遙かなる透明という幻影の言語を尋ねて彷徨う。

現代詩および短詩系文学(短歌・俳句)を尋ねて。〔言葉〕まかせの〔脚〕まかせ!非日常の風に吹かれる旅の果てまで。

詩「クールダウン/すずしく生きよ」

2010-04-12 | 現代詩作品
クールダウン/すずしく生きよ




眼の底に吹き溜まる
糸くずのような
嫉視感をひっぱると
うっすらと地図のような一枚の記憶が
めくれる
(すずしく生きよ、…
空気に触れると
とたんに変色する合唱団公演のポスターに
世界の首は
傾いたままなすすべを知らない
不能犯の手のひらの上で
ふみにじられた微細な日々の盲点に
緑の風は吹き
険しい民のまなざしを
覆いかくす錯誤のまんまくに
緑の風は吹き
虚しさはむなしさのままに
朽ちかけた円錐筒になげかける花束もなく
視界にまとう分厚い皮膜のうちがわをひたしていた
水嵩が
ゆっくり
引いたあとには
無惨にも
観念の屍がるいるいとうかびあがる

時の波に洗われる水晶体の
書庫はさびしい残像の墓場に、風は吹き
白昼の野に漂う
まるで空腹にたおれた残骸に、風は吹き
吹きだまる糸くずが眼の底の図像を擦過して
(すずしく生きよ…
いきなり火を噴く弾痕のかけらが
眼の中のいのちに突き刺さり
さびしい眼差しの
記憶の方角まで狂わせる
草原の青い空から
もう手を振るな



あの頃は
風だった、みんな
風の人だったか
スクリーンのむこうの広大な草原に
思い思いの馬を走らせ
傷つくやすい命に
目覚めた
時には泥のような眠りをむさぼっては
きまぐれな風の自由にあこがれた
ブルーグラスのバンジョーにこころを躍らせたり
野放図で世間知らずの
いのちがけの戦いを夢にみながら、

あの頃は
シンジュクの「ナギサ」ダッタカ「モクバ」ダッタカ、
イツモイリビタッテイタ。
キミハホントウニカゼトナッテ、ボクラヲノコシテキエタケレド
ボクラノマブタノウラガワニヤキツイテキエルコトハナイ。
深い落胆の谷間にも
稚拙なコード進行の緑の風は吹いていたから

きみが残して行った一九六〇から六八までの
古い雑記帳には、
コルトレーンの『至上の愛』を中心としたジャズ・レコードの
感想及び論考と一緒に米国黒人史といっていい記録が書き込まれていた

……六○年食堂座り込み運動全米に波及。六一年アラバマ州を中心にフリーダム・
ライダーズ事件騒動。六二年ミシシッピー大学のメレジス入学事件。……
(省略)
六七年ニューヨークの暴動。デトロイト暴動。ワシントン暴動。全米ブラック・
パワー会議。六八年キング牧師暗殺。各地で黒人暴動。……

きみは世界の陰画の部分についていつも熱心に語ってくれたが
あの視線に見据えていたものは何だったのか
二十一世紀のいまも謎でしかない



あの頃は
風だった、たとえきみのように
光と水とわずかばかりの土があればと
草に命をやどしても
永遠に暗闇のスクリーンのむこうがわにはもどれないおれたち
いまさら拾い集める
流木もないが
さめたスープを火にかけて
笑い飛ばすがいい
今はここが一番性にあっているから
(クールダウン!
風は時どき
眼の色を換えて
なにも見えなかった、見なかったふりをする
あの頃のきみの
炎の眼差しは
いまもどこかでまぼろしの暴動をみつけているのか