江戸の妖怪、怪奇、怪談、奇談

江戸時代を中心とした、面白い話を、探して、紹介します。

片輪車   諸国里人談

2024-05-29 22:20:54 | 諸国里人談

片輪車   諸国里人談

          2024.5

近江の国の甲賀郡に、寛文のころ片輪車と言うものが、深夜に車の響く音が、行くことがある。どこから来て、どこに行くのかはわからない。
たまたま、これに会った人は、すぐに気絶して、前後を覚えなかった。故に、夜更けては、往来の人はいなかった。市町の門戸を閉じて静まっている。

この事をあざ笑えば、外より その者を罵りかさねて、「それなら崇りがあるぞ。」等との声が聞こえて来る。
人々は、怖じ恐れて、一向に声も立てなかった。

或る家の女房が、それを見たいと思い、かの音が聞こえる時、そっとの戸のすき間よりのぞき見た。ひく人もない車の片輪であったが、美女が一人乗っていた。この家の門の前に車を止めて、言った。
「我を見るよりも、お前の子を見よ。」
それで、驚き、部屋に戻って見れば、二歳ばかりの子が、どこへ行ったか、姿が見えなかった。嘆き悲しんだが、どうしようもなかった。

 次の夜、女房が、一首の歌を書いたのが、戸に張り付けてあった。
  罪科(つみとが)は 我にこそあれ 小車の やるかたわかぬ 子をばかくしそ
 
その夜、片輪車は、暗闇の中で、高らかにこの歌を詠んで、
「やさしい者だな。それなら子を帰してあげよう。
我は、人に見られては、ここにいることが出来ない。」
と言った。
その後、片輪車は、来なくなった。


諸国里人談巻之二 妖異部 より

 

 



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