Darkness Before the Daylight Blog

鋼の錬金術師、黒子のバスケにまつわる人々、漫画やアニメ、日々の楽しみ、その他つれづれ。

520の日によせて

2021-05-16 23:32:23 | 日記
お久しぶりです。
軍豆小話を書きました。
【520センズの日お祝い企画】様のために考えたものです。後日ハッシュタグをつけてツイートします。

あとはあなたを好きになるだけ


「何で俺が、こんなの着なくちゃならないんだよ」
ぶつぶつと文句が聞こえる。自分は国家錬金術師になったのであって、軍人になるつもりではない。そんな心の叫びが伝わってくる。

着る必要がある時に備えて、国家錬金術師にも必ず軍服を支給することになった。やっと東方司令部にやってきたエドワードがつかまえられ、試着が始まったところだった。
「まあそう言うな、鋼の。たまにはものわかりのいいところも、見せておくものだ」
ロイは椅子に座ったまま、エドワードを眺めやった。
誰にもわからないように気をつけて、静かに笑う。書類の山をさばくのに疲れた頭には、こうるさい子どもの声が気分転換になるのだった。

「どうしても嫌なら、無理にとは言わないが」
「……普段は着ないぜ。かさばるし、トランクに入れたらしわになる」
「使わない時は、この部屋のロッカーに掛けておいても構わない」

エドワードは渋々軍服を手に取り、袖を通した。
「でかいんだけど」
ワイシャツも置いてあるのだが、エドワードは面倒くさがり、素肌に上衣を直接着ている。
鍛えているとはいえ、まだ十五歳。薄い胸が少しだけ見えた。

(子どもに、私はあれを着せているのか)

痛ましさを覚えて、ロイの顔から笑顔が消える。彼をこの道に引き込んでしまった責任はいつも、こうした何気ない瞬間に胸を噛んでくる。
子どもは、後悔はしていないだろう。ほぼ独学で錬金術を身につけることのできる才能を持ち合わせた時から、彼は、いわゆる普通の人生を送る器には収まり得なかった。
だからこそ自分はエドワードを「これを着ることは、君にとってメリットが多い」と説得したのだった。

そのエドワードは、肩から服を浮かせた。服の裏地が次第に温まってくるのが、この服と自分が馴染んでいくようで、どうにも不快だった。
田舎のリゼンブールでは軍は嫌われ者で、いまだにその感覚は強く残っている。
この軍服を着れば、次第に軍に関わることに慣れてしまう。慣れることによって、抵抗も薄れていく。それが自分に変化をもたらしそうで、嫌だった。

シャツを着た方が快適だと言われて、エドワードはやっと、規定の服装になった。
支給の靴まで履けば、その不満げな表情さえ除けば、どこから見ても軍の狗だ。

似合うと言えば怒り出しそうで、ロイは感想を述べることはしなかった。しかし、一本に束ねられた金髪と、真新しい布地の深い青と、飾りの金色はひどく美しかった。
上等の仕立ての生み出すほどよいゆとりが、身体の線を拾わない。軍服は彼の機械鎧を、目立たないように隠していた。

「夕食にはまだ早いが、そのまま、少し回りたい場所がある。ついてきてもらおうかな」
ロイの言葉に、エドワードは驚いた。
「……仕事?」
「そうだ」
眉間にしわを寄せたまま、エドワードはロイの後を歩き、司令部をあとにした。
先ほどまで着ていた赤いコートを、代わりにロッカーに掛けた。


※※※※※※


「ここだ」
ロイが立ち止まったのは、エドワードも何度か見かけたことのあるカフェだった。
「ここで何を」
それには答えず、ロイは店に入っていく。エドワードも後に続いた。

軍服姿の二人に、店員たちは笑顔を向けてくる。それはエドワードにとって意外だった。
案内された席につきながら、エドワードはそう言った。
「ああ、以前ちょっとね」
話によると、この店を偶然訪れていた時に、騒ぎがあったのだという。
以前から難癖をつけていた元常連客をたまたま見かけ、ロイが奥の席から顔を出してみた。軍服と階級章を見て、その男は歯がみをして立ち去った。
困り果てていた店主に感謝され、ロイはその後も店に時々来ることを約束した。
「私が来られない時は、部下に見回らせることにしたんだ」
「なるほど」
部下が気兼ねなく立ち寄れるよう、ロイは店主にまとまった額を前払いした。店主の方では、普通の定食よりも一品多い料理を、軍人たちに振る舞ってくれているという。
「良かったんじゃねえの? 店としては安心だろうし」
「それだけではないんだ。店員たちが知った情報を、我々に提供してくれるようになった。それによって未然に防げた事件もある」
「……そういうことか」
ロイは続けて言う。
「君が何よりほしいものは、情報だろう。この服を着ている時と、そうでない時では、得られる情報が違う。有効に利用したまえ。軍服は使うものであって、君は使われる立場ではない」

エドワードは頷く。
銀時計よりも、この青は目立つ。
今まで協力が得られなかったあの場所。子どもだからと追い返されたあの時。これをまとうことで、新しく開ける道があるかもしれない。
文献には載っていない、生の情報。鮮度の高い新しい研究。赤い石に辿り着くために、喉から手が出るほど欲しかった。

危うく、エドワードは目の前の男に気を許しそうになる。自分の求めるものを提示してくれたロイに。

運ばれてきた料理を腹に詰め込みながら、エドワードはわからなくなってきた。
自分が忌避していた変化とは、心の中に生じさせたくなかった慣れとは、軍全体に対するものだと思っていた。しかし、ここで課せられた仕事を――軍服を着て困っている人を助けることを、自分は純粋にうれしいと感じていて、またここにくる時を楽しみにさえ思っている。

エドワードが避けたかったもの。それは、ただこのロイという人であったのかもしれない。
ロイに慣れ親しんで、いつしかロイが、自分にとって失いたくない人になってしまうこと。それが今まさに、少しずつ怖くなっている。

「司令部に戻ったら、君に頼みたい仕事の話をする。偶然だが、この軍服がらみだ」

その声に、エドワードはわざと嫌な顔をして見せる。まだ話が終わらない。それが嫌ではなくなってしまったことを、気づかれないように。

ロイはロイで、戸惑いの中にあった。
使い道を教えれば、エドワードが納得することは予想していた。事実その結果は得られ、安心した。
しかし、それだけではない温かな気持ちが――癒しとでも言うべきものが、胸を満たしつつあった。

軍服を使え、使われるなとエドワードに言いながら、ロイは同時にそれを自分に言い聞かせていた。
共にここでそうあろうと。君は一人ではないと。
エドワードに与えた言葉がまっすぐにはね返ってきて、ひそかに救われる自分がいた。

お互いに、目指すものは遠い。
袖を引っかけないように気をつけて、エドワードが水に手を伸ばす。
カランと音を立て、グラスの中で氷が落ちた。


                         おわり

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