もう3週間ほど前になるが、仕事の一環で、山岳安全協議会(Mountain Safety Council,
http://www.mountainsafety.org.nz/)主催による、「川の安全講座」を受講することになった。
日本同様、山がちの地形のこの地でトランピングをする際、その規模の大なり小なり徒渉が必要になるトラックは少なくない。正確な知識や経験なくしてこれを敢行しようとすれば、当然のことながら、時には自らを大きな危険に晒すことになる。だから、バックカントリー(山奥)で作業や調査などをする機会のあるレンジャーには、習得必須の技術なのである。この日は、クイーンズタウンにあるワカティプ支部のレンジャーと、グレノーキーのフィールドセンターのレンジャー、合わせて20名近くが参加してグレノーキーで行われた。
講座を指導するのは、ワナカ支部のレンジャーで山岳安全協議会のメンバーである二人。二人とも経験豊富なトランパーなのだが、そんな彼らでもまだ経験が浅かった頃に徒渉中に川に流され、あわや溺れそうになった、という経験談を披露。実感がこもっていて、川の恐ろしさを改めて認識させられた。
1時間ほどの座学の後、何台かの車に分かれて乗り、実地訓練のためリーズ川に向かった。一人で渡る場合、複数で渡る場合、それぞれ教官の監督の下で何度も繰り返される。私は、参加者の中でもダントツの「チビッコ(小柄で体重も軽い)」なので、少々の急流や深みでも動きが取れなくなっててんてこまい。
「体重が軽い人は流される危険が大きいから、君が渡る時は、私は下流で構えてるからね」
ウェットスーツに身を固めた教官が声をかけてくれる。
「助かります、有り難う。頑張りまぁす!」
焦りそうになる心を抑えつつ、流れに逆らわず摺り足でゆっくりと、杖でしっかりと体を支持しながら歩行。何とか対岸へこぎ着くと、教官が"Well done!"と励ましたくれた。とても嬉しい!
複数で渡る時は、それまで個人で渡っていた膝上から腿ぐらいの深さの場所から歩き始め、さらに深い、私だとヘソ上(!)になる箇所を渡って対岸に行かなくてはならない。お互いのザックと背中の間に腕を入れ、反対側のザックのストラップを握り、徒渉スタート。深い場所に近づくと、それまでしっかりと靴底が川底を踏みしめていた感覚が、段々とつま先立ちになり、最後は完全に足が離れて宙づりに!! 同じグループの他の仲間も流れに足を取られている模様で、一瞬、隊列が川下に流される。
「キャー!私、浮いてるぅー!」
思わず叫ぶと、私達のグループを見守る仲間らが笑いながら
「いいぞ、行け-っ!!」
とヤジを飛ばす有様。ほとんど、小学生の遠足のノリである。
教官二人がすぐ近くで待機しているとは言え、なかなかにオソロシイ体験で、初回の徒渉後は膝がガクガクした。二回、三回と繰り返すごとに慣れてきたが、安全だと頭で分っていても、あの足が着かない感覚はちょっとぞくっとする。
その後、隊列を組んで徒渉中、川の流れの中で方向変換をするテクニックを実習した。キャタピラ(Caterpillar=イモムシ)と名付けられたその技術は、ごくごく最近発案されたもので、日本では何という名前で呼ばれているのか興味のあるところだ。言葉で説明するのは難しいのだが、一番川下の者を支点にして、一番川上の者から順に、体をすり寄せるようにして川下に移動するというもの。初めはあまり深くないところで何度か練習してコツをつかみ、ついには例の川の一番深いところでさせられたのだった!私は完全に足が着かないので、例によってキャーキャー叫びながら、両脇にいる二人のザックのストラップにしがみついているのが精一杯だった。
時には転びそうになりながら、数え切れないほど何度も川を渡り、講座の全課程を無事終了。徹底した実地訓練が功を奏して、徒渉にずいぶん自信がついたし、「チビッコ・ねむりねこ」が渡る場合の限界もよぉく分った。
びしょ濡れになった衣類を着替えていると、靴下がなかなか脱げない。変だなぁ。濡れた靴下がピッタリと足に張り付いているだけではなく、触ってみると、足が白く冷たくなっている…… つまり、足の感覚が麻痺して言うことを聞かなくなってるのだ。川を渡っている時は無我夢中で、その冷たさに足の感覚がなくなったことにも気がつかなかったとは! またまたビックリのねむりねこであった。
それから、数日後にめでたく終了証をもらった。