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かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

渡辺松男の一首鑑賞 2の2 追加版

2019-08-21 21:05:16 | 短歌の鑑賞

 鶴岡善久氏による追加版
  ※(鶴岡善久)とあるものは「森、または透視と脱臼」(「かりん」2000年2月号)
    より引用

   渡辺松男研究2の1(2017年6月実施)『泡宇宙の蛙』(1999年)
    【無限振動体】P9~
     参加者:泉真帆、T・S、曽我亮子、A・Y、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:渡部慧子 司会と記録:鹿取未放

  
2  倒木を埋めつくしたるうごめきのイヌセンボンタケ食毒不明

      (レポート)
 食毒不明ゆえにイヌセンボンタケは茸狩りからまぬかれ、あたりの倒木を埋め尽くすまで広がる。食毒不明なものが増殖してゆく不気味さをこめて「うごめき」という捉え方をする。「うごめき」は蠢きと書く。(慧子)


          (当日発言)
★たぶん倒木を埋めつくして蠢いている無数のイヌセンボンタケのイメージが前の
 1番の歌「森のかぜ茶いろのながれ光るなか無限振動体なるきのこ」にもあるの
 かなあと思うのですが、読者には1番を読んだだけでは分からないですね。とこ
 ろで、レポートに不気味とありますが、私は意見が違います。食毒不明というこ
 とで不気味さを言いたいのではないし、増殖していくことに対しても気味悪がっ
 ているわけではない。むしろありのままを言っていて、それはどちらかといえば
 小気味よいのかなと思います。画像を見るとイヌセンボンタケは小さくて白っぽ
 い茸で千本というくらいだから群生するんですね。食中毒の記録はないけど、ま
 あ食べない方がいいでしょうとか茸図鑑には書いてありましたが。(鹿取)
★結句に食毒不明とあるので得体の知れない感じというのを表現されたのかと思い
 ました。だから私は不気味と思いました。(真帆)
★食べる食べないは関係なく、ものすごい数の茸が無限のように蠢いているって想
 像するだけで楽しいですね。森の光りの中で茸が揺れている、その風景だけで素
 晴らしい。情景として浮かぶいい歌だと思います。(A・Y)
★景だけで楽しいという今みたいな鑑賞は作者は嬉しいんじゃないかな。それだけ
 で圧倒的な風景ですよね。また、言葉に即して読むと慧子さんとか真帆さんとか
 の鑑賞も当然アリなんですけれどね。(鹿取)
★歌集の始まりの歌なので無限振動体というのは自分にダブらせたのかなと思いま
 した。何者にもこころを揺れ動かしている自分です。2首目は食毒不明だけどお
 どろおどろしくはないキノコを出してくる。3首目はスパスパで明るい。小説で
 もそうだけど、何だろう何だろうと読者を引き込んでゆく。そういう面白い組み
 立てになっていると、そういう巧みさを思いました。(真帆)
★私は茸は茸と思っていますが、いろんな読みがあってもいいと思います。(鹿取)


           (後日意見)
 この一連を通して作者は茸にシンパシーを持って詠っているようだ。余談だが、「かりん」の松男特集号で「地に立てる吹き出物なりにんげんはヒメベニテングタケのむくむく」について、渡辺松男は「人間のたとえに使ってしまい、ヒメベニテングタケには申しわけないことをしたと思っています」と発言している。(鹿取)


         (後日追加)2019年5月
 倒木を埋めつくすイヌセンボンタケ。食べられるか否かは問題外。ただひたすらに渡辺松男は森の生命的起源を確認したいのである。(鶴岡善久・2000年)


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渡辺松男の一首鑑賞 2の199

2019-08-20 18:53:50 | 短歌の鑑賞
  渡辺松男研究2の26(2019年8月実施)
     Ⅲ〈行旅死亡人〉『泡宇宙の蛙』(1999年)P125~
     参加者:岡東和子、A・K、T・S、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:岡東和子    司会と記録:鹿取未放


199 わが地図に地方都市染みのごとくなり染みのなかから大(おお)紫(むらさき)舞う

            (レポート)
 作者の地図には、地方都市が染みのようになっているという。実際に染みのようになっているわけではなく、俗に言う(影が薄い)ということであろう。少子高齢化が叫ばれて久しいが、特に地方においてその傾向は早くから現れている。総務省の
推計によると、過疎化が進む地域の人口は2005年の約289万人から2050年には約114万人に減少し、減少率は約61%と見込まれている。それにともなって地方都市はだんだん影が薄くなってしまう。上句では衰退していく地方都市の現状が詠われている。しかし下句では、その「染み」のなかから大紫が舞うという。大紫は「タテハチョウ科のチョウ。大形で雄の翅には美しい紫色部があり、開張9㎝。1957年日本の国蝶に指定。幼虫はエノキの葉を食する。」(広辞苑)とある。地方都市では、過疎化対策としての地域おこしがなされている。アニメで町おこしをしている埼玉県久喜市や「昭和の町」を逆手にとって観光客を呼び込んでいる大分県豊後高田市の例等がある。この下句は、作者から地方都市へのエールのように思う。衰退していく地方都市にむけられた作者の優しい眼差し、そして大きな可能性を秘めた地方都市への作者の期待感をあわせて感じられる一首である。日本中で大紫が舞ってほしいものだ。(岡東)


     (当日意見)
★この地方都市というのは自分の住んでいる群馬のどこそこではなく、全国あちら
 こちらに散らばってある不特定の、沢山の地方都市ですね。それは染みみたいな
 んだけど美しい大紫という蝶が舞う。(鹿取)
★「わが地図」にひっかりました。日本の地図ではなく「わが地図」なので、それ
 が分からないのですが。(A・K)
★私が持っている日本地図、くらいの意味ではないですか。感覚的な歌ですね。染
 みっていっても実際に地図に染みがあるわけではなくて、冷遇されている情けな
 い地方都市が染みのように浮き上がってきて、そこから大紫が舞う。(鹿取)
★紫の雲が日本を覆うみたいですね。(慧子)
★幻想的で面白いですね。地図のあちらこちらからわああーと大紫が舞い上がる。
   (A・K)

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渡辺松男の一首鑑賞 2の198

2019-08-19 19:36:26 | 短歌の鑑賞
  渡辺松男研究2の26(2019年8月実施)
     Ⅲ〈行旅死亡人〉『泡宇宙の蛙』(1999年)P125~
     参加者:岡東和子、A・K、T・S、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:岡東和子    司会と記録:鹿取未放


198 眠れざれば徹底的に薬罐見る 薬罐はいかにして造るのか

           (レポート)
 眠れない時にする一番ポピュラーな事は、羊の数をかぞえる事だが、退屈になっていつの間にか眠ってしまうことが目的のようである。一方作者は、眠れない時には薬罐を見るというのだ。しかも「徹底的に」。「ざれば」と、初句に濁音を多用して、焦燥感や絶望感を表現しているように思われる。そして薬罐の造り方を考える。薬罐はもともとは中国の注ぎ口と取っ手のある、生薬用の加熱器具だそうだ。日本では、鎌倉時代にすでに登場しているが、元々は薬(漢方薬)を煮出すのに利用されていたため薬鑵(やっかん)と呼ばれていた。その薬罐を徹底的に見て、一呼吸置いてから造り方を考えているところに、作者の造り方についての拘りが感じられる。調べてみると、薬罐は(へら絞り)という熟練を要する方法で造られる。身近にある薬罐の造り方に拘りを持つことで、見過ごしがちな日用品をもっとしっかり見るよう促しているようだ。ただ、眠れない時にこのような事を考えていては、ますます眠れなくなるかもしれない。(岡東)


          (当日意見)
★とっても哲学的な歌ですね。眠れない自分がいて、薬罐がある。自分と薬罐は関
 わりなく、それぞれここに存在している。そして意味も無いんだけど造り方を考
 えている。答えを出すわけじゃないけど、人間にはそういう時間があるような気
 がする。自分はあやふやな存在なんだけど。(A・K)
★はい、私も哲学的な歌だと思います。A・Kさんのように突っ込んで考えません
 でしたが面白い歌ですよね。だから生徒に紹介してこれ面白いでしょうって言 
 うんだけどどこが面白いのって言われる。でも薬罐を徹底的に見てその造り方を
 考えるって、その真剣さが滑稽じゃないですか。岡東さんが作り方を丁寧に調べ
 てくれて、それはそれで面白いけど、日用品をもっとしっかり見ようということ
 を作者が言いたいわけでなない。眠れない作者は薬罐を見つめて造り方を考えた
 としてもそれは技術的に事細かにということではないと思いますね。でもその無
 機物としての薬罐の存在感とそれに対峙している生きた人間の存在が面白い。
    (鹿取)


          (後日意見)
 松男さんの歌にはよく薬罐が登場し、愛用のアイテムである。(鹿取)
見つめているかぎり薬罐の湯は沸かず登校拒否時羽(は)たたきはじむ
                        『泡宇宙の蛙』P71
草取りの苦労とんでもなく暑く隠元ばたけに祖父とわれと薬罐
           『泡宇宙の蛙』P100

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渡辺松男の一首鑑賞 2の187

2019-08-18 19:26:01 | 短歌の鑑賞
  渡辺松男研究2の26(2019年8月実施)
     Ⅲ〈行旅死亡人〉『泡宇宙の蛙』(1999年)P125~
     参加者:岡東和子、A・K、T・S、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:岡東和子    司会と記録:鹿取未放


197 ねばねばと納豆いろの人生に足をとられて騾馬われは鳴く

      (レポート)
 納豆は、蒸し大豆に納豆菌を散布して発酵させて作るのだが、粘り気が強いので糸引き納豆とも呼ばれる。作者は自分の人生を、ねばねばした納豆色の人生だと言い、そのねばねばに足をとられて騾馬のように鳴いている。生きることは、なかなか容易ではない。騾馬は、「雄ロバと雌馬との間の雑種。繁殖不能。馬より小形で、性質や声はロバに似、強健で耐久性が強く粗食に耐え、労役に使われる。雌ロバと雄馬との雑種を駃騠(けつてい)というが、ラバほど役に立たない。」(広辞苑)ということだが、作者は自分を役に立つ騾馬にたとえている。騾馬の鳴き声はロバに似ているというが、どのような声なのだろう。日本人にとって身近な食材である納豆と、あまりなじみのない騾馬のとりあわせが面白い一首である。(岡東)


      (当日意見)
★そうですか、騾馬は役に立つものとしての設定ですか。私は使役される情けない
 存在として騾馬をもってきたのかと思っていましたが。(鹿取)
★「いろ」がよく分からなかったのですが。納豆のような人生なら分かるけど「い
 ろ」って何でしょう?茶色いような人生ですか?(A・K)
★何でしょうね、私なら弾みで「いろ」って付けちゃうけど、この作者は弾みでは
 付けないだろうけど。(鹿取)
★派手な色じゃなくて、地味なくすんだ色の人生。(T・S)


      (後日意見)
 『泡宇宙の蛙』のもう少し先のページにこんな歌がある。(鹿取)
   驢(ろ)と生まれただ水草をおもいみるまずしさよ吾は鞭打たれいし


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渡辺松男の一首鑑賞 2の196

2019-08-17 18:32:49 | 短歌の鑑賞
  渡辺松男研究2の26(2019年8月実施)
     Ⅲ〈行旅死亡人〉『泡宇宙の蛙』(1999年)P125~
     参加者:岡東和子、A・K、T・S、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:岡東和子    司会と記録:鹿取未放


196 車庫のなかしずまりかえりいたりけり死にたる牛のように自動車

     (レポート)
 車庫の中に、じっと置かれている自動車。「しずまりかえりいたりけり」は、車庫の中の様子でもあり、自動車のたたずまいでもあろう。「り」の音を4回くりかえすことで、静けさを一層確かなものにしている。そして、そこに置かれた自動車は、死んだ牛のように動かないという。「自動車」と、体言止めにすることで、死んでしまった牛のように、もう使われないままの不本意な存在になってしまった自動車が強調されている。(岡東)


     (当日意見)
★岡東さん、まだ歌を始められて日が浅いのですけど、そして初心の人は鑑賞して
 も意味しか論じないというのが大方だけど、このレポートは韻律にも体言止めに
 も目配りしていて、すごいですね。死んで生まれた牛が湯気を立てているのをト
 ラックが運んでいったという歌もあって、牛っていうものが松男さんにはとって
 も身近なものだったんですね。農業をしていたお祖父さんと身近に接していた体
 験が底にあるのでしょう。生ま生まとしていますね、自動車なのに。(鹿取)
★これも無機的なものが有機的なものになっていますね。自動車を牛って。きっと
 こうしてやろうではなく、直感的なんでしょうね。作り物じゃないから説得力が
 あるんです。レポーターが「り」の繰り返しということをおっしゃったけど、耳
 から聴いた感じも捕らえていていいレポートですね。(A・K)


     (後日意見)
 鹿取発言中の牛が死んで運ばれていく歌は次のもの。(鹿取)
牛の子の死にて生まれて湯気あぐるをトラクター来て運びてゆけり
      『泡宇宙の蛙』P103


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