かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

渡辺松男の一首鑑賞 2の8

2019-08-23 18:02:34 | 短歌の鑑賞

 鶴岡善久氏による追加版
  ※(鶴岡善久)とあるものは「森、または透視と脱臼」(「かりん」2000年2月号)    より引用

   渡辺松男研究2の1(2017年6月実施)『泡宇宙の蛙』(1999年)
    【無限振動体】P9~
     参加者:泉真帆、T・S、曽我亮子、A・Y、渡部慧子、鹿取未放
   レポーター:渡部慧子 司会と記録:鹿取未放

  
8  森林そのものになりたき菌ひとつ増殖をし分裂をし 熊楠叫ぶ

(レポート)
 菌は森林の陰の木の根元や朽木などに繁殖するものとして捉えられる。ところが菌ひとつが「増殖をし分裂をし」とすさまじい勢いであることに「森林そのものになりたき菌」と想定外の様相に驚き、そう驚いたのは作者ではなく、熊楠だった。一首の構成として二重の想定外がある。(慧子)
  ※熊楠とは南方(みなかた)熊楠。生物学者、民俗学者。15年間世界各地を
   遊歴。大英博物館東洋調査部に勤務。民俗学、文献学、言語学に精通し、ま
   た粘菌類の研究で有名。(学習研究社「新世紀百科辞典」)


(当日意見)
★これだけが突然南方熊楠という実在する人物が出てきて、作者と共鳴する所があ
 る人なんだろうなと。粘菌類の研究者だって知らなかったのですが、ああこんな
 菌があるんだ、あんな菌があるんだって熊楠が叫んでいるところを作者が想像し
 たのが新鮮でした。(真帆)
★熊楠にだけ仮託されなくても、作者のことでも在るんじゃないか。(A・Y)
★「森林そのものになりたき菌」がたった一つですよね。どういう状況なんでしょ
 う?新しい菌を発見したという叫びですか?(真帆)
★6番歌(月光のこぼれてはくるかそけさよ茸は陰を選択しけり)でも言いました
 が、菌は種の意志として「森林そのものになりたき」と思っている。「増殖をし
 分裂を」することは生命の自然の摂理だから想定外でも何でもない。熊楠は粘菌
 類の研究者ですから、そういう生命についてはよく知っているわけです。ではな
 ぜ熊楠が叫ぶかというと、爆発的に増えていく菌を見て面白くって仕方がない、
 だから感嘆の叫びを上げているのだと思います。熊楠さん、とても破天荒な人
  だったらしいですけど。(鹿取)
★茸には良い菌と悪い菌があるから森を征服しようと思っているのかしら。悪い菌
 だったら熊楠の叫びは悲鳴でしょうし、よい菌だったら喜びだと思うのですが。
 桜の木なんかも菌にやられて倒れたりしますが。(T・S)
★それなら分かります。(慧子)
★熊楠は自然保護の人でもあるんですよ。木を伐ろうとした島一つを反対運動をし
 て守ったそうです。(A・Y)
★現実生活では良い菌か悪い菌か大問題ですけど、松男さんの歌ではそれは問題に
 していないです。あくまで菌という生命体が「森林そのものになりた」い意志を
 もって増え続けている。その生命力に熊楠は感嘆している訳です。善悪とかはこ
 こでは考えない方がいいです。(鹿取)
★では「森林そのものになりた」いとはどういう意味ですか?(T・S)
★生命というのは無限に発展したいものなんです。生命の本質ってそれでしょう。
 そこには善も悪も区別が無いのです。ジョン・ケージが影響を受けた東洋思想と
 か禅とかいうのにその辺りが繋がるのではないですか。(鹿取)
★いいか悪かは人間が決めることなんですね。(T・S)
★そうです、そうです。(鹿取)


     (後日追加)2019年5月
 菌類は森をめざす。森は菌類との共棲によってのみ本来の森となる。五句目に「熊楠叫ぶ」とあるが、この歌集の根源としてあるのはまさしく南方熊楠の「森の思想」なのではあるまいか。コンイロイッポンシメジ、イヌセンボンタケ、サンゴハリタケなどこの歌集には沢山の菌類が登場する。きのこは生体系のなかで物質の分解とさらなる還元という根源的な役割を果たす。特に菌類はバクテリアを捕食し、その活動の絶頂期に示す鮮やかさはほとんど感動的であるという。消費者としての粘菌は森の生死をさえ左右する。いま詳説する余裕はないが菌類や粘類に学問的に注目したのは南方熊楠である。輪廻にある生命はニルバーナ・マンダラと同一であるとして南方熊楠は秘密儀としての「森の思想」を説いた。この歌集のあとがきを見るまでもなく渡辺松男の『泡宇宙の蛙』を読み解く鍵は「南方熊楠」にありと指摘してこの稿を終える。
(鶴岡善久・2000年)

コメント
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