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黒駒 寺社参拝記

畿内を中心とした寺社参拝記です。主に西国三十三所や聖徳太子霊場を巡礼中です。

明日香村へ!~聖徳太子誕生所 橘寺~

2009-05-05 10:17:48 | 聖徳太子巡礼
岡寺では1時間ほどいて、次は橘寺へと向かいます。
橘寺・・・正式には「仏頭山上宮皇院菩提寺」という天台宗の古刹です。
飛鳥の昔には欽明天皇の別宮があったとされる場所で、欽明天皇の皇子で
ある用明天皇の子として厩戸皇子=聖徳太子はここで生まれました。
太子誕生所ということで太子信仰の聖地です。

創建当初は大伽藍を誇ったこの寺も今では田園の中にある小さな古寺です。


ひなびた感じを演出するためにわざと修復していない?と思わせるぐらい荒れた土塀が印象的。


境内にある五重塔の礎石がかつての大伽藍の遺構として残っています。現存していれば法隆寺の塔より大きかった?


観音堂。重要文化財である藤原時代作の如意輪観音がご本尊。新西国三十三所第十番札所です。


本堂である太子殿。本尊は聖徳太子勝鬘経講讃坐像。観音堂とともに江戸末期の再建。(平成17年11月撮影)


本堂の前に黒駒!!太子は黒駒に乗って斑鳩と飛鳥を往復していたと伝えられています。


本堂右手に飛鳥時代の石造物である「二面石」があります。右面は人の心の善面、
左面は悪面を表わしたものだそうで。


右善面 にこやかに微笑んでいる?


左悪面


↑↑はじめて見たときは像側から見て右が善面、左が悪面だと勘違いしていて、
それにしては善面がいやに歪んだ顔してんなーって疑問に思っていました(笑)
逆ですね。正面から見て右が善面、左が悪面です。元から本堂横にあったわけではなくて
どこかにあったこの石像を近世に移してきたそうです。

橘寺は小高い丘にあるので境内から明日香の里が一望できます。黄色印のところが岡寺。
前面には伝板葺宮跡や飛鳥寺、甘樫丘などが望めます。


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大阪 四天王寺

2009-03-15 15:21:30 | 聖徳太子巡礼
昨日は大阪に行きました。目的は「黒駒思いのままの記」ですが、
その前に四天王寺にお参りに行きました。四天王寺へは一昨年の10月以来です。
四天王寺は午後4時には納経所が閉まるので、それまでにと思ってなんとか
午後3時45分ぐらいに到着すると、もう閉まってた。アカンやろ・・・。
まあちなみにその後は六時堂内でご朱印は頂けますけどね。

僕が四天王寺へ行く時は過去5割ぐらいの確率で雨模様。
一番最初に行った時も夏なのに雨だったな。
六時堂・亀井不動にお参りして四天王寺を後にしました。
それと・・・参道にあった仏教書専門店の「四天王寺書林」が1月4日をもって
閉店していました。四天王寺参詣の折は毎回訪れていたので少し残念です。

元和9年(1623)再建の六時堂(重文)ご本尊は薬師如来。手前は石舞台(重文)


南大門・中門・塔・金堂・講堂が一直線に並ぶ「四天王寺式伽藍」




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初詣~斑鳩・法隆寺~

2009-01-11 23:43:53 | 聖徳太子巡礼
昨日は斑鳩・奈良、今日は宇治・京都と初詣と都七福神巡りを兼ねて
寺院参拝をしてきました。今年初です。今日はまず斑鳩法隆寺です。

ここ2年ほどは金堂修正会(吉祥悔過法要)の朝・昼・夜のうち夜の法要
である「半夜作法」に申し込みをして拝観していましたが、今年は日程が
合わないので、昼の法要である「日中作法」に合わせて法隆寺に行きました。

この「日中作法」のみ申し込みをせずに誰でも拝観できます。
午前11時半に普段は撞かれない西院伽藍の梵鐘が撞かれるのをはじまりに
僧侶が「大講堂」に入堂して声明を唱え、引き続いて金堂に入堂して
声明、および法華経如来寿量品偈の読経などが行われます。

この金堂修正会の期間中は普段は暗い堂内にも照明が灯され、内陣と外陣を隔てる
金網も取り除かれるので、日中はすべての仏尊がいつもよりはっきりと拝観できます。
参拝客・観光客も少ないので拝観には一番おすすめの季節ですね。超寒いですけど。

金堂に入堂する僧侶の列。


門松飾りの聖霊院前。


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斑鳩 法隆寺の今昔写真

2008-12-13 16:38:13 | 聖徳太子巡礼
ちょっと寺院ネタから遠ざかっていましたので今日は斑鳩法隆寺の
戦前(大正期~昭和初期?)の絵葉書の写真を紹介します。
法隆寺発行の公式絵葉書なので観光のお土産用に販売されていたものでしょう。

まずは法隆寺西院伽藍全景。写真右手の金堂から回廊にかけて屋根が通って
いますが、今はないですね。おそらく江戸期ぐらいに付け足されたものじゃ
ないでしょうか。あと金堂の周りの松の木も今はありません。


法隆寺の写真ならこれっ!っていう中門越しの写真。


現在の写真と対比して見ましょうか。向かって左側の松の木はなくなっていますが、
右側の中央よりに傾いている松の木は昔のままですね。仁王さまはずっと伽藍を
守護するために立っておられます。


次に西院伽藍の大講堂。


大講堂前にあった松の木は今はありません。戦前まではけっこう松の木が今より
多くあったんですね。あと扉が戦前のは格子が入っています。その他にも扉周りは
けっこう異なっていますね。間違い探しみたいw


次は現在はご朱印所にもなっている聖霊院。




西院伽藍の上手の丘にある西円堂(峯薬師)


一見して違いがわかるのが、戦前までは正面に外陣のようなものが付属していますが
現在はありません。これも江戸期あたりに後補されていたものを旧来の姿に戻したのでは
ないでしょうか。


最後に東院伽藍の夢殿。夢殿から回廊に向かって屋根付きの通路が出ていますが・・・


現在はその屋根付き通路も取り除かれて夢殿もすっきりと見えます。格子扉には戦前は
障子?が入っていますが、現在は金網ごしに内部が拝観できます。


以上、法隆寺の今昔写真でした!

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斑鳩御所 中宮寺門跡

2008-05-20 23:09:12 | 聖徳太子巡礼
法隆寺を訪れた人は大抵、南大門から入って仁王さまの中門と
後方にそびえる五重塔の圧倒的な伽藍に感心しつつ1000円を
払って西院伽藍、宝物館である大宝蔵院、ここでお腹がいっぱいに
なりつつもしばらく歩いて夢殿(東院伽藍)に入るというのが
一般的な参観ルートだと思いますが、この夢殿の出口を右に行くと
また新たな門が現れて「ここもか?」と思いつつ入ろうとしたら
さっき支払った1000円の拝観料とは別にまた500円の拝観料が
必要と知って引き返す人もいると思います。

そうです、そこは法隆寺ではなくて「中宮寺門跡」という別のお寺です。
しかし夢殿に隣接していて法隆寺の敷地内にあると勘違いするほどです。
中宮寺門跡・・・法隆寺と同じ聖徳宗ですが尼寺です。太子の母后である
「穴穂部間人皇后」の発願により太子の斑鳩宮を中心として法隆寺(斑鳩寺)
と対照的な位置に建立された飛鳥時代からの続くお寺です。

しかし寺運が衰えて戦国時代に火災のためにとりあえず法隆寺山内へ
避難する形となり現在の地にご本尊も鎮座することになりました。
だから厳密にいえば法隆寺の敷地内にある法隆寺とは別のお寺・・・と
いうことになりますか。

近世に至って代々の住職は宮家の姫宮が就かれる尼門跡寺院となり
現在に至っています。門跡寺院なので「斑鳩御所」ともかつては言いました。
寺宝としては世界的にも有名な如意輪観音、そして太子入滅後に
妃である橘大郎女が太子を偲んで織らせた「天寿国曼荼羅繍帳」などです。

中宮寺の表門


法隆寺と中宮寺の塀の境目。高い方が中宮寺。


現在の中宮寺本堂は耐震耐火建造物。高松宮妃のご発願により昭和43年建立。
堂内では間近で世界の三大微笑と称される如意輪観音が拝観できます。


中宮寺本堂から見た塀越しの法隆寺夢殿。まさに隣接。