南野島男のGood Times

日常感じたことを面白おかしくエッセイ風に書きつづります。
これぞ笑いと勇気の玉手箱!

アナと雪の女王を紅白で歌うのはどっち

2014-08-31 21:09:03 | Weblog

社会現象にもなっているディズニー映画『アナと雪の女王』が年末恒例NHK紅白歌合戦でどうなるのかという問題で俄かに騒動が巻き起こっている。

世界中で大ヒットした映画『アナと雪の女王』は日本でも記録的なヒットになった。映画館の中では観客が全員で「ありのーままのー♪」と大合唱をするという異様な現象が起こるそうだがどんな面して観客が歌っているのか実際に見てみたい気持ちもあるが、なんか新興宗教の集まりを想像してしまう。やはりこの映画ほとんどが女性が見ているらしく男性にとってはツボにはまんないのかもしれない。僕の親戚の叔母さんなんかこの映画の熱烈なファンでもちろん映画館でも歌うし、自宅でもYOUTUBEを連続再生させてはこの世界に酔いしれている。

この夏、日本中で「ありのままのー」という言葉がどんだけ使われているのか分からない。「ありの」で歌うか「レリゴ」で歌うかはどうでもいいのだけど、この歌も劇中で吹き替えをやっている松たか子が歌うやつと、エンディングでMayJが歌うやつとがあり、どちらがいいのかという問題に発展している。もちろん映画の中で歌っている松たか子の方がディズニー公認でありYOUTUBEの動画で聴く歌は松たか子バージョンなのである。しかしほとんどのテレビ番組では「アナと雪の女王」の歌といえばMayJの露出が多く、イメージ的にもMayJが完全に乗っ取ってしまった感じがある。確かに歌唱力はあるのだが映画で歌っているのは松たか子だし妙な違和感は感じていた。日本人というのはおかしなもので、アピールし過ぎると少々引いてしまうところがあるし、隠せば隠すほど見たい気持ちが強くなってしまうところがある。それがMayJと松たか子に対する評価につながりつつある。

頻繁にMayJはテレビに出ている割には松たか子は全く出ない。しかし映画を観た人たちは松たか子の歌を本当は聞きたがっている。だけど出てくれない。するとますます見たくなる。その分MayJが松たか子の分まで出まくり、挙げ句の果てには今年の紅白歌合戦のスケジュールまで仮で押さえてますみたいな発言がトドメを刺してしまった。今の世の中、ちょっとした発言がその数秒後にはネットで拡散され、あっという間に炎上してしまう恐ろしい社会になっちまっているから相当気をつけなければいけない。MayJもそこいらへん上手に芸能界を生きてゆく必要がありそうだ。

今年の流行語大賞には間違いなく「アナと雪の女王」もしくは「レリゴー」「ありのままの」が選ばれるであろうが大晦日の紅白の扱い方が気になるところだ。一番いいのはMayJ、松たか子、そして神田沙也加がみんな揃ってしかも会場みんなで大合唱ってのが波風立てずにいいかもしれないが、それはまるで昨年のあまちゃんコーナーみたいになってしまい歌合戦という意味合いからは大きく離れたものになるんだろうね。

 

 


アイスバケツチャレンジ

2014-08-26 14:57:05 | Weblog

ALSの研究を支援するためのアイスバケツチャレンジが巷では流行っている。

氷水の入ったバケツを頭からかぶり、次の3名を指名して寄付をし、その模様を動画投稿サイトにアップするというものだが、世界中の有名人が行い、日本でも孫正義、山中伸弥、田中マー君など有名人、芸能人、著名人がやるものだから一気に広まって行った。はじめは瞬間的なイベントかなと思っていたが、まるでチェーンメールのように広がりを見せている。中にはいつ俺のところに回ってくるのかと心配し始める有名人もいるようだ。確かにチャリティーであり社会的にも良いものだとは思うがこれもどこかで区切りをつけた方がいいように感じる。昔から過ぎたるは及ばざるが如しと言うが、せっかく良いものも度を越してしまうと悪い部分までも出てくるってのが世の習わしだ。現にアイスバケツチャレンジでは亡くなった方も出てしまった。中には指名されても本当はやりたくないと思っていてもここで断りでもしようもんなら評判が下がるし、チャリティーに理解のない非人情な人間と思われてしまうかもしれないと嫌々ながら指名を受けてしまうことになりかねない人も出てくるはずだ。それこそソフトバンクや楽天のように大企業としての看板を背負うオーナーにとっては自社株価にも影響しかねない問題なのである。

バケツをかぶる動画はネットで公開される形となるが、疑いたくなるのは本当にあのバケツの水が冷たいのかという点だ。バケツにはどれだけの氷を入れなければいけないか等の規定みたなもんがあるわけでもないし、バケツの水に氷がたった1個入っていてもそれはアイスバケツチャレンジとして認められているはずだ。だからして動画の画面では大声上げて冷たさをアピールしている様がどこまで信憑性があるものかということだ。その昔、たけし軍団がテレビで熱湯風呂に入って高視聴率をはくしたバラエティーがあったがあれなんかも視聴者が思っていたほど熱くはなかったらしいのだ。全ては視聴率のためあそこまでの演技をした方が盛り上るんだと軍団のひとりは語っていた。それと同じでアイスバケツチャレンジの動画もより冷たさを強調する方が笑いという重要なポイントを同時に獲得できるのだ。

しかし世の中にはいろんな人間がいるわけで中にはこのチャリティーに異議を唱える人もいるはず。考え方によってはALSに限定せずにエボラやエイズのような他の難病に対してももっと目を向けるべきとか、氷買う金があればそれを寄付すればとか様々な意見がでるのは当然だ。武井荘のように指名を拒否して寄付だけを行う人や、自分はやっても次の指名をしないというひとも出てきている。このまま行くと本来目指しているものとは違う方向にも行きかねないこのチャリティーはどこかで区切りをつける時が近づいているように感じる。

昔、サッカーの中田選手もはめて有名になった白いゴムのリストバンドがあったが、最初の頃はホワイトバンドで世界の発展途上国を救うための活動として多くの日本人も協力したが結局はその売上はほとんど貧しい国には行ってないことが広まり、運営会社も多額の赤字を出してしまいわずか1年足らずで終わってしまったことがあった。その時に購入した白いゴムバンドは黄色く汚れて今でも僕の机の中には眠っているがあれはいったい何だったのだろうと思うのが笑える。あと数年もしたらバケツに氷水入れて頭からかぶって有名人がリレー形式でやるってのが流行っタネーと柿のタネでもつまみにビールを飲でるのかもしれない。

 

 

 

 

 


長崎はまるでアメリカの植民地

2014-08-20 22:34:58 | Weblog

長崎には市民や県民から憩いの場所として愛される「水辺の森公園」という美しい公園がある。

年中外国からの豪華客船は入港するし、春には帆船まつり、夏には港まつり、大花火大会、秋にはベイサイドマラソン大会といろんなイベントが催され多くの市民が集う。公園内には運河が流れ、大きな芝生広場があり、噴水や小川が流れ休日ともなるとたくさんの親子連れで賑わう。公園内にある水辺のレストランは周りの雰囲気に溶け込みとてもお洒落な作りをしていているし、その隣にある長崎県美術館も運河をまたぐ様に建てられ、外観も自然に景観に溶け込み美術館としては最高の立地であると讃えられている。このように水辺の森公園は異国情緒豊かな長崎には本当に愛されるべき公園なのである。ただひとつのことを除けば。

水辺の森公園の一郭には公園内には相応しくない巨大ビルがドーンと建てられている。当初は日本中でそのCMを見ない日はないというくらい朝から晩までその資金力にものを言わせ日本市場を食い物にした保険会社「アリコジャパン」の中枢本部が置かれていたのがこのビルだ。外壁にはこれみよがしにAlikoの文字が入った巨大看板が取り付けられ公園に入る前には嫌がおうでもこの看板と巨大ビルを見なくてはいけないようになっていた。その当時から長崎市民の間からはこのアリコジャパンビルの存在が不評で不評で、僕も何度となくブログで批判めいた文章を書いてきたものだった。しかしその誘致は長崎県と長崎市が決めたものであり我々市民がどんなに声をあげようと相手にはしてもらえなかった。アリコジャパン(親会社はAIG)は周知の事実ではあるが日本での売り上げが本国アメリカの売上をほとんど支えており、しかも利益は日本に還元されることなく全てをアメリカに送金されていたのだ。芸能人を山ほど使ったCM戦略には年間400億円もの広告宣伝費が電通を通じてマスコミ業界に入り込みアリコなしではマスコミも生きて行けないような感じではあった。僕らはこんなやりかたいつまでも続くはずがないし、近い将来潰れてしまうにちがいないと半ば希望的観測で言葉を発していたのだがこれが本当になってしまいアリコジャパンは倒産してしまった。これでやっとあの邪魔な巨大ビルが水辺の森公園から消え去るかと期待に胸ふくらませていた。当時長崎県庁の移転問題が浮上した時に僕は迷わずこのビルをそのまま長崎県庁として使用すれば建設費用も節約出来るし、美術館や市民劇場、もしくは市民県民が利用する公的機関なら全ての人が納得するし最高のアイディアだと思っていた。

ところが破綻したアリコジャパンはメットライフが買い取ったことで中身はそのままで看板の文字がメットライフの文字に変わっただけのことに終わった。これで当分この巨大ビルと無愛想な看板は水辺の森公園で生き続けるのかと思うと嫌になったもんだ。ところが今日の新聞にデカデカと「AIG立地協定締結」の文字、テレビのニュースでもまるでCMのように大宣伝。つまりはアメリカ保険大手AIGグループ傘下のアメリカンホーム医療・損保保険とAIG富士生命の拠点をこのビルに持ってくるという話が決まったという。これでAIG傘下会社が6社入りグループの大規模拠点として日本市場での荒稼ぎに拍車をかけるつもりだ。これでTPPが進められて日本の医療・保険がアメリカの思惑通りになればアメリカによる日本の植民地政策は一気に進むことになる。協定締結式では長崎県知事、長崎市長がAIG関係者と握手を交わし満面の笑みを浮かべ、地元雇用の促進や県民所得の向上を感謝する言葉を述べているがこの人たち市民の本当の声に耳を傾けないといけないね。今年の原爆祈念式典ではあんなに素晴らしい平和宣言を読み上げたのにこのざまは何って感じの田上市長の顔。

日本中の国民が許しても長崎の人間だけは原爆を落としたアメリカを許すことは出来ない。原爆は戦争を早期終結させるために落としたとされるアメリカの言い分は完全に嘘なのである。あれは完全に原爆による人体実験以外の何者でもない。その証拠に広島のウラン、長崎のプルトニウムと種類の違う原爆を使用する意味がどこにあるというのか。日本が降伏することは決まった上でアメリカによる人類史上最悪の人体実験の場所として長崎は選ばれたのである。アメリカはどうしたって日本に謝らなければならない。話は飛躍し過ぎるかもしれないが、その長崎市民が心を休め美しい景色を楽しみ平和を実感するみんなの公園によりによってアメリカの企業グループが入る巨大ビルをそこに立てさせる気がわからない。石原ノビテル大臣じゃないけど「最後は金目」なのか。しかし誘致するならもっと郊外かはたまた離島にしたらどうだ。沖縄では辺野古基地を容認しないと選挙公約で掲げておきながらアメリカのいいなりに寝返り県民を裏切った仲井真知事がいるが、長崎県知事も似たようなものでしかない。戦争による日本の植民地化じゃないが、TPPに参加するということはアメリカの望むように制度を変えられてしまうことであり正に植民地化なのである。その保険市場の最前線の拠点にアメリカに献上するのが長崎だとはね。

長崎市内に高速道路で来れば出島道路の出口の先に広がるのが水辺の森公園であるが、その正面にデカデカと身構え、正面にはAIGの看板が多くの観光客を真っ先に迎えてくれる、それが今の長崎だ。


恋の円舞曲(ワルツ)

2014-08-18 23:19:25 | Weblog

前から作ってみたかったワルツ曲調の歌が出来た。

題して『恋の円舞曲』というこの歌にはいろんなイメージが盛り込まれている。時代背景は鹿鳴館時代のレトロな社交界から、大正ロマン、はたまたムーンライトセレナーデをBGMに踊る恋人たちと様々なコンテンツが入っている。そしてチャイコフスキーの花のワルツ、ビルエバンスのワルツフォーデビーも潜在的に盛り込まれている。

僕が抱いている感覚がうまく伝わっているか分からないが、少なくとも僕の中では雰囲気だけは表現出来たと感じている。今回の録音にはギターは一切使っておらず、申し訳ないほどたどたどしいシンセサイザーのキーボードだけでやってみた。本当はこの曲をBGMにワルツの一つでも踊れればどんなにいいかわからない。

 

恋の円舞曲(ワルツ)

夢の中で甘い香り
懐かしさに高鳴る胸
遠き日々の君想えば
聞こえる調べ恋のワルツ
見目麗し花の乙女よ
光のどけき春のうららに
今宵君と夢の中で
踊り明かそう恋のワルツ

赤い薔薇の花言葉に
思い込めて君に贈る
我が心の熱き鼓動
奏でる調べ恋のワルツ
過ぎし日々のうたかたの夢
しばしとどめむ朝が来るまで
今宵君と時を忘れ
踊り明かそう恋のワルツ

http://youtu.be/nLCkebcZj7g


いい加減に目覚めろ日本人

2014-08-04 11:09:15 | Weblog

台風12号がやっと過ぎて行ったかと思えばまた次の11号が北上して九州へ向かってるらしい。次の台風にしてはなんで12号から11号へと数字が若くなるいのか分からないが、こう次から次に来られたんじゃまだ梅雨って本当は終わってないんじゃないの?と疑ってしまいたくもなる。雨の影響か気温はそれほど高くなく、30度を超す猛暑日からすればだいぶましなのだがこう大雨警報が続くとやになってくる。

長崎では9日に69回目の原爆の日を迎える。今年の平和式典では長崎市長が読み上げる平和宣言の中で集団的自衛権の文言を組み入れるそうだが、もっと踏み込んで強い批判を行う平和宣言であって欲しいというのが本音だ。

戦後69年もの間、恒久平和を憲法と共に守り続けてきた日本であったが、今年遂にその憲法が自分を最高権力者と呼称する狂った政治家により潰されることになった。これは明らかに憲法違反であり国家的反逆罪でもある。権力の暴走を阻止するためにある憲法が権力の乱用により破壊されることは国家の危機そのものなのである。ドイツのヒットラーの様に日本は安倍晋三に全権を委任したとでも言うのだろうか?このまま進めば時間の問題で日本は軍事国家へと逆戻りしてしまうことになる。憲法を国会で論議することもなく、主権者である国民に問うこともなく勝手に変えてしまう人間を独裁者と呼ばずに何と呼べばいいのか。

日本人はどこまで馬鹿なんだと思ってしまう。日本国の憲法が崩壊させられ、戦争を始める国家へと突入し、世界中の人たちを殺し殺され時には核兵器をも使い大量殺戮を繰り返すことになりかねないことを、たったひとりの狂った政治家に決められてしまっていいのか?戦争が始まったら自衛隊、そして徴兵制によって徴兵された国民は「安倍晋三様万歳!」と叫びながら死んでゆくつもりなのか。愛する家族を、子供たちを安倍晋三という愚かな独裁者のために生命を捧げる価値があるとでもいうのだろうか?安倍晋三が全ての国民から敬われ神様に近いほどの存在であり、我が生命を捧げてまでも崇めたい人間なのか?金持ちのボンボンとして生まれ、なに不じゅうなく育ち、知能レベルは甚だ低く、無責任に政権も放り出し逃げ出す過去も持ち、浮いた年金問題では最後の1件まで自分が解決すると豪語しておきながら責任も取らず、福島原発が津波による被害を想定され対策を進言されたにもかかわらず何の対策もとらず、東京オリンピック招致では放射能汚染水が完全にコントロールされていると世界中に向けて大嘘をつき放った。福島も原発事故の収束もないのに、さらに原発を再稼働させようとし、選挙公約を破りTPPには参加、沖縄の基地を住民の気持ちも踏みにじり強引に移設、日本経済を崩壊させるような消費税の増税実施、本来ならば銀河系の果てまで追放されてもおかしくないような狂ったこの男のために何かを捧げるほど愚かなものはないはずだ。

8月9日の長崎原爆平和祈念式典に参列する安倍晋三は何を語るつもりか。うわごとのように言い続ける「国民の生命と安全を守る責任が自分にはある」をまた垂れるつもりなのか。そもそも平和式典に参列する事自体被爆者への冒涜であり、どの面下げて長崎にきたんだとヤジがとんだとしてもおかしくない。長崎市長、長崎の平和団体は今年は安倍晋三の出席はお断りすべきである。特定秘密保護法を施行し、憲法違反の集団的自衛権の行使を容認し、武器を輸出し、これから益々軍備を増強し戦争に国民を導こうとする人物が式典に来て哀悼の言葉をのべる意味があるだろうか。手遅れにならない内に国民は覚醒しなければならない。歴史は繰り返すというが、多くの若者が戦争で亡くなり靖国神社で英霊となることを二度と起こさせてはならない。しかもその生命を散らす時に叫ばれる最期の言葉が「安倍晋三閣下万歳!」ではあまりにも悲しい。