縁側でちょっと一杯 in 別府

東京から別府に移住してきました。
のんびり温泉に浸かり、美味しい魚で一杯。
夢に見た生活を楽しんでいます。

ソルジェニーツィンに捧ぐ

2008-08-05 00:27:10 | 芸術をひとかけら
 3日夜、ソルジェニーツィンがモスクワで死んだ。

 たいていの人は、ソルジェニーツィンって誰、何者、と思ったに違いない。彼は、『収容所群島』、『イワン・デニーソビッチの一日』等で有名な旧ソ連の反体制作家である。1970年にノーベル文学賞を受賞している。
 かくいう私も彼のことは半ば忘れかけていた。ソ連を追放され米国に移住したことは知っていたが、94年にロシアに戻っていたことすら知らなかった。いや、聞いたかもしれないが、さして気にしなかったのであろう。彼はソ連の全体主義を告発した作家であるが、その対象であったソ連はもはや存在せず、当時の僕の関心は新しいロシアに向いていたから。

 ニュースを知って、家で『イワン・デニーソビッチの一日』を探してみた。案の定、ない。この本は誰もが一度は読むべき本だと思う。が、一度読めば十分ではないかとも思う。そう思って引越しの時に捨てた気がする。
 なにせ凄まじい本である。強制収容所での極限の生活。死や発狂と隣り合わせの生活。イワン・デニソビッチの一日、それも彼にしてはごくありふれた一日の生活が描かれているのだが、我々には正に地獄の一日である。そして、そんな過酷で壮絶な日々が、何百、何千と繰り返されるのである。全体主義を前にして、悲しいまでに個人は無力である。自分にこんな生活は耐えられない。
 しかし、実はこれはソルジェニーツィン自らの経験に基づく話である。彼はスターリン批判をしたかどで1945年に逮捕され、8年間強制収容所で過ごしたのであった。更に彼がすごいのは、そうした経験にも拘わらず、又、国家からの圧力にもめげず反体制を貫き、作品を発表し続けたことにある。彼のノーベル賞は、ある意味、彼の命を守るために与えられたものかもしれない。

 新聞にロシア文学者、亀山郁夫・東京外大学長のコメントがあった。ソルジェニーツィンは「政府が強力な指導力を持つ“独裁体制”を取りつつ、民衆が自由を享受するべきという独特のロシアの理想像を持ち続けた人物だ。」と書かれていた。
 そうか、独裁国家に苦しめられた彼だが、独裁には良い独裁と悪い独裁があると考えていたのか。スターリンは前者であるが、必ずしや正しいロシアの指導者による良い独裁があるに違いない、ということか。年老いた彼にはプーチンがそれに近い存在に見えていたのかもしれない。

 僕は、理論上というか理念上は“良い独裁”はあると思う。プラトンのいう哲人政治である。が、それは一時的には成立し得ても、永続する保証はない。一つ間違えばヒトラーやスターリンの生まれる可能性もある。
 ソルジェニーツィンはロシア、そしてロシア民族に夢を託していたのかもしれないが、僕は、たとえそれが不完全なものであっても、やはり民主主義の方が良い。理由なく人を収容所に送る国、その恐れのある国には住みたくないから。この本を読んで、しみじみそう思ったことを覚えている。

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