縁側でちょっと一杯 in 別府

東京から別府に移住してきました。
のんびり温泉に浸かり、美味しい魚で一杯。
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公取の生き残り戦略、あるいは陰謀

2007-03-18 18:16:31 | お金の話
 昨日の続き、公取への事前相談の話である(正確には、事前相談のための事前相談である)。

 業況の極めて厳しい会社があり、その再建のためには事業構造を大胆に見直す必要があると考えられた。赤字の事業を工場ごと売却し、会社の経営資源を残る事業に集中しようというのが銀行の、僕の上司の案。僕はまだ入行2年目の若造、上司は良い経験になるだろうと、僕をそのプロジェクトに加えてくれたのであった。確かに、物事の考え方、案を具体化して行く方法など、本当に勉強になった(といっても、僕のやった事といえば、資料をワープロで打つことと、独禁法の問題を調べるくらいだったが)。

 当時、法律に疎い僕は、独禁法といえば文字通り独占を防ぐための法律だろう程度の知識しかなかった。本件は上場会社間での事業譲渡であり、加えて当該事業が赤字とはいえ相応のシェアを持っていたことから、案件成立の前提として、まず独禁法上の問題の有無を確認する必要があった。
 昨日も書いたが、当時は企業結合審査に関するガイドラインなどなかった。本で独禁法を勉強し、過去の事例を見、そして当該事業の業界事情(製品特性、用途、需給、価格、製造メーカー、ユーザー等)を調べた。その上で独禁法に強いと言われる弁護士のところに相談に行った。

 独禁法の場合、「一定の取引分野における競争を実質的に制限」するか否かがポイントである。まず「一定の取引分野」が問題。広く○○業界で捉えて良いのか、主要製品毎に考えるべきか。公取から、この明確な基準が示されていないため、如何にこちらの都合の良い方向に話を持って行くかが重要だ。
 若干話が反れるが、わが国の合併で一番センセーショナルな案件といえば、今でも新日鉄の合併であろう。業界1位の八幡製鉄と2位の富士製鉄との合併であり、政財界、更には学会も含め国論を二分する議論が行われたという。単純に粗鋼(注:各種鉄鋼製品に加工される前の鉄と思えば良い)ベースで考えると、両社を合算したシェアは3、4割であっただろう。結局、合併は認められたが、このとき特にシェアの高い鉄道用レール、食缶用ブリキ、鋳物用銑、鋼矢板(注:主に土木工事で土留めに使われる板)については第三者への譲渡が求められた。
 こうした例より「一定の取引分野」は製品の用途に応じ判断すべきと考えられ、自らのシェアを勘案しつつ、多くの製品の中、どこで線を引くのが良いか、つまり、どうすればシェアを低く抑えられるか考えるわけである。
 次に「競争を実質的に制限」するか否か。これは証明が難しいが、製品の特性、業界他社動向、価格決定方法、ユーザーとの力関係、輸入圧力の有無等の説明が必要になる。

 いずれにしろ、合併や事業譲渡に関する明確な、具体的な判断基準がないことから、独禁法上の問題の有無については公取の判断次第となる。これが予見可能性が低いと言われる所以である。よって当方としては、如何に公取の納得するロジックを組み立てられるかが成功の鍵を握る。本件は、弁護士のアドバイスもあり、公取から特に問題ないだろうとのお墨付きを得ることが出来た。そして、我々が事業譲受候補として考えた先にその旨打診した。

 さて、その後であるが、事業を譲渡した会社はそれを機に業況が改善し、又、成長性のある分野に特化したと評価され株価は上昇した。我々が譲渡の話を持ちかけたときは、そんな必要はない、会社にとって大切な事業だ、東証1部上場会社として売上規模が小さくなってしまう、等々、強く抵抗していたにも拘わらず、勝てば官軍、その後は自らの判断で事業譲渡を行ったかのように言っている。一方、事業を譲り受けた会社は元々規模の大きな会社であり、当該事業の影響は小さいが、我々の銀行に対する見方が変わった、信頼に繋がったのではと思う。

 今回のガイドライン見直しにより公取の判断基準は以前よりも明確になっているが、海外企業との関係をどこまで考慮するのかなど、まだ公取の裁量に委ねられている点が多いのも事実である。公式やルールでスパッと割り切れるものではないだろうが、今後さらに改善するよう検討願いたい。
 ん、待てよ、あまりに判断基準が明確になると、もう公取は要らない、更には独禁法に強い弁護士も要らない、ということになりはしないか。とすれば、独禁法の運用をわざと解り難くしているのは、自己防衛のための彼らの作戦なのだろうか。