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エコ・ニュージーランド Eco New Zealand

ニュージーランド発。エコライフ、環境保護、山、森、動物、アウトドア、山歩き、猫についてのブログ。

ねむりねこよりみなさんへ

エコ・ニュージーランドへようこそ!! その時の気分で、過去の旅行の話になったり、庭、環境保全、トレッキング等々、話が飛んでいます。ジャンル別にお読みになりたい方は、左のカテゴリーからどうぞ!! また、本文中のトレッキング(トランピング)関連の用語の説明は、同じくカテゴリー欄から「ニュージーランドのトランピング用語集」をご参照ください (^o^)

日本とニュージーランドの食べもの事情…… どっちがいい?

2013年11月04日 | 思ったこと
 約3週間の帰国から戻ってきた。楽しいこと、ビックリしたこと…… ぜ~んぶひっくるめて、とても思い出深い帰省だった。

 今回の滞在でビックリNo.1は、何と言っても台風

 10月に入ってのあの異常な暑さは、百歩譲ってまぁいいとしても(ちっとも良かないが)なぜ台風がこの時期に。それも3つも 
 日本を離れて16年の「今浦島」ねむりねこが、帰るたびにあっと驚く事態に出くわすのはちっとも珍しくないけど、10月に台風とは…… キツネかタヌキに化かされたみたいだ。 


 さてさて、日本に帰省する楽しみはたくさんあるけど、その中でも上位に入るのは食べ物である。というワケで、今回は食べ物のお話を


 日本で食する楽しみのダントツ一位、海の幸

 ニュージーランド、それも周囲に海のないクイーンズタウンに暮らしていると、慢性的な「新鮮な魚介類飢餓状態」に苦しむ羽目になる。

 その理由は、ニュージーランドの人口の過半数近くを海産物に親しみのないイギリス系移民が占めるからだ。あわびやウニが近海にウヨウヨいるのに、スーパーではまずお目にかかることはない。

 ウニなんて食べ物とは見なされていないし、あわびはニュージーランドの食卓を飛び越えて、高値で買ってくれる日本に行ってしまう……何と言う不遇 

 こちらで売っているといえば淡白な白身魚が大半、しかも鮮度は日本と比べるとイマイチ。おまけに脂の乗った「背の青い魚」は鮮魚コーナーでは売っていない。「魚臭い」青魚は不人気なのだ。

 だから、夫・猫かぶりの郷里の金沢に帰るたびに、待ってましたとばかりに新鮮な海の幸に舌鼓を打つ…… 

 庶民の台所・近江町市場は言うまでもなく、回転寿司でさえも驚くほど新鮮なネタを扱っている。彼の実家でご馳走になったブリの刺身の、あまりのおいしさに卒倒しかけたが、これも近所のスーパーから買ってきたものだというし、義弟からは「(さらに脂の乗る)真冬に食べたらこんなもんじゃありませんよ」とダメ押しを食らった。

 今回は機会あって京都府の舞鶴に趣いたが、ここでも新鮮な魚介のおいしさにど肝を抜かれた あっぱれ、日本海の海の幸

 日本人の主食、米 歯ごたえ、香り、甘み……炊きたてだったらおかずがなくても何杯でも食べられるし、冷めてもオイシイのがすごい ニュージーランドの農家は米を作っておらず、短粒米・中粒米はオーストラリア産とカリフォルニア産のものが中心。味はそんなに悪くないし、食べ慣れてしまえば別に大丈夫なんだけど、日本に帰って食べる銀シャリには幸せを感じる

 豆腐、がんもどきなど大豆製品も絶対に外せない。こちらでも中国人の作っている豆腐は売っていて、決して悪くはないんだけど、日本の豆腐のあの食感・香りの良さといったら…… がんもどきの煮物なんて、日本ではごく当たり前に食されているだけに、こちらで食べられないと恋しさが募る。

 うどん、ソバ、ラーメンなど麺類 麺の食感、スープの風味、すべてにこだわりを極めていて食べる芸術品だ…… インスタントも含めて、日本製はどうしてこうも美味しいのか ニュージーランドで作られているインスタント・ラーメンの、少なくとも数百年は先を行っている。

 ジャンクフード系では、種類と風味の豊富なスナック菓子も捨てがたい。あの軽い歯触りと風味が、ただ者ではないのだ。

 甘いもの好きなら和菓子に目が行くんだろうけど、幸か不幸かは甘いものがニガテなので「和菓子飢餓状態」には陥らずに済んでいる。


 一方で、ニュージーランドの食べ物に慣れると、日本の食べ物にギョッとすることがある


 まずは牛乳などの乳製品だ。

 ニュージーランドの乳牛は広大な牧場で昼夜放牧され、餌は牧草のみ、搾乳量を人工的に増やすための薬品類は与えられていない。このため、牛乳にはカロチンが多く含まれているから日本のに比べるとほんのりとクリーム色がかっており、その味はクセがなくてコクがある。ニュージーランドの牛乳に慣れると、日本の牛乳の色白さにちょっとビックリし、穀物で育った牛ならではのニオイが少々鼻につき、何とも言えない後味が残る。

 生乳が原材料のバターは、カロチンたっぷりで美しい黄金色をしたニュージーランド産と比べると、日本のものは白っちゃけていて、マーガリンを食べているのかと錯覚するほど香りに乏しくてガッカリする。

 また、日本にはホイップという、脱脂粉乳と植物性脂肪で作った「人工生クリーム」が売られており、本物の生クリームはホイップの3倍近く高い。おまけに美白化粧品を使ったかのように真っ白だ。これはショックだ ニュージーランドには「ホイップ」なんてないし、生クリームはもっと安くて、ちゃんとクリーム色をしている。もちろん、とってもおいしい。

 日本のアイスクリームは、ホイップ同様に脱脂粉乳と植物性脂肪を使い、クリーミーな食感はゼラチンで補っている。ニュージーランドのアイスクリームは新鮮な牛乳を使っているので、「これでどうだ」ってくらいに風味が豊かでクリーミー。ちなみに、ニュージーランドはアイスクリーム消費量が国民平均で世界一を誇る。それほどにオイシイのだ。

 次は意外なところで。日本では、ビタミンなどを豊富に食べさせた雌鶏が産んだ卵が人気らしいけど、はちょっとゾッとした。だって、それってサプリ漬けになってる雌鶏の卵、ってコトでしょ 

 おいしくて健康にいい卵とは、地面を元気に走り回って草や虫を食べて育った雌鶏が産んだ卵じゃないかと思う。ニュージーランドで人気の卵はフリー・レンジ (Free Range) 。フリー・レンジとは、自然の状態で飼育された家畜・家禽や、その家禽の産んだ卵のことで、売り場ではしっかり区別されている。値段が少し高いけど、味が濃厚で健康にも良いのは言うまでもない。日本でもフリー・レンジ卵を探したが、ついぞお目にかかれなかった。

 そして霜降りの牛肉。牧草だけで育ち、濃厚な赤身のニュージーランド牛肉を食べ慣れたら、脂肪まみれの霜降り牛は見た目にも、味も苦手になってしまった 最近のことだけど、ニュージーランドでもワギュー(和牛)ビーフ (Wagyu Beef) というブランド名で霜降り牛肉(餌は穀物)の生産を始めた。ワギューは超高級食材だけど、現地の食通の間では「バター風味の柔らかくてジューシーな牛肉」と人気を集めつつある。ニュージーランド人の味覚も変わりつつあるのね……

 さらに意外性を突いてもちもちっとしたパン  小麦などが材料のパンとは本来ボソッとした食感の食べ物なのに、米が主食の日本人はパンにまで米っぽい食感を求めるあまりに、こういうものを作り出した。しかも、白パンが中心で。
 白いもちもちパンも悪くはないけど、には何かちょっとピンと来ない…… 

 日本では、栄養を補い独特の食感を楽しむために、白米に雑穀を混ぜて炊くように、ニュージーランドでは雑穀入りのパンや、全粒小麦粉を使ったパンも普通に売られている。また、イーストを使わずに天然酵母で作った、ずっしりと重みのある欧州風のサワードウ・ブレッドもちらほら見かける。

 カリカリ、サクッと焼けた全粒小麦粉の香ばしいトーストに、風味豊かな黄金色のバターを惜しまずにたっぷり塗って食べる、という贅沢はニュージーランドならではなのだ


 ニュージーランドの食卓にないものは日本にあり、またその逆も然り。どちらの食に軍配を上げていいのか迷うけど、両国を行き来して「いいところ取り」をできちゃうはつくづくラッキーだと思う


ニュージーランド 真冬の大晦日とお正月!?

2013年07月01日 | 思ったこと
 「大晦日とお正月って言ったら、真冬に決まってるじゃ~ん」 
というのは北半球での常識で、南半球では真夏にクリスマス、大晦日、お正月がやって来る。ニュージーランドに15年も住んでいるのだから、いい加減慣れても良さそうなものだけど、こればかりは毎年な~んとなく違和感が拭いきれない。

 ここは日本じゃないんだから、除夜の鐘、紅白、初詣がないのは仕方ないとして…… 朝は5時前から明るくなり、日中は夏の陽射しが眩しく輝き、夜は10時を過ぎないと暗くならない。そんな時期に一年の変わり目を迎えたって雰囲気が出やしないのだ。

 現に、この国ではMidwinter Christmas(真冬のクリスマス)というイベントが行われ、真冬の時期にクリスマスの飾り付けをして肉のローストなどクリスマス料理をこしらえて食べる人達がいる。

 夏にオーブンでローストやケーキを作るなんて暑苦しい作業は、普段離れて住んでいる家族が集まるクリスマスでもなけりゃやってらんない。特にこちらのロースト料理は、日本での鍋料理に匹敵する家庭料理だから、南半球でのクリスマスにローストとは、お盆の時期に鍋を囲むようなもの、と考えれば分かりやすいだろう。キリスト教徒でないねむりねこたちは、クリスマスには大して思い入れがないけど、このアイディア自体はかなりナイスだと思った。

 ある日のこと。お正月に食べ切れなかったお餅のパックがまだ未開封で残ってるのに、夫・猫かぶりが気がついた。で、このMidwinter Christmasにヒントを得て「真冬の大晦日とお正月」イベントを提案。色々と人を呼ぼうかとも思ったけど、何せ主役のお餅の数に限りがあるので、ハウスメイトたち等の身内だけで密やかに行うことした。

 猫かぶりと話し合った結果、大晦日の日を6月30日、元旦を7月1日と決定。大晦日は牛肉とキノコのしぐれ煮と、庭でかろうじて生き残ったミズナを添えたおソバを、元旦はお雑煮以外の料理を一人一品づつ分担して作る、ということでそれから毎日を楽しみに過ごした

 待ちに待った大晦日。友達の録画してくれた2年前の紅白歌合戦を見ながら年越しソバを食べた。食べるのに忙しくて写真を撮るのを忘れてしまったけど、やっぱり薪ストーブが暖かな冬の夜に食べるおソバは、夏の夜に窓を開け放して食べるそれよりもず~っと美味しく感じた 

 ハウスメイトたちの帰宅が遅かったこともあり、おソバを食べ始めたのが9時頃、というタイミングもそれっぽくって「今年はどんな一年だった?」なんてお互いに報告し合ったたりして(笑)大晦日の雰囲気はどんどん盛り上がる。かれこれ過去15年、たちは年末・年始の時期に帰国していないから、こんな「ゴッコ」をしているだけで、本当に日本で大晦日を過ごしているような錯覚に陥る…… 耳を澄ませば除夜の鐘の音が聞こえてきそうだ。

 そして翌日は元旦「明けましておめでとう。今年も宜しく」と新年の挨拶を交わす。朝食は軽く済ませて、お昼に食べるお正月料理の準備を始める。お雑煮とだし巻き卵はの係。東京風の「なとり雑煮」に近いものを作ろうと、鶏のもも肉に、小松菜が手に入らないので青梗菜で代用。見た目を賑やかにするために、薄切りにしたマッシュルームと缶詰のタケノコも入れてみた。



だし巻き卵は初挑戦。だしが入る分、卵がやわらかいので巻くのに一苦労したけど、何とか格好はついた。



スキー場のカフェでバリスタをする、ハウスメイトの一人が紅白なます、



日本食レストランで調理補助をするもう一人は、黒豆の煮物を作ってくれた。



 そしてDVDは、これもまた件の友人が録ってくれた「欽ちゃんの仮装大賞」の2012年新年バージョン。アイディアを凝らした仮装の数々に感心したり、笑いながら食べるお正月料理のおいしいこと料理の取合せも、箸が止まらない。



 食事の後は、が作っておいたさつまいもプリン(あっ、また写真を忘れた)を食べながら、仮装大賞を最後まで見る。

 次のDVDは「笑点」の新年特別企画。猫かぶりが焼いたチョコレートとパイナップルのアップサイドダウンケーキを食べながら見る。



 家族同然の友人たちと、美味しいものを頬張りながら、楽しくおしゃべりして、いっぱい笑って…… やっぱりお正月はこうやって過さなくっちゃね

 夕ご飯は、お昼の残りのなます、黒豆、だし巻き卵に、ハウスメイトの特製ハンバーグ ご飯はお赤飯に見えるけど、黒米入りの雑穀ご飯なので全体に赤い色がついているのだ。これもウマし…… 



 たまたま新年に食べ損なったお餅があったので、思いつきでやってみたこのイベントは、思いのほか楽しかったので家の恒例行事になりそうだ。来年は、お餅をもっと用意しておいて、もう何人か人を誘ってみようかな

 最後にこれを読んでいるの友達のK・Hやんへ
 一同を代表しまして…… いつも日本のTV番組を録ってくれてどうもありがとうそー言う訳で、また今年も「紅白歌合戦」「仮装大賞」「笑点」と、できたら「ゆく年来る年も」録画を宜しくお願いしま~す

年の初めに……

2013年01月08日 | 思ったこと
 昨年11月に栢野の大杉のことを書いた1週間後に母がこの世を去った。その頃、母は検査と治療で入院していたが、経過良好のため担当医から退院許可が下りた矢先の出来事だった。

 仕事から帰宅すると、非番で家にいた夫・ねこかぶりが、夕食の準備もそこそこに真剣な表情で電話を受けており、

「お父さんからの電話でね、お母さんが亡くなったよ」 

電話を変わって話しをしたが、全くの予想外の出来事に、狐につままれたような心境だった。

 その晩は大急ぎで、インターネットで飛行機を予約し、帰り支度を整え、お隣さんにトラの世話など留守中のことを頼み、翌朝に二人でバタバタとクイーンズタウンを後にした。

 彼岸への旅立ちは順送りだから、いつかはやって来るこの日を避けられないとは思ってたけど、いざその時が訪れた時のねむりねこの反応は、周囲が心配するほど冷静で穏やかだった。

 日頃からヨガに精進しているお陰で、物事を客観的に見られるようになっていたのも一つにはあると思うけど、それ以上に母の他界を信じられなかったことと、残された父を一人娘のが支えなくちゃという意識が、悲しみや喪失感などの感情を一時的に押さえ込んでしまったらしい。

 それにしても、人が一人亡くなるとはこんなにも大変なこととは知らなかった 

 日本には11日間滞在したが、毎日のスケジュールがあっという間に埋まり、加えて予定外のこともあれこれ起きる。そのうち、心身の過労からねこかぶりが体調を崩し、クイーンズダウンに戻るその日に病院で点滴を受けることに。自宅に戻ってからも、ねこかぶりの看病や、始めたばかりの仕事への復帰でフル回転の日々が続いた。

 母を思って涙を流したのは、ねこかぶりが元気になって山の仕事に戻り、週末を迎え仕事も休みになってからだった。ふっと気が抜けたその瞬間から、気分が不安定になったり、珍しく風邪を引いたりしていた。

 青い空に白いむら雲が生まれては流れる去るように、悲しい気持ちや寂しさが心を過る毎日を送り、あっという間に年の瀬が迫って来た。喪中なのでクリスマスと新年のお祝いや飾り付けは当然なし。元旦もお餅をお雑煮にして食べただけ。大晦日の晩から正月二日にかけてクイーンズタウンは雨続きで、外にも出られなかったので、友達が録ってくれた日本のテレビ番組のDVDを観るなどして過ごした。

 三日から仕事だったのだが、家に帰ると父から母校の日本体育大学が箱根駅伝で総合優勝を成し遂げたとファクスが入っていた。前日、往路優勝したことは父との電話やインターネットのニュースで知っていたが、復路も優勝したとはスゴい快挙じゃないの 後輩のみんな、よく頑張ったね 雲間から一筋の光明が射したように、心がパァッと明るくなるのを感じた。

 知らせをくれた父にさっそく電話したら「テレビでずっと見てたんだけど、お前の後輩たちは本当にすごく頑張っててね。励まされたよ」 母校の新年早々の大活躍に父娘で大いに励まされ、加えて、このところあまり元気のなかった父の、久し振りに聞く明るい声に嬉しくなった。
 それから数日後、日本に住む友達から封書が届いた。の喪中を知る彼女の手紙の内容は、近況を短い言葉でまとめたものだったけど、その裏に書いてあった言葉に目頭が熱くなった



 シンプルだけど心温まる言葉。その向こうに「大丈夫っすよ!」と彼女の笑顔が浮かぶ。

 このカードを選んで、送ってくれた優しい心に思いを馳せる。彼女自身も悩み事を抱えているから、他人にあれこれ思いを巡らす余裕などないんじゃ、と思っていたけど、根っから気立てのいい人ってこういう時にも違うのね。

 大好きな母校の胸をすく大健闘、元気を取り戻しつつある父、友達への心からのありがとうという気持ち、いい友達を持てたことに感謝して新しい年が始まった。

 ……本当だね。生きてると色々あるけどさ、無駄なことってないんだね

心機一転の春!

2012年10月30日 | 思ったこと
 ねむりねこ夫婦は、年に一回、日本に帰省して両家の家族や友人達に会うのを楽しみにしている。

 例年は仕事が閑散期に突入する5月~6月に、たまった有給休暇を消化するのも兼ねて帰るんだけど、今年は9月中旬から10月下旬にかけて6週間も日本で滞在した。日本の秋は約10年ぶりだったのでとても楽しかった 東京に到着した当初は残暑が厳しく、涼しいクイーンズタウンの気候に慣れた体には暑さが堪えたけど、気候が穏やかになるにつれて快適さがグンとアップした。

 6週間の休暇の裏には、6年勤めた環境保全省 (Department of Conservation, 略称DOC) を辞めたことがある。10月に入れば新入レンジャーの研修で忙しくなるので、例年だとこの時期に長期休暇を取るのは難しかったから。公務員の立場というのはどこの国でも似たり寄ったりで、「公務員規程」により、私的なブログでも自分の仕事について書くのは御法度だったので、その手の話題については詳述を控えてたつもりだった……でも、地元に済む日本人の知り合いの間では簡単に察しがついたようで、顔を合わせると
「ブログ、読んでますよ」

と言われたことがたびたびあったのだった

 国際社会では環境保全のリーダー的立場のニュージーランド。その最前線である環境保全省で働くことは、ニュージーランド生活でやってみたいことの一つだったので、ビジター・インフォメーション担当のレンジャー職をゲットした時には、ホントに舞い上がらんばかりに嬉しかったのを今でも思い出す 

 6年が経ち、私のポジションでできることは一通りやり尽くした感があったので、ひとまずこの仕事はここで一区切りをつけて新しい世界に踏み出すことに決めたのが去る5月のこと。上司に辞意を伝えたら、惜しまれながらも私の決断を尊重して、一緒に喜んでくれた。この心温かい人達の支えがあったからこそ、これまでの年月を無事に全うすることができたのよね

 辞めた後の仕事を探しだが、事前の根回しが功を奏して、超ラッキーなことに休暇から帰って3日後には新しい仕事に就いた 

 今度の仕事は地元の小学生の体操クラブの副コーチ。学生時代にデンマーク体操(一般体操、スウェーデン体操などとも呼ばれ、音楽に合わせて集団で行う体操)をしており、大学の非常勤講師で体育を教えていたこともあるので、懐かしい昔の仕事に戻った気分 小学生や未就学児相手に教えるのは初体験だし、メインで教えるのは私があまり経験のない体操競技(オリンピックの競技種目になっている体操)なので、慣れるまでは少し時間がかかりそうだけど、マイペースでがんばろうっと 

 この仕事はパートタイムなので他の仕事探している。今年の2月にヨガ・インストラクターの資格を取ったので、ひとまずはこっち方面で動いてみようかな。

 6週間家を空けたら、庭がスゴいことになっていた 留守中はハウスメイト達がせっせと手をかけてくれていたのだけど、彼らも私たちが戻る1週間前ぐらいからあれこれと急に忙しくなり、庭いじりの時間があまり取れなかったようだった。植物がガンガン育つこの時期は、ちょっと油断をするとあっという間に伸び放題になってしまう。ねこかぶりと二人、丸一日がかりで芝を刈り、雑草をむしり、伸び過ぎた植物を刈り込み、苗を植えて…… ふうっ~ すっきりした庭を見るのは気持ちがいいな

 プライベートに仕事に、身辺がスッキリとした すべてがとっても春らしい今日この頃である。 

お正月はまったりと……

2012年01月05日 | 思ったこと
 ウソのように良い天気の続く今日この頃。まとまったは、もう一ヶ月近く降ってないのではないだろうか。ここ10年ぶりか、いやそれ以上で夏を楽しんでるである。人と顔を合わすと「まったく暑いですね~」というのが挨拶代わりとなっているが、だれもイヤそうな顔はしていない。三度もの大雪に見舞われた冬の後だからこそ、この陽射しと暑さを人々は待ち焦がれていたのだ。やっぱり、季節は適度なメリハリがある方がいいな

 今日は庭仕事に精を出す一日だった。ついこの前刈り込んだばかりのツタやタソック(ススキに似たNZの固有種)が、またしても我が者顔でボウボウと生い茂っているし、花壇のいろんな植物も、花壇の縁にドサッと覆いかぶさるように伸びまくっている…… 当たり前のことだけど、草木ってあっという間に成長するのよね。改めて思い知った 見ているだけで暑苦しいので、午前中の涼しい時間帯に、剪定ばさみでバッサバッサと気になる所を刈りまくり、とてもスッキリとした。ふう~っ

 今日の昼食はパスタ。ロケット(ルッコラ)が例によって物凄い勢いで成長し、食べるのがとても追いつかなくなってしまった。苦肉の策で、夫・猫かぶりが、このロケットを使って大量のペスト・ジェノベーゼを作り、小分けにして冷凍しておいてくれた。これが結構重宝で、食べる分だけ解凍して、パスタにしたり、魚に塗ってオーブンで焼いたり、いろいろと楽しめる



ソースには、アンチョビのみじん切り、ニンニクのみじん切りと、卸したてのパルメザンチーズをたっぷりと混ぜるのがねむりねこ流。ナッツにオリーブオイルもたっぷりのペストだから、栄養のバランスもとってもいい さっぱりとした飲み心地の、冷やしたルイボス茶がとっても良く合う。

 午後の暑い時間帯は、トラと一緒にこんな感じで家の中でのんびりとする。



 ネコは、寒いとくるりと丸くなるし、暑いとデレーンと伸びるのが好きだ。



 夕方になったら、また庭を少しいじったり、夕食の準備をしたり…… 特に計画も建てずに、のんびり、ゆったり。時間に追われずに過ごすって、お正月の醍醐味だよね

ニュージーランドより新年あけましておめでとうございます

2012年01月01日 | 思ったこと
 明けましておめでとうございま~す

 日本も、ニュージーランドも、昨年は歴史に残る大規模な自然災害に遭い、本当に大変な一年だったけど、今年は喜びにあふれて穏やかな気持ちで過ごせる年になるように心から願いたい。

 これまでのところ、クイーンズタウンは素晴らしい夏の日が続いている。毎日最高気温が25℃以上で、頭上は青空が広がりさんさんと降り注ぐまぶしい陽射し。ここ10年かそれ以上、年々夏の到来が遅れて、しかも夏らしい日がどんどん減っているような感じを受けていたのに、この夏は、本来が季節の変わり目で天候が荒れる11月からこの調子なのだ

 だから、ソーメン、冷やし中華、つけ麺…… 冷たい食べ物がとにかくおいしい 



暑い日が続くことがホント少なく、ソーメンなんて、一袋を全部食べ切る前に秋になってしまうから、何年も買っていなかったのに、今年は早くも二袋目……いいぞっ

 そんでもって、これも暑さと関係があるのか分かんないけど、今年はバラの開花がスゴい。特に念入りに手入れをしたワケでもないのに、昨年よりもずっと、ずっとたくさんの花をつけてて、嬉しい限りなのだ



 エコ菜園もますます元気。



この夏はイチゴの年にしようと、十株近くのイチゴの苗を育てている。毎日元気に実をつけてくれるので、小さな実を集めて、自家製イチゴのジャムも作ってみた。



 庭の新しい住人に、ネクタリンの幼木が加わった。去る10月に凄まじい春の嵐が吹き荒れて、倒れた木の後に植えたのだ。



敷地には、食べられる果実をつける木がオリーブしかないので、早く育たないか、とっても楽しみ。さるカニ合戦で、柿の木が実を付けるのを待つカニの気分がよぉく分かるなぁ 



 去る冬は、三回もかなりの大雪が降ったお陰で、山々からは雪が消えるのに例年以上に時間がかかったけど、もう大丈夫。ってことで、アウトドアにも繰り出そうっと……ふふっ

植村直己さんを偲んで

2010年09月30日 | 思ったこと
 ねむりねこの周囲は、アウトドア、特にトレッキングや登山の好きな人が多い。典型的な「類友」である。

 随分前のことになるけど、海外の山の話をしてて、田部井淳子さんのことが話題に出た。その話を持ち出したのはの上司、オーストラリア人の登山家なんだけど、

「日本にはいろいろすごい山があって、いつか登ってみたいと思ってるんだ 有名な登山家も多いよね、ジュンコ・タベイとか」

おおおっ 日本人以外から田部井さんの名前を聞くとは思わなかった 4年ほど前に、旅行会社の企画で、ニュージーランドを代表するトレッキング・コースのミルフォード・トラックを歩きにきたことがあったけど、当時のこちらのガイド会社のスタッフで、田部井さんがエベレスト登頂に成功した世界初の女性ということを知っている人がいなかったのに。さすが山オタクは違う

「そうなのよ~ 猫かぶりが山に興味を持ったのは、田部井さんの講演を聴きに行ったのがきっかけなのよ」

ってな具合に話は盛り上がった。 

 しばらくして、特に何の脈絡もなく、日本を代表する冒険家の故・植村直己さんのことをふと思い出した。

 植村さんが活躍していた頃は、はまだ子供、山なんて全く興味がなかったから、彼が成し遂げた偉業の価値など全く知らなかった。気になることは調べないと気が済まない性分のは、植村さんの本が読みたくなり、猫かぶりに

「植村さんの本がほしい」

と言ったら、

「買う必要ないよ。俺、持ってるから。日本の実家においてあるから帰ったら探そう」

おおおっ、それはラッキー ……でも、自分の持ち物じゃないとはいえ、自分の家にあることも知らかったのね


『青春を山に懸けて』『極北を駆ける』『植村直己と山で一泊』

 帰国中に無事植村本をゲット。去る8月のマウント・クックに出張中の楽しみのひとつに、あちらに持って行った。

 夜、家でくつろいでる時に本を開いたが、ページをめくるごとにどんどん引き込まれて、職場での休憩中など、寸暇を惜しんで読み耽るようになってしまった

 謙虚で実直な語り口で、脚色ゼロの物語だけど、植村さんの山に対する熱い思いがひしひしと伝わってくる。

 彼が冒険を志した時代は、海外旅行がまだ一般的ではなく、ましてや海外登山や極地への冒険なんて今以上に珍しかった。まだだれも挑んだことのないチャレンジを次々と成し遂げて行く植村さん、しかし気負いや驕りなどはまったくない。自らの体験の中から、さまざまなことを学び、己の糧として次のステップへと発展して行く。

 登山を始めたのは大学に入ってから、しかも転んでばかりいるので「ドングリ」というあだ名がついていた、というのはものすごい意外 

 その後、努力を重ねて山岳部のサブリーダーになり、全人類未踏の冒険を重ねる偉大な冒険家へと成長していくのだ。「天才は99%の努力と1%の才能」とは、植村さんみたいな人のことを指すんだろうね

 それでもって発想が、これまたスゴい

「当時は、まだ円が世界の主要通貨のひとつではなく、換算レートがとても悪かったので、資金稼ぎはアメリカで、(不法)就労して貯めたお金を持ってヨーロッパへ渡りモンブランに挑戦する」

とか、

「南極単独横断の準備として、グリーンランドに滞在して、イヌイットから犬ぞりや狩りの方法を教えてもらう。狩りを学ぶのは、積み荷を減らすため。食料は野生のアザラシなどを狩った方が効率がいい」

などなど。

 植村さんは、冒険前の「現地化」というのを徹底して行っていた。現地の人と一緒に暮らして、体を現地の気候に慣らすのはもちろんのこと、言葉、食べるもの、生活習慣までをも習得する。

 確かに、ここまでできれば本当に理想的なんだろうな、と頭では理解できるけど、たとえばアザラシやトナカイの生肉を三度の食事にするなど、実行に移すのは決して容易ではない。植村さんは、そうした生活・習慣の違いに初めは戸惑いながらも、強固な意志と見事な順応性を発揮して、次々とモノにしてしまう

 本を通して、冒険家、そして人としての植村さんがいろいろと見えてくる。

 当時、ヨーロッパ系人種の冒険家・登山家の原住民に対する偏見・差別が強く、現地人ガイドに対して横柄な態度で接し、思いのままにならない場合は脅したりということもあったという。

 植村さんは、これとは正反対に「現地化」を通して原住民と友好(時にはそれ以上に親しい)関係を築くので、何か困ったことが起きてもみんなが救いの手を差し伸べてくれた。「自分の成功は、周囲の人々の協力なしではありえない」と何度も語っているが、これは決して謙遜だけではなさそうだ。

 というか、植村さんがあのような人柄だったからこそ、言葉も習慣も異なる人々と暖かい絆を作ることができたのに違いない。そして、それが数々の前人未到の冒険の成功へとつながったのだ。日本人の美点である「謙虚」「誠実」は国際世界でのパスポート、小学校では英語教育なんかより人間教育をした方が真の国際人への近道になりそうだ

 植村さんは口下手な方で、これに輪をかけて言葉の壁から饒舌、多弁ではなかったが、それでもそのことを必要以上に気にして卑屈になどならず、何かあった時にはズバッと自己主張する強さがあった…… 古き良き日本男児なのだ

 植村さんの冒険に対する哲学。

「経験と技術もなくて、また生還の可能性もない冒険に挑むことは、それは冒険でも、勇敢でもないのだ。無謀というべきものなのだ」

 行く先々で現地の人から「それは危険だからやめなさい」と言われ、行くべきかどうか迷ったことが幾度となくあったが、自分で冷静に状況判断して決断することを繰り返してきた植村さんならでは。自分が世界初単独登頂を遂げたマッキンリー山の、真冬の単独登攀で帰らぬ人になるとは…… 一番無念に思っているのは当の植村さんに違いない

 最後に、植村さんに励まされた一言。

「山登りを優劣で見てはいけないと思う。要は、どんな小さなハイキング的な山であっても、登る人自身が登り終えた後も深く心に残る登山が本当だと思う」

 さて、今年の夏はどんな心に残る山歩きをしようかな……

アオラキ・マウント・クック国立公園 4週間の総括

2010年09月07日 | 思ったこと
 アオラキ・マウント・クック国立公園での4週間の単身赴任は駆け足のように過ぎ去った。赴任した日は雪が降っており、赴任を終えてクイーンズタウンの自宅へ戻る前日も降雪と、雪で始まり、雪で終わった感がある。

 環境教育の仕事はものすごく楽しくやりがいがあった 国立公園に課外授業で訪れた小中学校の団体と一緒に、近くの谷を歩いたり国立公園の人的影響や環境保全の仕事に関するレクチャーを見学・補助したり、プレゼンテーション用の資料を作成したり……

 思えば、日本の大学・大学院の6年間で学んだ、社会教育・レクリエーション・生涯学習と中高の教員の資格、ニュージーランドの専門学校で学んだ環境管理学の両方を活かせる、こういう仕事をずっと、ずっと、やりたかった 

 ニュージーランドに来た当初は、この国での職歴が皆無だったので、学歴・資格・キャリアとは全く関係のない観光業の仕事からスタートし、政府系の環境関係の仕事に就いたのが4年前。それもインフォメーション業務が中心で、教育関係のポジションに何度か応募して、やっと実現したのだった。

 できればもっと長期間の方が有り難かったけど、二重生活による出費が予想より大きかったことを考えると、今回はこのぐらいでちょうど良かったのかもしれない。

 冬期のマウント・クック村の人口は200人程度、職場内、地域の結びつきがとても強くて暖かく、何か困ったことがあれば、あっという間に救いの手が四方八方から伸びてくる。パーティなど人が集まる機会も結構多く、この4週間で4回もあったのはちょっと意外だった。知り合いが一人もいない場所で、寂しく感じることもあるかと思ったけど、そんな心配は全く不要だった。

 国立公園ならではと感じたのは、生態系に影響を与えるペットの動物や、外来植物の持ち込み・飼育が禁止されていること。狩猟の習性がある犬やネコは固有種の鳥を捕まえるので御法度だし、庭で家庭菜園やガーデニングなんてとんでもない世界なのだ。唯一、飼育できるペットは観賞魚程度だろうか。また、村にある住まいは全部借家。個人の土地・建物の所有が認められないからだ。

 先日アップした、タスマン氷河の大崩壊という歴史的な自然イベントに出会えたのもすごい幸運だったし、冬のフッカー谷や山々もとても美しかった 

 来る夏には、時間を作ってまたこの地を訪れ、猫かぶりとウェークフィールド山に登りたい。総じて、アオラキ・マウント・クック国立公園の山々は、登頂には高度な登山技術を要するものが多いのだが、この山はいわゆる登山技術がなくても頂上へ登れるのだ。登山道がないのでルート・ファインディングは自分でしなくちゃならないけど、稜線伝いなのでそう大変ではなさそうだ。

 後ろ髪を引かれる思いで、クイーンズタウンに戻ってきたが、庭では鮮やかな黄色のラッパスイセンが咲き始め、家人とトラの待つわが家はやっぱり最高だなぁ

約1ヶ月ほど、お休みします

2010年08月06日 | 思ったこと
 飼い猫のとらの外出訓練はとっても順調 猫ドアの使い方をマスターしたし、ここが自分の家だとちゃんと認識しているようで、名前を呼ばれなくても、自分から家に帰ることを覚えた。



 外出訓練の初日は、ねむりねこと一緒に1時間ほど庭を散策した。とらは、にゃあにゃあ鳴きながら少し歩いては、の足下にすり寄ることを繰り返した。久し振りの外歩きに、嬉しくて、嬉しくて仕方なかったんだろうね。そのうち、木に登ったり、塀を越えてお隣の庭に行ったりしたけど、「とらちゃ~ん」と呼ぶと「ニャン!」と鳴いて駆け寄ってくる くっきりした黒トラ模様がワイルドな印象を与えるが、性格はとても従順で人によく馴れるのだ。

 二日目は、お天気がよかったので、夫婦とフラットメイトの三人で外でお昼を食べたり、本を読んだりして過ごした。とらはその間、自由に庭や隣の家を探索しては、時折達のところに戻ってくる。みんなの顔を見ると安心するのか、「お外って楽しいね」と報告しにきてるのか。裏の家の犬に吠えられて怖い思いをしたり、わが家の庭に遊びにくる近所の猫たちと対面したけど、温和な性格ゆえ相手を威嚇しない。日中、結構長い時間を外で過ごして疲れたのか、夜は室内飼いしていた頃よりもよく眠っていた。

 三日目は、朝からとらの好きなようにさせた。夫婦がお昼頃外出した頃には、とらはどこか外にいたのだが、午後3時過ぎに帰宅すると、既に自分で部屋に入っていて、フラットメイトの一人とその友人達と楽しそうに遊んでいた。これならもう安心だ

 ここ2~3日、とらと一緒に外で過ごしてみて、とらがよく懐いていることを実感、ますます可愛くなった これまで、さまざまな猫と接してきたけど、こんなに気だてのよい猫には初めて会った。とらと引き合わせて下さった、神様、仏さま、ご先祖さま、どうも有難うございマス。



 仕事の関係で、マウント・クックの部署で4週間配置換えになった。兼ねてから興味があり、希望を出しておいた職種なので、今回わざわざ声をかけてくれたマウント・クックのマネージャーには感謝、感謝 嬉しいこと夢のようなのだけど、その間とらに会えなくなるのが今から寂しい 週末に1回か2回はクイーンズタウンに帰ってくるつもりだし、家の住人の誰にも、分け隔てなく懐いているから心配はないんだけどね…… あちらではインターネットが使える場所が限られており、ブログの更新もあまりできそうにないんで、ひとまずお休み宣言。

 もし、もし、機会があればマウント・クック便りをアップしようかな。
 

ただいま、ニュージーランド...

2010年06月15日 | 思ったこと
 予定通り、クイーンズタウンに5月31日に戻ってきた。日本での4週間の休暇はあっという間に過ぎてしまい、休暇も終わりに近づくと「もう2週間ほしかったなぁ...」てな気分になった。休暇とお金って、いくらあっても満足することがないのね

 家族や友人たちと会ったこと以外で、今回の休暇のハイライトは、「シルク・ドゥ・ソレイル」東京公演、皇居の周囲散策、彦根城、金沢と上野で観たお祭り、金沢城、松井秀喜博物館、佐渡島旅行(シラネアオイなど高山植物の花々、宿根木の古い町並み、トキ保護センター)など。

 よその国に移り住んで10年以上になるねむりねこたちにとって、日本で見聞きするものは珍しく、目新しいものばかり。ちょうど海外旅行をしていると、見るもの、ふれるものが新鮮に感じる... あの感覚に近いから、日本に暮らしている人にとっては、ごく当たり前で、気にも留めないようなことにいちいち反応する。

 加えて、冷涼な土地に暮らしが長いたちは、日本の平均的な人々と比べると服装がはるかに薄着だ。気温が20℃もあると半袖がちょうど快適で、25℃近くになればタンクトップと短パンが素肌に心地いい。季節をはるかに先取りしたような格好をして、何気ないことにウケたり、はしゃいだりするたちと一緒にいた友達は、ちょっと恥ずかしく感じる場面も、きっとあっただろうね。

 たちはどちらもあまりテレビを見ないんだけど、NHKの「ゲゲゲの女房」と「あさイチ!」がとても気に入ってしまった「ゲゲゲ」は人の優しさが基調になっていて、地味だけど心温まるストーリー、見ていて心地良さを感じた。「あさイチ!」司会の有働さんとイノッチ、ご両人ともぜ~んぜん知らなかったけど(典型的な浦島)、会話の運びが上手で楽しい人たち。番組構成も面白い。朝から氷川きよしクン、松坂慶子さんなどの大物芸能人が爽やかなトークを聞かせてくれたり、ゲストの假屋崎省吾さんや森久美さんなどはイヤミがなくて頭の回転も速いし、園芸、料理、旅など、興味をそそられる話題が多い。

 NHKの番組の出演者(特に進行役を勤めている人たち)は、みんな日本語が正確で美しく、表現力も豊かで的確、「さすが、しゃべりのプロだなぁ」と感心する それに比べて、ほかの放送局の番組の出演者ときたら...「今の日本人って、この程度なのかしら」とガッカリしてしまう。なんか年寄り臭くなっちゃったけど、母国語を大切にするのは世界の常識なのよね。日本の学校教育でやたら外国語教育がもてはやされてるようけど、その前に日本人として、正確な日本語の読み書きと表現力の向上を徹底させてほしいと願う。外国語は、学習方法さえしっかりしてれば、小学校から学び始めなくても何とかなるんだから。

 話が横道にそれたけど... 昨年家を買ってお金を節約しなくちゃいけないので買い物は最低限にしよう、と思ったのに.... CD6枚と本4~5冊、出たばかりのMac Book Pro、バッグ、スニーカー、Alice in WonderlandのTシャツ、100円均一のお店で生活小物... あれれ、結構買っちゃった 日本は安くて、品揃えが良くて、品質もいいから、ついついいろいろ手が出ちゃうのよね~

 四季の味覚が味わえるのも日本のいいところ。タケノコ、しゃぶしゃぶ、お寿司、焼き肉、活きのいい魚... 毎日のように美味しいものをお腹いっぱい食べ続け、ジーンズがきつく感じ始めたら、ぼちぼちニュージーランドに戻る頃となる。

 この投稿は、今回買った初めてのMacで書いている。Windowsと操作方法や用語が異なるので戸惑ったけど、やっとブログ投稿もできるようになった。慣れてしまえばMacの方が断然使いやすいと思う。だって、動作が安定してて、ビックリするほど速いんだもん 画面がきれいで、どの操作もムダがなくて効率的だし。噂には聞いていたけど、目からウロコの連続。スイッチを入れて立ち上がるまで当たり前のように待たされ、平行していくつかの作業をしてると重くなり、挙げ句の果てにはいきなりクラッシュ... などなど、これまでWindowsを使っていて感じていたあのストレスは一体何だったんだろう。

 ここまで書いたら、疲れてしまった。ちょっとのつもりが、結構な長文で自分でもビックリ今回の帰省で体験した、環境保全や山歩きに関する話題は次回以降に投稿しようっと。