かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

渡辺松男『寒気氾濫』の一首鑑賞 324

2024-09-27 15:43:47 | 短歌の鑑賞
 2024年度版 渡辺松男研究39(2016年6月実施)
     【明解なる樹々】『寒気氾濫』(1997年)133頁
     参加者:S・I、泉真帆、M・S、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
      レポーター:渡部 慧子   司会と記録:鹿取 未放
 

324 世紀末地球の肌に芹・野蒜・土筆を摘みてやるせなかりし

     (レポート)
 春の野に出て草摘みをしていよう。古代ならばうちたわむれたり、男女の愛の場だったりするだろう。掲出歌は現代、地球の抱えている温暖化、土壌汚染を思えば、この行為のひとときの幸を、また摘み取った草々をもふくめて切なく思うのだ。(慧子)
 
        (当日意見)
★世紀末に焦点が当てられていますね。レポートに「地球の抱えている温暖化、土壌汚
 染を思えば」とありますが、そこまで思っているのでしょうか。あの頃、世紀末思想
 というか、末法思想ではないけど悪いことが起きるというようなことがいわれてい
 ましたよね、そういう反映かと思いましたが。(S・I)
★私は「やるせなかりし」という部分が最初読んだときよく分からなかったのですが、
 レポーターの文章を読んで、なるほど世紀末を迎えて破壊されそうな地球の肌を作
 っている芹・野蒜・土筆を自分はまだ古代の人と同じように草摘みをして喜んだりし
 ているけれど、これが地球を滅び に向かわせることを切なく思うのだというのがよ
 く分かりました。(真帆)
★草摘みをすることが地球を滅ぼすとは思いませんが。また、「地球の肌」って面白い
 表現で、ここが眼目ですが「地球の肌」から芹たちを摘んでいるのですね。それから
 世紀末思想って19世紀末には終末論が流行って特に芸術上でデカダンの気分が蔓延
 しましたけれど、20世紀末は少し違う感じだったように思います。2000年問題
 とかITの世界で深刻な問題があったりしましたが、滅びの思想とは質の違うものだ
 ったように感じています。だから思想上の問題よりは温暖化、土壌汚染の問題の方が
 作者の頭にあったように思います。(鹿取)
★命を摘み取ることの切なさを、摘む行為、摘み取った草々どちらも切ないと、レ
 ポーターは解釈されているように思います。(真帆)



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