「低地歩きは植物ばかりでつまんないし、ちっともきれいと思わない」という声をしばしば耳にする。ねむりねこ
の周囲でこういうことを言う人たちは、ダイナミックな山岳風景を拝める尾根歩きやピーク・ハンティングを好み「山岳風景に出合えないなら歩く価値なし」と言い切る人も決して珍しくない。
に言わせると、そんなの比べることが自体が、所詮、ヤボな話である。だって、それってまるで「ステーキと刺身、どっちが美味しい」って比べてるみたいじゃない
尾根や頂上に立った時の達成感と、「世界の頂点」に立ったような爽快感は何にも代えられないし、連なる山々が織りなす自然の造形美はダイナミックで、考えただけで胸が高鳴る…… ひるがえって低地歩きの魅力は、命あふれる大自然との心休まるふれあいがあり、ヒトもその一部であることを認識させられて、しみじみした心地になる、なんて思うから。
人の好みはさまざまだけど、スピリチュアルな低地歩きの魅力をまったく理解できない、先述の人々ってちょっと気の毒かも
のっけから辛口でまわりくどくなったけど、今回はその低地歩きを堪能したことを言いたかった。ところは、クイーンズタウンから車で1時間半ほど離れた、湖の対岸にあるグリーンストーン渓谷。
今回歩いたのは、全長50kmの周回トレッキングコース、グリーンストーン・ケイプルズ・トラックのほんの一部分(12km)である。夏の間は、そこで夫・猫かぶりが住み込みで山小屋の番人をしているので、3日間の休みを利用してトレッキングを楽しんできた。
見どころは、三種類のブナからなる新緑鮮やかな森と、グリーンストーン川のほとばしる清流、そして鳥たち。人の手が加えられていない健全なブナの森では、木の一生(幼木、成木、そして命を全うした倒木の姿)をいたるところで目にする。
下の写真で一番大きな葉っぱがアカブナ、小さくてギザギザがあるのがギンブナ、そして小さくてすべっとしたのがヤマブナ(写真をクリックすると拡大)。アカブナは湿った土壌、ギンブナは低地、ヤマブナは養分の乏しい山岳土壌をそれぞれ好むという特性があるので、このように三種を同じ写真に収められるのはわりと珍しい
森が健やかだと、鳥も元気が良い。鳥の生息数は前年よりも増加していることが確認されている。言い換えれば、森の生態系が本来あるべき姿を取り戻しているのだ。1080などを用いた大掛かりな害獣駆除が功を奏している何よりの証拠。関連スタッフの粘り強い努力に脱帽、健闘を称えたい
写真を撮るのをことごとく失敗してしまったのだけど、ざっと数えて200羽近くと思しきフィンチ(ヒワ・アトリ類)の大群が、エサを求めてにぎやかにさえずりながら、登山道を右へ、左へ、と大移動する姿は圧巻だった
鳥の大群が、一斉に地面から羽ばたくときに「ドワッ」という物凄い音がするって、知ってましたか
フィンチの群れが、ねむりねこの行く手に移動を続けてるのを、「ひえっ」「うわぁ~」などと言いながら追っかけは眺め、しばし完全に我を忘れてしまった
フィンチに加えて、鮮やかな緑色の体に黄色いオデコが可愛いカカリキ(別称イエロー・クラウンド・パラキート、日本語名キガシラインコ)も10羽近く確認した。運よく、何とか写真を撮れた
登山道は良く整備されている(猫かぶり、お疲れさま……)。
倒木が道を塞いでいたと思われる箇所が見受けられ、
川にはしっかりとした吊り橋がかかっている。
そして、このつり橋から川を見下ろすと、川底の石の一つ一つが数えられるほど、澄みきった清流も緑の森からの贈り物。ほとばしる川の流れと滝。
トルコ石色の淵。目測で水深3m近くあるかな。
大きなブラウン・トラウトの魚影が現れ、瞬く間に波間へと消えていった。そう、ここは釣り師には大人気の釣り場でもある。あまりの人気ゆえ、盛夏に当たる2月と3月は漁業権が予約制になっており、来年の予約はすでにいっぱいらしいとのこと。
グリーンストーン小屋からマヴォラ渓谷へと抜ける別のトレッキングコース、マヴォラ・ウォーク・ウェイも少し歩いてみた。グリーンストーン小屋から下って最初の小屋、タイポ小屋の手前に名もない鞍部があり、そこから眺める渓谷の風景が青空に映えて美しかった。
ここまでの登山道は、大した起伏はないものの、ブナの幼木の茂みを藪こぎしたり、倒木やぬかるみを避けて大きく迂回したり等、結構ワイルドで思ったより体力を消耗したので、この風景には心身ともに癒された
山小屋生活で猫かぶりは料理の腕を格段に上げ、ガスコンロに乗せたダッチオーブンを使って、マフィンやパンを焼いてくれた。温度表示などないから、焼き加減は経験とカンが頼り。
目にも爽やかな若緑の森の新鮮な空気をたくさん吸って、鳥たちの姿に小躍りし、ほとばしる清流に手を浸し、山々や渓谷の風景に心を奪われ、あっという間に過ぎ去ったグリーンストーンでの3日間は、慌ただしい日常から離れ、またとない気分転換になった。今度はもっと上流の方を歩きたいな……