犀星のしぐれ
しぐれは
金沢の冬の暮れを
活気づけて
老女のしわを伸ばす
近江市場で
ふとよびとめる
冬の蟹
蟹の紅のなまめかしさ
脈絡もなく
母恋い泣き虫犀星の詩が
しぐれに混じってふりかかる
出口の向こうで
じっとこっちをみている
蟹の目がある
ひとはころされるたびに
つよくなっていきかえると、
いったひとのことばの
そらぞらしさ
山椒魚のように
失われた躰の部分を
再生する力が
われわれの幹細胞にあることを
みつけた米国の研究者の話を
熱心に語る店主に
さめた紅茶をすすり
うなずいていた
店主は一編の詩を指し示した
「あはあはしい時雨であった/さっと降って/またたく間に晴れあがって行った/
坂みちを上がりながら/空はと見れば/しぐれは街のなかばに行って/片町あたりに
降っていた/そうかと思ふともう寺町の高臺あたり/明らかに第二の時雨が訪れ/
その音は屋根と屋根の上をつたうて/蒼い犀川の上を覆ふのであった」(室生犀星
「しぐれ」愛の詩集より全行)
しぐれと
みぞれでは
実感として、重さも冷たさもちがう
わたしは「しぐれ」より
「みぞれ」の方が
金沢に降る雨としてぴったりだと
ずっとそう思っていた
すべては水に還る!
それは哀しいことではない
生きとし生きるものの
美しい逸脱を信じるささやかな身振り
犀星のしぐれ
しぐれを再生する磁力の川をまたぎ
記念館の角を曲がると
暮れなずむ板塀に
忍冬の白さが溶けはじめる
しぐれは
金沢の冬の暮れを
活気づけて
老女のしわを伸ばす
近江市場で
ふとよびとめる
冬の蟹
蟹の紅のなまめかしさ
脈絡もなく
母恋い泣き虫犀星の詩が
しぐれに混じってふりかかる
出口の向こうで
じっとこっちをみている
蟹の目がある
ひとはころされるたびに
つよくなっていきかえると、
いったひとのことばの
そらぞらしさ
山椒魚のように
失われた躰の部分を
再生する力が
われわれの幹細胞にあることを
みつけた米国の研究者の話を
熱心に語る店主に
さめた紅茶をすすり
うなずいていた
店主は一編の詩を指し示した
「あはあはしい時雨であった/さっと降って/またたく間に晴れあがって行った/
坂みちを上がりながら/空はと見れば/しぐれは街のなかばに行って/片町あたりに
降っていた/そうかと思ふともう寺町の高臺あたり/明らかに第二の時雨が訪れ/
その音は屋根と屋根の上をつたうて/蒼い犀川の上を覆ふのであった」(室生犀星
「しぐれ」愛の詩集より全行)
しぐれと
みぞれでは
実感として、重さも冷たさもちがう
わたしは「しぐれ」より
「みぞれ」の方が
金沢に降る雨としてぴったりだと
ずっとそう思っていた
すべては水に還る!
それは哀しいことではない
生きとし生きるものの
美しい逸脱を信じるささやかな身振り
犀星のしぐれ
しぐれを再生する磁力の川をまたぎ
記念館の角を曲がると
暮れなずむ板塀に
忍冬の白さが溶けはじめる