我が街には地蔵が5体あります。
町の北側の端っこに置かれていて、
なんとドイロンが子供の時から
そこにたたずんでいます。
それに対して毎日お詣りしている
というわけでもないのに、
そこにあることは
ずっと心の片隅にありました。
知らず知らずのうちに
守ってくれているんですね。
近所に住んでいる年配の方は
いろんな話を伝え聞いています。
昔の流行り病もこの地蔵さんが
村人を守ってくれたとかいうのは、
長老たちからよく聞く話です。
じゃ、新型コロナも、
病人は出たものの、犠牲はでなかったと、
今の僕らは伝えますかねえ。
なのでそんな地蔵さんも、
とても信じる人は毎日地蔵の前で
深く頭を下げています。
心の支えになっているわけですね。
「いつも何を願っているの?」
なあんて聞いたりしませんが、
地蔵に向けて頭を下げている姿からは、
お願いオーラが出ているような
気がします。
そんな地蔵はやはりだいじに
しないといけませんね。
村では地蔵講を組んで、
この地蔵を守っていこうとしています。
地蔵堂をよく見てみると、
おやじの頃からの名前を彫った
石が並んでいます。
代々みんなで大事にしてきたんですね。
その地蔵講の会長を、
いまはdoironが努めているのです。
さてその地蔵講なんですが、
実は今はとても大きな問題と
向き合っています。
後継者が入ってこないのです。
年に一度の地蔵盆の集まりなんですが、
これまではその一日の取り組みが
とてつもなく巨大だったのです。
昔は村の女のひとが多く
集まっておにぎりを握っていましたし、
地蔵講の面々は立派な料理を食べて、
宴会をしていたのです。
そしてその費用は、
今年から地蔵講に入る人、
村でいう「頭夜」の負担になっていました。
地蔵講に入会するだけで
すごい負担だったんです。
それは今の世、少しずつ改善されてゆき、
おにぎりそのものを買う
といった方式に縮小していったのです。
が、ある時に問題が起こりました。
地蔵講に入るだけでこんなに
負担していくというのは
おかしいんじゃないか
という声が上がったのです。
じゃ、このことについて議論しよう
となったのですが、いくら議論しても
昔からの風習を変えていこう
ということにはならなかったのです。
頭夜の負担は相変わらずのまま、
月日は流れてゆきました。
でもねえ、もうそのままでは
若い人の入講は全く進まず、
地蔵講の存続そのものにも
影響を与え始めているのです。
で、そんなときに会長に
選ばれたのがdoironだったのです。
いやあこれは大変です。
若い人の意見とそれに対する
老人の意見を調整して
いかなくてはなりません。
さてどうしていこうかと悩みました。
少し長い時間をかけて
問題にぶつかっていく必要があろう
と考えたのです。
これからの講の将来的なことを考えたら、
若い人の意見を取り入れていく
必要があると考えています。
そこでまず、高齢者の意見を
述べる人々を顧問として
残すことにしました。
相談していく機会を残したのです。
あ~あ、彼らを顧問に採用したら
大変だぞという、
周りの声が聞こえてきます。
続く
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