キンブリー対ロイ
大佐の焔の錬金術の攻撃力の大きさ、自在さについては前回述べたが、
他のキャラクターとの比較を通してさらにその個性を考えてみることにする。
ここでいう「ロイ・マスタング最強」とは、戦いを運が左右することを十分考慮した上で、
大佐と他のキャラクターが戦ったと仮定した場合、大佐が十回中六回以上勝つ可能性が
十分あるという意味、もしくは戦場での人間兵器としての有用性が、大佐の方が上回る
という意味である。
戦いは常に先手必勝の要素を含む。それは攻撃は最大の防御だからである。
キンブリーと大佐が戦った場合、先に攻撃を当てた方が勝つと言って差し支えないだろう。
逆に、当たらなければどうということはないとも言えるが。
この二人の「焔の錬金術」と「紅蓮の錬金術(仮称)」は、大元としては同じものだと考えられる。
キンブリーの操る「爆発」は、「燃焼」の一形態で、急激に気体が膨張して起こる、轟音や破壊を
伴う燃焼を爆発と呼ぶからである。
つまり紅蓮の錬金術は、爆発に特化した焔の錬金術であるともいえる。
キンブリーと大佐の、焔と爆発の破壊力の差は判定が難しい。その理由は、キンブリーは
町一つを吹き飛ばすほどの力を持つが、その錬成は賢者の石を用いて行われているから
である。腕時計をおもちゃに変えた時は使っていなかった可能性が高いが、それ以外では
常に賢者の石がブースターとなっている。
そのため、未使用状態での攻撃力が未知数で、比較しにくいのである。
キンブリーと大佐は生き方の価値基準が全く異なっている。キンブリーが軍内部で重用されて
いたのは、錬成そのものの特殊性や能力に加えて、彼の人間性がイシュヴァール戦や
ホムンクルスたちの行動にとって都合が良かったためではないだろうか。
「好きなこと(=破壊と殲滅)を存分にさせてくれるなら、誰に従うかは問題ではない」という
考え方をする危険な人物は、これ以外に有効で安全な利用法がなかったとも考えられる。
キンブリーの人物像についてみると、破壊と殲滅の美学に対する偏執的な強いこだわりに
対して、自分自身の存在へのこだわり(生きていたい、死にたくないという欲求)がきわめて
希薄であり、「生き方には強くこだわるが、生きること自体にはこだわらない」という珍しい
行動様式が見える。
キンブリーの一種カルトな人気は、一つにはこれに起因するのではないかと考える。
反面大佐は、焔の錬金術を国の平和のために役立てようとしていたのに、それを
人を殺すために使用せざるをえなかったことに対して、後ろめたさと怒りをもち、無力感に
苦しんだことが行動の原動力になっている。
彼ら二人の差は、直接恨みのない相手を倒すことにどの程度の抵抗を覚えるかにも
あるのだが、ガチバトルを設定した場合、最初から相手を倒す気で向かうならば、この点に
差がなくなるため、どちらが勝つかは時の運、五分となる。
戦場での有用性に目を向けると、キンブリーの「爆発」は破壊力が大きいため、最強の武器と
なるが、細かい調整が難しいことから、敵だけでなく殺したくない者まで巻き込んだり、
壊したくない物まで壊したりしてしまう。その点から汎用性という点では、両方使いこなせる
大佐の「焔」の方が高いのではないかと考える。
と言うわけで大佐に僅差で軍配。特に扉を開けてしまった後の大佐は防御も隙なしで、
「賢者の石を使わない」という条件のもとなら、負けるとは考えにくいのです。
しかしキンブリーも好きですわ…自分はああはなれないですから。
ここまで読んで下さってありがとうございました!
次回は妄想ガチバトル2 ブラッドレイ対ロイになります。
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