江戸の妖怪、怪奇、怪談、奇談

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新説百物語巻之四 8、仁王三郎脇指の事

2023-05-08 21:14:49 | 新説百物語

新説百物語巻之四 8、仁王三郎脇指の事

                       2023.5
京の西洞院に小林良清と言う人がいた。

裕福な人であって、方々の御大名がたの御用等をうけ給わっていた。

常々江戸へ通っていたが、ある年、御出入りしている御大名に、このように言われた。
「いかに良清、男と生まるたからには、武士であれ、町人であれ、たしなむべきは刃物である。
お前が、いつも持っている脇ざしは、どんなものだ?」と御尋ねがあった。

良清が答えた。
「私風情の者の脇ざしですので、特別高級な刃物も持っておりません。
しかしながら、先祖代々相伝わっている一尺六寸の刀がございます。
ほそ身で、銘は仁王三郎と御座います。」と。

「それを見せよ」と言って、殿様が直(じか)に御らんになった。
成程、正真正銘の仁王三郎で、見事なものであった。

「これで、ためし切りした事があるか?」と質問された。
「いいえ、試したことは、ございません。」と答えた。

それでは、試させてあげようと、
「幸いに罪人がいる。刀をおいて行け。
その代わりに、帰り道には、この刀をもっていけ。」と言った。
殿様から、御脇指(わきざし)を拝領して、自分の脇ざしは、預けて、宿所に帰った。

良清は、宿へ帰って寝た。
夢に不動尊が、目の前に現れて、
「我は、汝が信心して常に懐中する所の一寸三分の目黒不動のうつしの金仏である。
お前が、脇指(わきざし)を試し斬りしよう、と預けた所の罪人は、たいして切るべき程の罪ではない。
そこの物を逢う下女が、小袖の綿に針を忘れたのを、主人が怒って、押しこめ置いたものである。
この女は、特に信心深いものであって、長年、我をうやまってきた。
願わくは、明日の朝早く行って命を救って来てほしいものだ。
これは、大いなる善根である。
その代わりに、お前に降りかかる災難をのがれさせてあげよう。
脇ざしは、試し斬りしてはいけない。
大事な名作である。
かならず、秘蔵せよ。」
と、言い終わろうとするかと覚えて、夢からさめた。

良清は、朝早く起きて、すぐに御出入りしている殿様の所へ参上した。
そして、夢のお告げなどを話し、さまざま御わびをして、その女をもらい帰った。

そして、その女を知っている者に、嫁にやった。

その年も過ぎて、明年五月の頃、又々江戸へ下った。

四五日してから、不動尊が夢枕に立って、
「去年は、思いもよらぬ善根をしたので、
お前に災いが来るのを教えよう。
明日の夕方、ここに火事がおこり、類焼が多く大火となろう。
その備えをしておきなさい。」
と、言われてから夢がさめた。

今日は、どうしても外出しなければならない日なので、近所の親しい人にも、夢のお告げを話して、道具などをかたづけさせ、自分もその用意をして、朝早くから出かけた。

夕方、御出入りのお屋敷で御咄しなどをしていたが、火事が起こった、との連絡がきた。
よくよく聞いてみると、宿所の近所との事であった。馬を拝借して、すぐに帰ったが、最早火事は終わっていて、宿の近所は、一軒も残らず焼けうせていた。
しかし、十分に準備していたので、良清の荷物はひとつも焼け失せなかった。
知人達は、怪我もしていなかった。

近所の者も、夢のお告げを信用しなかった者は、家財を失って損をした、とのことであった。

仁王三郎の脇ざしと金仏の不動尊は、今に至っても、その家では持ち伝えている。

この話を伝えた人は、まさしくその脇差しを手に取った見た、とのことである



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