化遺産の旧三瓶隧道。大正六年(1917)の竣工。 当時は、南予に乗り合いバスの路線網が出来始める草創期で屈指の近代トンネルだった。 その頃の行政名は宇和側が笠置村と山田村、そして海岸部の三瓶村。
倉谷集落の石垣 2008-05-02 11:30:24 | 土木遺産 倉谷集落は石垣の造成が見どころ。 急斜面を、地域で採れるチャート系の石積みで造成し、家屋敷のスペースを確保している。 この場合、下の段はある程度加工された“矢羽根積み”となっていて、上の段の方が古い時代の石垣。
盛岡城跡公園にて。 2008-04-13 23:17:08 | 土木遺産 そんなワケで、学生時代に訪れて以来の「不来方(こずかた)の城」であるが、それにしても見事な石垣である。 建物こそ無いが、それが却って古城としての郷愁を誘うというものだ。 また、おびただしい花崗岩の石の存在感に、時の権勢をいやが上にも感じる。
盛岡城址公園へ。 2008-04-13 07:16:04 | 土木遺産 市の中心部、中津川にほど近い盛岡城へ行く。地元の方が自慢するだけあって、建物は無いが、立派な石垣の城である。一つ一つが大きな花崗岩で積まれている。 学生時代に、一度だけこの城を訪れたことがある。ナニブン当時はかなりのシロキチで、全国の城を機会ある毎に巡っていた。 その時は、確かワンゲルで早池峰山に登った後、列車の待ち時間の合い間に来たような気がする。 もうあれから三十年以上の時が流れた。光陰矢のごとし。
(13)崖に掘られた穴。 2008-03-02 23:50:14 | 土木遺産 かつての防空壕かどうかまでは分からないが、こうした切り通しになった崖の箇所には、穴が開けられている箇所がよく見られる。 これも、比較的掘りやすい凝灰岩ならではの存在。 危険防止のためか内部は埋められ塗りこまれていたが、物置か何かに使用していたのかも知れない。 臼杵の町は丘陵地形にも広がっていて、軽四の車がやっと通れるような不規則な小道のアップダウンが、この町の一様でない魅力の一つにもなっている。
(12)臼杵の石質 2008-03-02 23:44:00 | 土木遺産 臼杵の町並みには、コンクリートでないブロック塀がふんだんに使われている。 これらは全て「凝灰岩(ぎょうかいがん)」。臼杵は石仏で有名だが、そうした際の石質と共通する柔らかい石。 水分を吸収する性質で、見た目にしっとり感がある。 敷石や舗道によく敷かれていて、臼杵の町のアイデンティティとなっている。