岡崎直司の岡目八目

歩キ目デス・ウォッチャー岡崎が、足の向くまま気の向くまま、日々のつれづれをつづります。

⑦原家の墓参

2008-03-24 04:43:29 | 建見楽学


原千代吉氏夫妻の墓から戻って、法華寺境内から直下の大洲市内を眺める。

肱川の流れをバックに、おおず赤煉瓦館が佇む。

⑥原家の墓参。

2008-03-24 04:38:37 | 産業遺産


土台部分。しっかりした基壇部分の煉瓦積み。

煉瓦工場の経営者だった千代吉氏の、面目躍如な墓石である。全国的にも珍しいのではないかと思われる。

⑤原家の墓参。

2008-03-24 04:33:25 | 産業遺産


光線の具合で、こちらから見ると煉瓦調の色合いもよく分かる。

近代の社会資本整備の状況を文化財的に見てゆくと、所謂(いわゆる)それが近代化遺産と呼べるものになるワケだが、これはもう立派な産業遺産である。
煉瓦は、古今東西で古くから使われた建築素材であるが、日本では幕末から西洋の影響を受けて次第に広まった近代のもの。
明治35年に建てられた“旧大洲商業銀行(現おおず赤煉瓦館)”には、“ハラ”の刻印が認められる煉瓦が使用されている。

④原家の墓参。

2008-03-24 04:25:23 | 産業遺産


目的は、この風変わりなお墓の調査。

まずは御花を供え、焼香をしてから拝見させて頂くことに。
墓には「十代千代吉夫婦」と刻まれているが、これは、かつて大洲市柚木にあった「原煉瓦」の経営者だった原千代吉氏夫妻の墓。
煉瓦職人らしく、墓まで煉瓦仕立てで造られている。土台が煉瓦積みというに止まらず、塔身本体も煉瓦素材を焼いて作った陶製の焼き物仕立てである。

このお墓へは、法華寺の裏手にある墓地を行くのだが、ちょっと案内がないと行けない。

②原家の墓参

2008-03-24 04:14:12 | 建見楽学


なかなか結構な佇まいの寺院で、歴史が感じられる。

町の駅“あさもや”にも実はほど近いが、車では上がれないので、めったにここまでは人が来ない場所。
本堂の前には、葺き替え前の重厚な屋根瓦が置いてあり、大洲藩政時代からの雰囲気が境内に漂う。

①原家の墓参

2008-03-24 04:09:59 | 建見楽学


ここは大洲市の東山根、小高い山の上にある法華寺。

先月末のこと、前から見学したかった墓を調査に、おおず赤煉瓦倶楽部のご案内を得て出掛けた。

佐伯22鏝絵

2008-03-24 03:40:13 | 建見楽学


武家屋敷の通りである“文学と歴史の道”にはこうした土塀の連なりがあり、フト見ると、隅瓦に旭鶴の鏝絵が施されていた。

佐伯城の“鶴城”に因んだものか。反対側には亀の鏝絵も。