江戸の妖怪、怪奇、怪談、奇談

江戸時代を中心とした、面白い話を、探して、紹介します。

『浪華奇談』怪異之部 8.瑞夢      予知夢

2024-04-06 22:52:34 | 奇談

『浪華奇談』怪異之部 8.瑞夢  
     予知夢

                                          2024.4

文化年中のことである。
私は、ある夜の夢に、お勝手にて酒を飲んでいたが、ふと表の方から、前触れもなくて京屋吉右衛門と言う書林(本屋)が来た。
私は、すぐに酒を酌み、又魚肉をすすめたが、その時に吉右衛門がこう言った。
「わたくしは、今日は、精進日でございます。なんであれ、野菜の類を下さい。」と言った。

すぐに、座にあった器を見るに、ことごとく魚肉であって、野菜は全くなかった。
向こうの板の間を見ると、少しの野菜があった。
それで、す早くきざんで、醤油をかけ、「これでは、」と言って、出すと思えば、夢から覚めた。

そうであるが、翌日いづみや孫兵衛という書肆から、
「今晩は、新宅に移っての書画交易会を催おしますので、御い出下さい。」
との申しいれがあった。

それで、その晩、その家に至ったが、思いの外、奇麗な家であった。
二階の座敷へ招待された。
そして程なく宴が始まった。その料理は、甚だ美をつくし珍しい料理が並んだ。そうこうするうちに、人々が多く来た。
私は、ひそかに思ったのだが、昨夜の夢に似ている形であるな、と。
見ている所に、ある人が吉右衛門にさかなを進めたが、
その人が言うには、
「私等は、今日は精進日でございますので、青物の類を下さい。」と言った。
私は、いよいよ前夜の夢と同じだなと、脇目もふらず見守っていた。
肴をすすめる人は、出されていた料理をあちことと探したが、野菜のたぐいは、一切なかった
仕方なくて、二階より一階に下りて、台所にて、ようやく煮菜を盛った鉢を取って来て、「これでは」と言って、与えた。

誠にふしぎの次第であった。
正夢もある事と覚えた。