遙かなる透明という幻影の言語を尋ねて彷徨う。

現代詩および短詩系文学(短歌・俳句)を尋ねて。〔言葉〕まかせの〔脚〕まかせ!非日常の風に吹かれる旅の果てまで。

現代詩「犀星のしぐれ」

2010-04-02 | 現代詩作品
犀星のしぐれ



しぐれは
金沢の冬の暮れを
活気づけて
老女のしわを伸ばす
近江市場で
ふとよびとめる
冬の蟹
蟹の紅のなまめかしさ

脈絡もなく
母恋い泣き虫犀星の詩が
しぐれに混じってふりかかる
出口の向こうで
じっとこっちをみている
蟹の目がある

ひとはころされるたびに
つよくなっていきかえると、
いったひとのことばの
そらぞらしさ

山椒魚のように
失われた躰の部分を
再生する力が
われわれの幹細胞にあることを
みつけた米国の研究者の話を
熱心に語る店主に
さめた紅茶をすすり
うなずいていた

店主は一編の詩を指し示した
「あはあはしい時雨であった/さっと降って/またたく間に晴れあがって行った/
坂みちを上がりながら/空はと見れば/しぐれは街のなかばに行って/片町あたりに
降っていた/そうかと思ふともう寺町の高臺あたり/明らかに第二の時雨が訪れ/
その音は屋根と屋根の上をつたうて/蒼い犀川の上を覆ふのであった」(室生犀星
「しぐれ」愛の詩集より全行)

しぐれと
みぞれでは
実感として、重さも冷たさもちがう
わたしは「しぐれ」より
「みぞれ」の方が
金沢に降る雨としてぴったりだと
ずっとそう思っていた
すべては水に還る!

それは哀しいことではない
生きとし生きるものの
美しい逸脱を信じるささやかな身振り
犀星のしぐれ
しぐれを再生する磁力の川をまたぎ
記念館の角を曲がると
暮れなずむ板塀に
忍冬の白さが溶けはじめる