<キャンプ場内を流れる、カスケード・クリーク。河原で満開の美しいルピナスは、ニュージーランドでは本来の生態系を破壊する害草>
カスケード・クリーク・キャンプ場では心休まる一夜を過ごした。ブナの林の、フカフカの落ち葉の絨毯の上にテントを張り、キャンプ場を流れるカスケード・クリーク(小川)のせせらぎがBGM。夕食はクスクスのカルボナーラソースがけを食べた。クスクスは北アフリカのあたりが発祥の、小麦でできた乾燥食品で、ニュージーランドのスーパーマーケットで簡単に手に入る(詳しくは
こちら)。調理法はいたって簡単。沸騰したお湯に、油少々とコンソメを溶かし、その中にクスクスを入れたら火を止め、2~3分蒸らせばでき上がりなので、キャンプやトランピングの必需品である。
夜通し時折ぱらついていた小雨が朝には完全に止み、予報通りこの後晴れそうな気配なので、予定を決行することにした。今日のコースは、地元の山好きが「ウィスキー・トレイル(Whisky Trail)」と呼んでいる尾根歩きのルートを辿り、稜線の最高峰「1543」(標高がそのまま名前になっている)に登頂し、マッケラー湖(Lake Mackellar)側に下りる、というもの。トラックが途中までしか付いていないので、トランピングの専門書
モイヤーズ・ガイド・サウス("Moirs Guide South")の記述を参考に、5万分の1地形図(NZTopo50-CB09, Hollyford)を見て安全なルートを割り出す必要がある。経験者向けのルートで、地図を読んだり、ルート・ファインディング(route finding)ができない人にはお勧めできない。
<周辺の地形図。クリックすると拡大。訪れた場所は赤で、泊まった場所は黄色で表示>
スタートは、ニュージーランドを代表するトレッキングコースの一つ、
ルートバーン・トラック(Routeburn Track)の始点になっているザ・ディバイド(The Divide, 532m)。ルートバーン・トラックを30分ほど歩いて、キー・サミット(Key Summit, 918m)への脇道へ入る。このトラックは、道幅が広く、手入れが大変よく行き届いており、標識もいたるところにあるので、山好き達は冗談で「ルートバーン・ハイウェイ」と呼ぶほど。これならニュージーランドに来て初めてトランピングを経験する人でも安心して歩ける。
歩いているうちに、曇り空がみるみる晴れ、夏の日差しが顔を出したと思ったら、あっという間に暑くなったので、フリースのジャケットを脱いでザックにしまう。
キー・サミットの頂上からは、ホリフォード谷(Hollyford Valley)にちょこんと佇むマリアン湖、白い雪を抱くクリスティーナ山(Mt Christina, 2474m)、
<クリックして拡大>
ガン湖(Lake Gunn)、
ハウデン湖(Lake Howden)、ジーン・バッタン峰(Jean Batten Peak, 1971m)などを一望する、この辺の日帰りウォークでも一、二位を争う絶景に出会える
。この絶景は、クイーンズタウン周辺でいうなら、
ベン・ロモンド(Ben Lomond, 1748m)頂上への日帰りウォークに匹敵する。
頂上付近を一周する木道を歩くと、貴重な高山植物の数々を間近で眺めることができ、展望の開けた所にはベンチがあり、休憩や昼食には最適の場所だ。
<高山植物の一種、マウンテン・デイジー>
頂上のベンチで、少し早目の昼食を取った後、稜線上に伸びる古いトラックを辿り始める。ところどころ、大雨の跡と思しき泥んこ地帯を迂回したり、マヌカなどの生い茂る藪をブッシュ・バッシングするのだけど、トラックの状態はおおむね良好。いつ頃から使われなくなったのだろうか。
ここからはしばらく平坦な尾根歩き。山々の織り成すダイナミックな景観を両側に眺めながらの素晴らしいウォーク。いつもは下から眺め上げている山々や峰々がドーンと間近に迫り、「このままずっと歩き続けることができたら……」と思ってしまう。稜線歩きの醍醐味である。
古いトラックの終点にはちょっとした展望所になっており、足下には昨晩その近くでキャンプしたガン湖(Lake Gunn)、ファーガス湖(Lake Fergus)を望む。
濃い緑の森に包まれた湖の美しいこと。見える山も変わってきて、遠くには登山家に人気のエミリー峠(Emily Pass, 1607m)、稜線の反対側の下方には
グリーンストーン・ケイプルズ・トラック(Greenstone/Caples Track)の最高標高地点、マッケラー峠(Mackellar Saddle, 947m)などが風景に加わる。
<ジーン・バッタン峰とその下にマッケラー峠>
この辺は高緯度(南緯45度)のため森林限界が1000mぐらい、麓から少し登るだけで高山地帯の風景に出会える、ラッキーなロケーションなのだ。1543まで道のりはまだ長いけど、これだけの絶景を眺められただけでも満足に値する
。
キーサミットで休憩中に見かけた、三人組が後から追ってきていたのに気が付いた(クリックして拡大。岩の上にちっちゃく映る人影がそう)。
あまり遅くならないうちに、この先を行くには泊まり掛けの装備が必要だと言おうと思っていたら、そのうち一人は足が速く、途中で追いついてきた。
「このコース、何て名前? 日帰りウォークの地図には載ってないんだけど」
「地元の人の間でウィスキー・トレイルって呼ばれてる稜線歩きだよ」
「そうなんだ。それにしても、素晴らしい景色の稜線だよね!! あなた方はどこまで行くの?」
「この先、最高地点の1543に登って、グリーンストーン谷に下りてマッケラー小屋に泊まるんだ」
「そうなんだ。僕たちは何にも持ってきてないから、どこかで引き返すしかないけど、いやぁ、全然知らなかったよ、こんないいコースがあるなんて。ありがとう」
このアメリカ人の三人組はご両親と20代後半(らしい)の息子さん。その後トラックがなくなってからも、丘陵地帯を歩く小気味良い足取りから、経験者ということがうかがえる。キーサミットで休憩していた時に、ねむりねこ達が他の人たちとウィスキー・トレイルのことを話しているのを小耳にはさんたのだろう。興味本位でちょっとついて行ったら、見事な景観が続くものだから、引き返すに引き返せず、時間の許す限り行ってみよう、ということになったらしい。
トラックが姿を消してからは、草むらや地衣類の広がる、緩やかな稜線を延々と歩き続ける。地形図ではわからなかったが、実際歩いてみると小さなアップダウンがたくさんあるから、起伏が緩やかで楽に歩けるところを見定めながら歩く。目標は1543登頂なので、時間と体力を温存するために、途中にある丘の頂上にはあえて登らず、楽に抜けられるルートをトラバースする。ぬかるみや草地に足を取られながら何もないところを歩いていると、人があまり足を踏み入れない、本当のバックカントリーに来たことを実感。山並みを眺めながら、歩く、歩く
……
<ジーン・バッタン峰と、尾根にある名もない池糖>
高曇りのお蔭で日差しがきつくなく、谷あいの風が時々吹き抜けるという、稜線歩きには絶好のコンディションだけど、何時間も歩いていると、それなりに体がしんどくなってくる。越えても、越えても、「モグラ叩きゲーム」のように次々と新しい丘が前方に姿を現し、果たして無事完歩できるのか不安になってくるねむりねこ
。
一方で、「おれもキツイし、けっこう疲れたよ」と口では言うものの、依然として涼しい表情の猫かぶり。ここ数年、夏の間は山で過ごす仕事をしており、一昨年、地元のオフロードマラソン2種類に参加し、トレーニングなんて全くしなかったのに、平均を少し上回るタイムで走破した
経験のある彼は、持久力におそろしく長けているのだ。
「せっかくだから、これを機会に、トレーニングを積んでタイムを縮めれば」
と勧めたのだが、
「そんなツライことしたって、せいぜい10分か15分しか変わらないだろうから、やらない方がましだよ」
と言って利かない。
も一緒にトレーニングに付き合う、といえば気が変わるのかもしれないが、瞬発力・敏捷性を要する運動が得意で、持久力系はダメという猫型人間には口にできないセリフである。
話が横道にそれてしまった。1543の手前の丘越えは中でも一番険しく、最後の部分は急坂を上るか、それを避けてガレ場をトラバースするかのどちらかを行くのだが、結局、多少足元は悪くても傾斜の緩いガレ場を選んだ。ガレ場を抜けて丘の反対側に出たところで少し休憩。さあ、目標の頂上までもう一息だ……
<草地の丘の上に顔を出した、岩らだけの山が1543>