江戸の妖怪、怪奇、怪談、奇談

江戸時代を中心とした、面白い話を、探して、紹介します。

天狗の隻手(セキシュ:かたて)を切る 「土佐風俗と伝説」天狗怪禽

2024-06-23 21:57:20 | 天狗

天狗の隻手(セキシュ:かたて)を切る 「土佐風俗と伝説」天狗怪禽

                     2024.6

今は昔、宝永(1704~1711年)の頃、香美郡(かみぐん)片地村(高知県香美市の南東部)に、町田平左衛門と言う人がいた。
農業の傍、狩猟を業とし、どんな事にも物おじせず、大胆不敵の男であった。

ある年の暮、十二月二十六日、高知城下に用あったので、出かけて用事が終わった後、妻の里なる種崎浦に行こうとした。
日が暮れた後に出て行こうとしたが、知り合いの人たちが、道が物淋しいいので、引き留めた。しかし、聞かないで、只一人で宇都山坂に行きかかった。
この頃の宇都野山(高知市南部にある)は、古来から手つかずの深林であって、四面鬱蒼(うっそう)としていた。特に夜間の事であったので、よく物が見えず、非常に物凄い様子であったので、平左衛門も薄気味悪く感じた。

早めに南に降りて行こうと、少し坂を下りかけたが、たちまち、何者か力あるものに襟元をつかまれ、空中につりあげられた。
日頃から大胆な平左衛門は、少しも騒がず、これは世に言う天狗であろうと思って、下界を見れば、白い海が見えた。「是は、内海であろう。ここで落とされてはかなわない。」と思った。そうこうしている内に、下には、陸地が、黒く見えてきた。これならば大丈夫と、急いで腰にあった刀を抜いて、後なぐりに切り払った。
彼の腕はさえて、刀は家伝の兼光の名刀であったが、彼をつかんでいた怪物の片腕を見事に切った。
平左衛門と共に浜に墜落したが、幸いに身に何等の負傷などはなかった。

平左衛門は、それから悠々と歩いて、周囲の景色を眺めると、確かに仁井浜の近辺とわかった。
それより目指す方向に歩み、種崎に出て舅の住家を尋ねた。舅夫婦も喜んで迎えた。平左衛門は昨夜に遭遇した事の話をし、その天狗とやらの切った隻手(片手)を懐中におさめた。
すると、天地震動の音がして大風が吹き起り、何やら門戸を蹴破(けやぶ)り地響(じひびき)して駈け入った来た曲者がいた。
老夫婦は恐怖し、はい伏していたが、平左衛門は平然としていた。
「卑怯なる天狗め、長居したら只一打」と膝を突き立て向き直った。
すると、天狗は低頭平身して平謝りに謝り、
「豪勇無双の貴殿と知らず、無礼を加えし段、申し訳
ございません。何卒(なにとぞ)憐憫(れんびん)にあづかり、片手をお返しください。
早く治療しないと、腕をつなぐことが出来なくて、不具の身となってしまいます。」
と泣くように訴えた。それで、平左衛門も今後を戒め、その懐中の片手(隻手)を返してやれと、天狗は喜びたちまち姿を消したそうである。

平左衛門は、二三日してから帰途につき、再び宇都野山上に来て、又何か天狗の仕返しがあるかと待ちかまえていたが、何のこともなく高知に着いたそうである。

世に大胆の人もいるものだな、と人々は噂したそうである。

 



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