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江戸の妖怪、怪奇、怪談、奇談

江戸時代を中心とした、面白い話を、探して、紹介します。

河猿=河童  近世文芸叢書 「三河雀」

2025-04-11 00:13:54 | 怪談

河猿=河童  近世文芸叢書 「三河雀」

             2025.4

遠州(静岡県)榛原郡に、河猿と言う、不思議のけだもがいる。この猿は、河のほとりへ出でくる。
馬がこの河猿に出会うと、たちまちに倒れて死ぬ。
どこの河筋でも出あえば、馬は悉(ことごと)く死ぬ。
そうであるとすると、この河猿は、馬にとっては、疫病神であろう。

「近世文芸叢書」にある 「三河雀」 広文庫 より

 


淵猿(ふちざる)=河童   続武将感状記

2025-04-11 00:10:37 | カッパ

淵猿(ふちざる)=河童   続武将感状記

                   2025.4


表題は、「淵猿」であるが、河童の事を淵猿と呼ぶ事もある。
河童の顔が猿に似ているとの説もあるので、水中にいる(淵)にいる猿という名が起こったのであろう。


天文三年、勢州(伊勢:三重県)吉田の釜ケ淵に化生(けしょう)の物があった。近辺の男女児童をつかんで淵に引き入れた。
民間は恐れて、往来が絶えた。

大江元就(おおえもとなり:毛利元就1497~1571)は、この事を聞いて、「早く退治するように」と下知した。
大蛇か鬼類かと、衆議は遅々として進む者はなかった。
荒源三郎元重(あら げんざぶろう もとしげ)は、
「大蛇鬼類であっても、我が壮勇を以ってすれば、退治するのは容易(たやす)いことだ。」
と言った。
彼は、身長が七尺、力は七十人力と称される大男であた。

彼は、太刀をとって釜ケ淵に往き、裸になり、下帯に太刀をさし、水ぎわに立って、
「この化生(けしょう:バケモノめ)。たしかに聞け。
 人民を悩ますその咎(とが)によって、お前を殺害する為に、荒源三郎元重、主命を承って来た。
出て来て勝負せよ。」と大声で呼びかけた。
すると、淵の底が鳴りひびき、逆浪が立って、水は岸に溢れて来た。元重の両足を、水中よりヒシトつかんで、水中に引き込もうとするものがあった。源三郎はその両手をとって引き合ったが、山の如くにして動かなかった。
その顔をよく見れば、淵猿であった。頭のくぼんでいる所に水があれば力があり。水がなければ力が出ないとかねねて聞いていた。それで、頭をつかもうとすると、滑らかで、つかみにくかったが、何とかして頭をつかんだ。逆しまにふり廻し、頭上の水がこぼれて、カが弱ったのを、捕まえて提げて岸にあがり、縛つて
城中に帰った。
元就は、その勇猛を賞して加増五十貫、及び、「来国行」の太刀を下賜した。
元重は、「吾れは、数次の戦で多くの敵を討ち取ったが、恩賞は少なかった。しかし、特に不満は無かった。
今、この淵猿を生け捕ったとして過分の恩賞を頂くのは、却って不快である。」と打ち笑って、太刀を置いて退出した。
元重のような者にとっては、その功にたいしては、大したことではないと思っているようだ。

続武将感状記  広文庫より