狼に殺されし山伏父子三人の霊 「土佐風俗と伝説」 幽霊と物の怪(もののけ)3
2025.4
今は昔。
香美郡(かすみぐん)槇山(まきやま)郷の庄谷合(しゃたにあい)と言う村に、熊が瀬の森と言って一里以上の高い山があった。
ある時、どこの者ともわからないが、夫婦連れの山伏がこの深山を通り越した。その時、妻は妊娠していて臨月であって、産気を催おし子を産んだ。
水を欲しがったので、夫は谷間に下りて法螺貝に水をいれて、妻子のもとへ返って来たが、驚いたことにに妻は、今生まれた赤子と共に、群がる狼に喰い殺され、ただ骨が残っているだけであった。
山伏は悲憤の余り、狂ったように大刀を引き抜き、狼の群に斬り入ったが、多勢に無勢で、どうししようもなく、これ又無惨にも狼の餌食となってしまった。
その持っていた剣が下方の谷に残っていたのを、里人が知らずに取って、所持していた。
そして、山伏の祟りを受け、色々と怪しい事がおこった。
それで、今は、在所の明神として、その剣を神体とし祭っている。
又、山伏の所持していた数珠や袈裟などが散乱していた所は、数珠(じゅず)が谷、袈裟(けさ)が谷の地名となっている。
又、山伏の親子三人の遺恨の魂塊は、こり固まり野牛となって、さまよっている。
今なおこの深山中で数十匹の野牛が集まって、その声は、山河を震動することがある、と申し伝えられている。
以上
「土佐風俗と伝説」 幽霊と物の怪(もののけ) より