Darkness Before the Daylight Blog

鋼の錬金術師、黒子のバスケにまつわる人々、漫画やアニメ、日々の楽しみ、その他つれづれ。

520の日によせて

2021-05-16 23:32:23 | 日記
お久しぶりです。
軍豆小話を書きました。
【520センズの日お祝い企画】様のために考えたものです。後日ハッシュタグをつけてツイートします。

あとはあなたを好きになるだけ


「何で俺が、こんなの着なくちゃならないんだよ」
ぶつぶつと文句が聞こえる。自分は国家錬金術師になったのであって、軍人になるつもりではない。そんな心の叫びが伝わってくる。

着る必要がある時に備えて、国家錬金術師にも必ず軍服を支給することになった。やっと東方司令部にやってきたエドワードがつかまえられ、試着が始まったところだった。
「まあそう言うな、鋼の。たまにはものわかりのいいところも、見せておくものだ」
ロイは椅子に座ったまま、エドワードを眺めやった。
誰にもわからないように気をつけて、静かに笑う。書類の山をさばくのに疲れた頭には、こうるさい子どもの声が気分転換になるのだった。

「どうしても嫌なら、無理にとは言わないが」
「……普段は着ないぜ。かさばるし、トランクに入れたらしわになる」
「使わない時は、この部屋のロッカーに掛けておいても構わない」

エドワードは渋々軍服を手に取り、袖を通した。
「でかいんだけど」
ワイシャツも置いてあるのだが、エドワードは面倒くさがり、素肌に上衣を直接着ている。
鍛えているとはいえ、まだ十五歳。薄い胸が少しだけ見えた。

(子どもに、私はあれを着せているのか)

痛ましさを覚えて、ロイの顔から笑顔が消える。彼をこの道に引き込んでしまった責任はいつも、こうした何気ない瞬間に胸を噛んでくる。
子どもは、後悔はしていないだろう。ほぼ独学で錬金術を身につけることのできる才能を持ち合わせた時から、彼は、いわゆる普通の人生を送る器には収まり得なかった。
だからこそ自分はエドワードを「これを着ることは、君にとってメリットが多い」と説得したのだった。

そのエドワードは、肩から服を浮かせた。服の裏地が次第に温まってくるのが、この服と自分が馴染んでいくようで、どうにも不快だった。
田舎のリゼンブールでは軍は嫌われ者で、いまだにその感覚は強く残っている。
この軍服を着れば、次第に軍に関わることに慣れてしまう。慣れることによって、抵抗も薄れていく。それが自分に変化をもたらしそうで、嫌だった。

シャツを着た方が快適だと言われて、エドワードはやっと、規定の服装になった。
支給の靴まで履けば、その不満げな表情さえ除けば、どこから見ても軍の狗だ。

似合うと言えば怒り出しそうで、ロイは感想を述べることはしなかった。しかし、一本に束ねられた金髪と、真新しい布地の深い青と、飾りの金色はひどく美しかった。
上等の仕立ての生み出すほどよいゆとりが、身体の線を拾わない。軍服は彼の機械鎧を、目立たないように隠していた。

「夕食にはまだ早いが、そのまま、少し回りたい場所がある。ついてきてもらおうかな」
ロイの言葉に、エドワードは驚いた。
「……仕事?」
「そうだ」
眉間にしわを寄せたまま、エドワードはロイの後を歩き、司令部をあとにした。
先ほどまで着ていた赤いコートを、代わりにロッカーに掛けた。


※※※※※※


「ここだ」
ロイが立ち止まったのは、エドワードも何度か見かけたことのあるカフェだった。
「ここで何を」
それには答えず、ロイは店に入っていく。エドワードも後に続いた。

軍服姿の二人に、店員たちは笑顔を向けてくる。それはエドワードにとって意外だった。
案内された席につきながら、エドワードはそう言った。
「ああ、以前ちょっとね」
話によると、この店を偶然訪れていた時に、騒ぎがあったのだという。
以前から難癖をつけていた元常連客をたまたま見かけ、ロイが奥の席から顔を出してみた。軍服と階級章を見て、その男は歯がみをして立ち去った。
困り果てていた店主に感謝され、ロイはその後も店に時々来ることを約束した。
「私が来られない時は、部下に見回らせることにしたんだ」
「なるほど」
部下が気兼ねなく立ち寄れるよう、ロイは店主にまとまった額を前払いした。店主の方では、普通の定食よりも一品多い料理を、軍人たちに振る舞ってくれているという。
「良かったんじゃねえの? 店としては安心だろうし」
「それだけではないんだ。店員たちが知った情報を、我々に提供してくれるようになった。それによって未然に防げた事件もある」
「……そういうことか」
ロイは続けて言う。
「君が何よりほしいものは、情報だろう。この服を着ている時と、そうでない時では、得られる情報が違う。有効に利用したまえ。軍服は使うものであって、君は使われる立場ではない」

エドワードは頷く。
銀時計よりも、この青は目立つ。
今まで協力が得られなかったあの場所。子どもだからと追い返されたあの時。これをまとうことで、新しく開ける道があるかもしれない。
文献には載っていない、生の情報。鮮度の高い新しい研究。赤い石に辿り着くために、喉から手が出るほど欲しかった。

危うく、エドワードは目の前の男に気を許しそうになる。自分の求めるものを提示してくれたロイに。

運ばれてきた料理を腹に詰め込みながら、エドワードはわからなくなってきた。
自分が忌避していた変化とは、心の中に生じさせたくなかった慣れとは、軍全体に対するものだと思っていた。しかし、ここで課せられた仕事を――軍服を着て困っている人を助けることを、自分は純粋にうれしいと感じていて、またここにくる時を楽しみにさえ思っている。

エドワードが避けたかったもの。それは、ただこのロイという人であったのかもしれない。
ロイに慣れ親しんで、いつしかロイが、自分にとって失いたくない人になってしまうこと。それが今まさに、少しずつ怖くなっている。

「司令部に戻ったら、君に頼みたい仕事の話をする。偶然だが、この軍服がらみだ」

その声に、エドワードはわざと嫌な顔をして見せる。まだ話が終わらない。それが嫌ではなくなってしまったことを、気づかれないように。

ロイはロイで、戸惑いの中にあった。
使い道を教えれば、エドワードが納得することは予想していた。事実その結果は得られ、安心した。
しかし、それだけではない温かな気持ちが――癒しとでも言うべきものが、胸を満たしつつあった。

軍服を使え、使われるなとエドワードに言いながら、ロイは同時にそれを自分に言い聞かせていた。
共にここでそうあろうと。君は一人ではないと。
エドワードに与えた言葉がまっすぐにはね返ってきて、ひそかに救われる自分がいた。

お互いに、目指すものは遠い。
袖を引っかけないように気をつけて、エドワードが水に手を伸ばす。
カランと音を立て、グラスの中で氷が落ちた。


                         おわり

コピー本通販はじめました

2020-01-19 15:22:04 | 日記

BOOTHで取り扱い開始しました。前編中編セットです。
送料がかかるため多少割高ですが、あんしんBOOTHパックで
可能な限り迅速にお送りいたします。

デイライト https://8135935.booth.pm/ #booth_pm

また、ツイッターでリブかDMをいただければお分けできます。
メールアドレスからも大丈夫です。wafusan☆friend.ocn.ne.jp (☆を@に)

高校生のエドが、作家ロイの新刊サイン会に行ったら、相手は偶然一度会ったことのある人で…という
場面が、書いていて楽しかったところです。

山あり谷ありで、それでも相手が好きでという、「いつになったら付き合うんだ!!!」と書きながら思ってしまいましたが
気持ちが通じる過程を書くのが好きなので、そのあたりを楽しんでいただけたら嬉しいです。
残部が少ないです。興味のある方はお早目にお願いします。

読んでくださる方、ここを訪れてくださる方に感謝を。
これからも頑張ります。

インテありがとうございました

2020-01-14 21:49:39 | 日記
先日のコミックシティ大阪では、3P2Dスペースにお越しいただき、本当にありがとうございました。
相方から荷物を届けてもらいまして、開封して感激しているところです。
直参できないのは残念でしたが、イベントの空気が伝わってきて、とても楽しいです。
お差し入れまでいただき、感謝にたえません。ここ3年ほどイベントに出られていないのに、
忘れずにいてくださるんだなあ……と、ありがたく感じています。

今回は幸い、コピー本ですが新刊を出すことができ、ほっとしています。
印刷途中でインクがなくなる、家族が踏み込んでくる、間違いに気付いて手書き修正する……と
ハラハラしましたが、何とか形にすることができました。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

前編、中編と来ましたので、次は後編ですが、もしかしたら完結編まで書くことになるかも……
またよろしくお付き合いください。

既刊は、pixivのBOOTHやフロマージュ様で取り扱っています。
「続 鋼の魂」は、フロマージュ様にある分で最後です。ご検討中の方がいらっしゃいましたらお早目に。
BOOTHでは、クロネコの「あんしんBOOTHパック」を使用していますので、お求めの方の
個人情報は一切こちらには提供されません。お気軽にご利用いただけたらと思います。


おしながきです

2020-01-10 20:33:47 | 日記
1/12 コミックシティ大阪 6号館Cい32a 「3P2D」コピー本新刊
「夢見る頃を過ぎても」前編、中編各本文28ページ 全年齢対象
セットで500円で頒布となりました。よろしくお願いします。





前編はピンク、オレンジ、ベージュなど暖色系の表紙、中編はブルー、グリーンなど寒色系の表紙になりました。
以下のおしながきとは違う色もありますのでご承知おきください。
既刊も、今回は10種類搬入しました。よろしかったら読んでいただければ嬉しいです。
Unforgettable 1,2
リゼ小
ロイ・たぬたんぐ大佐とエドにゃんの話 
ロイ・たぬにゃんぐ准将とエドにゃんの話
鋼の魂 増補改訂版
Red Teardrops
兄弟
恋のはなし 
センチメンタル・バースデイ

ツイッター、pixiv、サイトの方に試し読みがありますのでどうぞ。
相方と売り子さんにお声がけください。

イベントにいらっしゃれない方は、pixivのBOOTH、サイトの通販、フロマージュ様でも取り扱いがあります。
また、ツイッターでご連絡いただければお分けできますので、いつでもお問合せください。






新刊準備中です(サンプル追加しました)

2020-01-04 10:25:30 | 日記
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
投稿・更新のない状態ですみませんでした。それでもおいでくださる方が何人もいらっしゃって、感謝しかありません。

1/12 コミックシティ大阪 6号館Cい32a 「3P2D」で参加します。
諸事情で直接参加はできませんが、新刊(コピー本)と既刊を出す予定です。
またご案内しますので、よろしくお願いします。

新刊は、作家ロイ・マスタングと高校生のエドワードの話です。偶然知り合った二人が
だんだんと仲良くなっていく、いつものようなハッピーエンドの話です。
去年のペーパー小話がもとになっています。アルフォンスも結構出てきます。

夢見る頃を過ぎても 前編サンプル


「……やっぱ面白いな」
 エドワードは、そばに置いたお気に入りの本をめくりながら、自室の窓の外に目をやった。木の葉は少しずつ散り始めている。
間もなく本格的な冬だ。大学受験も近づいてくる。

 カレンダーに目を向けた時、セットしておいたアラームが鳴った。エドワードは、思い切りよく本をパタンと閉じ、リュックにしまった。
目につく所にあると、いつまでも読んでしまう。何度も読んだのに、繰り返し楽しめるのはすごい。
受験勉強の合間、息抜きは十五分と決めていた。何か月もプレッシャーを感じながら過ごす時期だからこそ、こんな時が必要だった。
「さて、やるか」
気持ちを静めて、問題集に戻ろう。シャープペンシルを手に取って、現代文にまた向かう。与えられた文章の中に必ず答えがあると、実感したのは最近のことだ。

 さっきの本の著者であるロイに会って、合格を報告できる日のために、今は勉強が一番大事だった。
 以前はよく遊びに行ったのに、今は会わないことにしている。正直、結構辛い。
しかし、充実していることは確かだった。たまに不安になるけれど、自分の選択に悔いはない。
何となく怠惰に流されている時の寂しさとは違う、明るくてすっきりした孤独をエドワードは味わっていた。

 自分は作家ロイの素顔を知っている。どんな部屋でこの話を書いたのか、どんなカップでお茶を飲みながら書いたのか、知っている。
自分は、それを直接見ることを許された。その時期を経験したことが、少しだけ誇らしかった。

 やがて勉強に一区切りをつけ、エドワードは弟を呼んだ。一緒に空手の組み手をしてから、夕食の準備をするのが兄弟の日課だった。
 身体を動かすと、気持ちがすっきりする。大会に出るようなことはないが、空手は子どもの頃からずっと続けている。

 両親は海外で暮らしており、エドワードは年の近い弟アルフォンスと二人で、一軒家に生活していた。
 年子の兄弟なので、兄が弟の面倒を見るというよりはなんでも相談し合う友達に近い関係だった。
性格は少し違っていた。弟はまんべんなく勉強する方で、エドワードは教科の好き嫌いがあり、興味がなければあまり取り組まない。
 本に関してもそういうところがあった。

ロイ・マスタングは、エドワードが高校二年生の頃から
ずっと好きな小説家だ。本もほとんど全部集めていて、エドワードの本棚に並んでいた。
エドワードは、父親が置いていってくれたパソコンを使って、掲示板やサイトを巡回するのを息抜きにしていた。たまに好きなサイトにコメントを書き込んで、誰かから反応をもらい、二言三言言葉を交わすのが好きだった。
 高校生であることは、ネット上では関係ない。安全に気を付けていれば、逆にのびのびと振る舞える。
 
 あれこれ言われることなく、自由な暮らしではあったが、親から送られてくる決まった生活費で弟と二人だったから、贅沢し放題という訳にはいかない。
学校に持っていく弁当は自分たちで作り、食事もほぼ自炊していた。散財すれば食費に響くので、兄弟ともにゲームにはそれほどはまらなかった。
昔から本の多い家だったが、専門書や料理の本がほとんどで、物語や小説はあまり読んだことがなかった。

 エドワードがロイの本を初めて読んだのは、高校二年の春休み明け、実力テストが終わった金曜の、たまたま暇な時だった。
自由に借りられる本が何冊か、教室の後ろの棚に置いてあった。
(今まで読んだことなかったけど、何の本があるんだろう)
その中の小説をふと手に取ってみた。
(ロイ・マスタング。知らないな)
 表紙は地味なイラストだった。帯はなく、厚みは二㎝ほど。パラパラとめくってみると、どうも登場人物が、何かの事件を調査しているらしい。小説はあまり読まないエドワードだったが、先が気になって持ち帰った。
(推理小説か。それともミステリーか。週末だしちょうどいいや)
珍しく、その日のうちに最後まで読んでしまった。結末がわかってからようやく「なるほど」と思う部分がいくつかあり、翌日もう一度読み返した。
何となく心に引っかかりを覚えながら読み流した部分を、二度目になって「これはこういう意味だったのか」と腑に落ちる。
(こういう話、初めて読んだ)
 もともと、エドワードは好き嫌いのはっきりした性格だった。気に入ればとことん追いかけるが、嫌いとなると全く興味を失ってしまう。
 言葉遣いは易しいのに、一度読んだだけでは意味のわからない部分もあった。解説に目を通して内容が把握できると、登場人物の気持ちもスムーズに心の中に入ってきた。
小学生の頃、国語の授業で短い物語を書いたことがある。内容は忘れてしまったが、話を作るとは難しいものだと感じたことは記憶にある。
 他にも読んでみたくなったが、予想通り家にはない。アルフォンスに本を見せてみた。
「この作者の本、読んだことあるか」
 ふうんと眺めて、弟は首を振った。
「表紙は見たことがあるけど、読んだことない」
この作者の書いた話をもっと読みたい。エドワードは『ロイ・マスタング』という著者名を覚えた。

翌日、学校で担任に尋ねた。
「これと同じ作者の、他の本はありますか」
「それね、何年も前からこの教室にあった本らしくて。
図書室に行ってみたらあるかも」
言われて学校図書館に立ち寄ってみたが、そこでは見つけることができなかった。

帰り道に、書店に寄った。
(あるかな……『ロイ・マスタング』)
 ら行の棚を一冊ずつ見ていくと、一冊だけ、文庫の短編集があった。やはり面白そうだった。
エドワードは少し迷った後、財布を出した。
 わくわくして持ち帰り、自分の部屋で読みふけった。これも面白かった。はっきりとエドワードはロイ・マスタングの話が気に入り、探すようになった。

 検索すると、著作は十冊あまりある。近くの書店を順番に巡り、エドワードはロイの本を集め始めた。
 親の意向で、ネット通販はまだ使わせてもらえない。小遣いと行動力の範囲では、多作な作家の本を全部買うのは容易ではなかった。
諦めることが嫌いなエドワードは、以前もらったきり引き出しにしまって忘れていた図書カードまで、全て吐き出し、本を一冊ずつ買い求めた。


一冊ずつ本が集まってくるにつれ、作者のロイ・マスタングについて少しずつわかってきた。
『誰でも知っているベストセラー作家』というほどではないが、サスペンスものの評価は高く、意外な展開と、繊細な心理描写には定評があった。
そろそろ大きな賞をとるのではと言われているのを、エドワードは雑誌の記事で見たことがある。

 いつもの書店で、平積みにされていた表紙が目に飛び込んできて、エドワードは立ち止まった。
『ロイ・マスタング単独インタビュー』
エドワードは買ったことがない雑誌を手に取った。しかし、紐がしっかりかかっていて、内容は全然わからない。
女性向け雑誌で、表紙の見出しはファッションとメイク関係、エドワードの知らない世界だ。しかし、インタビューは買わなければ読めない。
 ピンクと薄紫に彩られた表紙の本を買うのは気が引けたが、エドワードは決心した。
「仕方ない、買うか」
もうそれしかない。エドワードは、その雑誌をまっすぐにレジに持って行った。
生まれてこのかた、表紙買いなどしたことがないが、こういう雑誌は単行本と違って、今買わなければもう手に入らないかもしれない。せっかくの縁を自分から切る勇気はない。
この人の本を読み始めてから、すごい速さでお金が飛んでいく。

エドワードは帰宅して、慎重に紐をはさみで切った。しかし、期待して頁を開いたのに、その記事ではロイの顔は見られなかった。
載っていたのは、書斎らしい薄暗い部屋と、パソコンの載った机の写真。本人の姿らしいのは、白いシャツの袖口と、組まれた両手だけだった。少なくとも今は、顔は出さない方針らしい。
 ロイ・マスタングがどんな顔をした人なのか、知りたかったエドワードは、正直言ってがっかりした。
「あーあ」
 しかし、せっかく買ったのだからと気を取り直し、記事の文章部分を丁寧に読み始めた。

 どうして小説家になりたいと思ったのか。
 影響を受けた小説家は誰か。
 普段はどんな生活をしているか。
 小説を書く上で、心がけていることはあるか。
 そういった内容を読んで、エドワードは一つ一つ感心した。最近は運動不足になりがちなので、ジム通いをしているらしい。

ロイ・マスタングの小説への思いが、記事を通してエドワードの心によく伝わってきた。
そして何よりも嬉しかったのは、『今、新刊の準備作業中なんですよ』と語られていたことだった。この先、知らない本が存在する。新刊がとても楽しみだった。
雑誌の記事というものは、作家の姿をどの程度正確に伝えるのか、エドワードには全く見当もつかなかった。色々と編集されているから、ロイの話した内容そのままとはいかないだろう。
でも、穏やかそうな話しぶりが何となくわかり、エドワードは(いい人そうだな)と感じた。


※※※※※※


エドワードは、高校二年の夏休みを過ごしていた。
成績は良い方だった。進路については漠然と考えてはいるものの、はっきりした目標があるわけではない。
すでに宿題や補講も終わってしまい、もう少しで盆という時期だった。バイトや部活動はやっていないので、正直暇だった。
ロイ・マスタングの本も、手に入った分は読み尽くした。友達ともたまには会うが、毎日ではない。
忙しい両親は風のように戻ってきて、風のように旅立っていった。何をやっているのかよく知らないが、講演会だ何だとあわただしいらしかった。

エドワードは暇つぶしにサイトを何となく巡回していた。でも、新しいところを開拓してみても、また慣れたところに戻ってきてしまうのだった。

エドワードがよく通っている考察系のブログサイトがあり、そこの管理人のハンドルネームが「ボンドさん」だった。
ブログの感想をエドワードが書き込み、ボンドさんが返信してくれた。それから、コメント欄でたまに言葉を交わす程度の交流をしていた。
盆の時期とあって、偶然ボンドさんのサイトでは、友人らしい少尉だの中尉だのという数名と、オフ会の参加者を募集していた。聞くと、場所が近い。
行きたいと思った。
確かその日は、アルフォンスも友達の家に泊まりたいと言っている。多少遅くなっても、誰かの迷惑にはならないだろう。

名乗りを上げてもいいものか、エドワードは迷った。
エドワードはこれまで、ネットの危険性を授業で繰り返し教わっていた。『ネット上で知り合った人と会わない』は大原則だが、高校二年生は、小中学生とは違うだろう。
自分は男だし、女の子よりは危険が少ないかもしれない。怖い雰囲気の人たちだったら、すぐに帰ってくることにしよう。逃げ足には自信があるし、空手という最後の手段も一応もっている。
エドワードは、おずおずと行きたい旨を伝えた。すると、少し長めの時間を置いてから、『参加するなら大歓迎だよ』という答えが返ってきた。

オフ会当日になった。
エドワードが集合場所に行ってみたら、エドワードを見たメンバーたちは驚いていた。
「初めまして、レッドアイです」
 ハンドルネームで名乗ると、それぞれに自己紹介してくれたが、幹事らしい茶髪の男が尋ねてきた。
「ずいぶん若そうだけど、まさか高校生じゃないよね」
「え、高校生です」
 ありのままを答えると、集まっていた大人たちはどよめいた。
「まずいな」
「これはちょっと」
全員成人と思い込んで企画したオフ会は当然アルコールありで、高校生は参加させられない。万が一学校に知れたら、飲んでいないと言っても疑われかねないし、下手をすれば停学だろう。
「そんなことになっては我々も困る」
「どうしたらいいかな」
 口々に話しているのを聞き、考えが甘かったことを悟ったエドワードの方が、今度はだんだんと青くなってきた。
そこに「遅れてすまない」と、黒髪の男が到着した。
「どうかしたか」
「あ、ボンドさん。この子がレッドアイ君。高校生」
「えっ」
 この人がボンドさんかと、エドワードは思ったが、今はそれどころではない。
「本当に高校生なんだ、君」
 話しかけてきたボンドさんに、エドワードは頷いた。
「すみません。俺、よく知らずに来てしまって」
エドワードは自分の世間知らずのせいで迷惑をかけたと反省し、ここで帰ることを申し出た。そこにボンドさんが「年齢確認を忘れた自分たちにも責任がある」と言い出した。
「せっかく来てくれたのだし、食事だけなら構わないだろう」
「それもそうか」
協議の結果、一時間だけ席を分け、酒を飲まなくても構わない者がエドワードと一緒に座って、ソフトドリンクで過ごし、飲みたい者は別テーブルという案が出た。
時刻はまだ夜の七時。一時間後、タクシーにエドワードを乗せて送れば良い。
それで話は決まった。学校関係者に見られてもいいように、エドワードにアルコールや煙草を近づけず、八時になったらきちんと帰すことになった。

 エドワードも無事に席についた。ほっとして、おしぼりで手を拭く。居酒屋は初めてだ。
「食べたいものを選んで」
 ボンドさんがメニューを渡してくれた。エドワードは夜の定食をとり、ウーロン茶を頼んだ。
同じテーブルに来た人たちも、ノンアルコールに付き合ってくれた。
ボンドさんもウーロン茶、「俺もそれで」と言ったのは、ボンドさんの隣のひげを生やした眼鏡の男で、確かハンドルネームは「奥さん大好き」だった。
「すみません」
エドワードは小声で謝った。「別に私は元々、酒を飲まなくてもいいんだよ」とボンドさんは笑った。
「ほら、あっちにも子連れのお客さんがいるだろう。まだ早い時間だから、問題ないよ。君も安心して。来てくれてありがとう」
 確かに、小学生くらいの子どもが両親と食事しているのが向こうに見える。偶然、料理の種類が豊富な店だったのも良かったようだ。
 ボンドさんは声を潜めて言った。
「それにこいつは、実は学校の先生だから、安心して」
奥さん大好きさんは、ここだけの話だが、実は教師らしい。
「家の人の許可は得て来たんだろう?」
奥さん大好きさんが尋ねてきた。エドワードは「はい一応」と答えた。親は海の向こうにいるから、許可も何もないが。
「おう、何かあったら任せろ」
 自分を安心させようとしてくれているのが、エドワードはありがたかった。
「今、何年生」
「あ、今二年生です」
 エドワードは焼き魚をほぐしながら答えた。

 話していると、ボンドさんが言った。
「君が男の子でまだ良かったよ。もし女の子だったら、こんな男ばかりのオフ会に呼んだら、我々の社会的立場がない」
「確かに。女の子だったら俺も帰すわ」
奥さん大好きさんも笑った。確かにそうだろう。ボンドさんが面白そうに言った。
「でもね、君のハンドルネームも紛らわしいよ。『レッドアイ』が高校生とは、ちょっと思わなかったなあ。変わった選び方だね」
「すみません」
 カクテルの名前から何となくとったハンドルネームのせいで、大人の女性だと思われたらしいのだ。
「野郎ばかりの集まりに、自分から参加してくる女性なんて今まで誰もいなかったから、呼んでいいのかちょっと迷ったんだよね」
「ああ、それで返信が遅かったんですか」
「そう。ここのオフ会は、男ばかりでただひたすら自分の好きなものについてしゃべってるだけで、出会いを求める所じゃないから」
「俺は既婚だし、女の子が来るようだと逆に参加しづらいから、男の子で良かった。でもさ、ここは大丈夫だけど、やっぱりネットでしか知らない人と会うのはすすめないよ。元々の知り合いから広がっていくのはいいけどね」
奥さん大好きさんがそう言った。確かにこの時だけは先生らしい口調だった。
「わかりました」
偶然、ここで会ったのは良心的な人たちで、楽しい時間になったからいいが、その意味でも自分は少々向こう見ずだったと反省した。
 
その後、いろいろな話をした。
オフ会に来た人たちは、それぞれに別な仕事をしているらしい。専門的な知識があるようで、エドワードにとってはよく知らない話も出てきた。釣りから軍事方面の話まで幅広い。
しかしボンドさんは雑学に優れるというのか、幅広い知識があり、どの話題にも参加していた。不思議そうな顔をしているエドワードに、「ああ、今のはね」と、説明さえしてくれた。
大人どうしの趣味の話を初めて聞いたエドワードは、自分の世界が大きく広がっていくのを感じた。何て頭のいい人たちが、この世にはたくさんいるのだろう。こういった面を持つ大人の存在を知らなかった。
 がやがやと騒々しい居酒屋の中、身を乗り出して話に聞き入っているエドワードを見て、ロイさんは言った。
「悪いね、大人だけで盛り上がると退屈だよね」
「いえ全然」
 エドワードはウーロン茶を飲んだ。熱くなった頬を冷ますのにちょうどよかった。
「大人の人たちってすごいと思って。色々知ってて」
「いやあ、我々はただ、好きなことをしてるだけだよ」
 逆に褒められたら恥ずかしい、と皆が笑った。

「どんな本を読むんだい」
「ええとですね、最近はまったのがあるんですよ」
 エドワードは、ロイ・マスタングという作者の小説を集めていると話した。
「へえ」
 ボンドさんはそう言って、ウーロン茶を飲んだ。
「あまり小説読む方じゃなかったんだけど、この人のを読んだら面白くて」
「それは良かった」
 ボンドさんはちょっと笑った。
 
一時間はあっという間に過ぎてしまった。エドワードは、ずっと目をキラキラさせて話を聞いていた。大人たちも楽しかったらしい。
「いやあ、君すごく楽しい子だね。まだ話していたいくらいだよ」
 迷惑をかけたかと思っていた人たちも、そう言ってくれた。
ここはごちそうすると言われたが、エドワードは「自分で頼んだもののお金は自分で払います」と頑張った。
ボンドさんたちは、タクシー代を出してくれた。
「高校卒業したら、またおいで。そうしたらもっとゆっくり話そう」
「はい、ぜひ」
 言われて、メールアドレスを交換した。
 エドワードは、ボンドさんたちの気遣いで、オフ会を台無しにせずにすみ、心からほっとした。
 帰宅してからも、楽しい気持ちがずっと続いていた。

※※※※※※


 翌月のことだった。
 作家ロイ・マスタングの、新刊発売が近づいてきた。エドワードは、発売されたら買いに来ようと思ってい
たが、発売記念のサイン会があることを、エドワードは
書店のポスターで知った。
(サイン会って、何だろう)
 高校二年のエドワードは、その意味もよく知らなかった。ポスターの説明を読んで、ロイが直接書店にやって来て、客の本にサインをしてくれるイベントだということがやっと飲み込めた。
 その場所は、この書店と同じ系列の別店舗だ。電車で十分行ける。日時を見ても、何とか都合がつけられそうだ。
 エドワードはこれまで、ロイがどんな人かは全く知らなかったし、ましてや会うなど考えたこともなかった。でも、サイン会であれば直接サインをもらうことができる。
 今までは感じていなかった、小説家ロイ・マスタング本人への興味が、エドワードの中にがぜん湧いてきた。どんな人なのか、とても知りたいと思った。そして何より、自分が作品を面白く読んでいることを伝えたい。
(行きたい)
 元々、新刊は必ず買うつもりだった。

そして、サイン会当日が来た。
エドワードは、この日、当初は予定になかった補習が突然入り、学校からまっすぐ向かうしかなかった。
「エド、どっか寄っていかないか」
誘う友達を「悪い、ちょっと急ぐんだ」と断った。
ロイの本を愛読していることは、実は誰にも言っていなかった。小説を読むのが趣味だという友達が、エドワードの周囲にはいなかったせいもある。何となく、人に教えるのが気恥ずかしかった。

 エドワードは急いで自転車にまたがった。
「まずい、結構ギリギリだ」
思っていたより移動に時間がかかってしまった。帰って着替える暇はない。先着順と書かれているので、混み具合によってはサインしてもらえなくなる。
制服のブレザーを着たまま、エドワードは書店に駆け込んだ。
 ほっとして見ると、すでにかなりの列が形成されている。もう少しで、建物の外に出てしまいそうな長さだ。そこにまた誰かがやってきて、最後尾が伸びていく。 
(すごい、人気なんだ)
自分以外の、ロイの本の読者というものに実際に出会ったのは初めてだった。学校の友達が読んでいるとは聞いたことがなく、図書館でも見つけられなかった。エドワードは嬉しいような、意外なような、不思議な気持ちだった。

さて、自分も並ばなければならない。まずは本を買って、整理券をもらって並ぶことになる。
フロアの目立つ場所に、ロイの本の特設コーナーができていて、エドワードは新刊を真っ先に手に取った。
新刊ということは、ハードカバーである。エドワードは、このロイの本を買うことを決めるまで、そういうものとは知らなかった。今まで買ってきた本は文庫が多く比較的安価だったし、今回の新刊は長編で、お値段が張る。
その上、コーナーには最近の著作も何種類か置いてあり、持っていないものもある。ここで買わない選択肢はない。
多めに持ってきたはずのエドワードの所持金は、帰りの電車に乗るのがやっとになってしまった。

 それでも、エドワードには後悔もなかった。交通費がなくなれば、歩いて帰ればいい話だ。手の中には、ずっと楽しみにしていたロイの本があった。
想像していたよりも厚い。長編の読み応えは格別で、読むのに時間がかかる分、長くその世界に浸れる。
一日に一章ずつ味わって読むのも自由、徹夜して一気読みし、じっくり読み返すのも自由だ。
ロイの本を読んでから読書そのものの魅力を知ったエドワードは、ほくほくして本を抱き、急いで列の最後尾についた。
 
見ると、列のほとんどが若い女性だった。女性ファンが多いのは何となく予想していたが、男性は一割ほどでエドワードはびっくりした。
(場違いな感じがする)
 一瞬、本だけを買って帰ろうかと思った。しかし今回のような機会は、次にはいつあるかわからない。そう思うと、立ち去れなかった。

(この先に、作者のロイ・マスタングさんがいるのか)
 首を差し伸べて前方をうかがう。行列が長くて、ロイのいる方は全く見えない。
列が進むにつれて、店の奥の、ついたてで仕切られたスペースにロイがいるようだとわかった。そこで、一人一人ロイに挨拶ができるらしい。
(考えてみればすごいことだな)
 雲の上の存在の人に、実際に会って話ができるとは。
小さな花束や、プレゼントらしいものを持っている人も多いことに、エドワードは初めて気付く。自分は買った本以外、全くの手ぶらだった。
(あー……失敗した。何も準備してない)
ロイに会える千載一遇のチャンスなのだから、もう少し考えればよかった。
ずっと楽しみにしていたものの、本代のやりくりで精いっぱいで、そこまで頭が回らなかった。
と、後悔しても仕方がない。
 順番が少しずつ近づいてくる。女性の中にぽつんと一人混じっていると、突然自分のような男が来たら変に思われそうで、エドワードは心配になる。
でも、ロイの本を今まで読んできて、作者はきっと誰が来ても区別なく喜んでくれるだろうと、エドワードは考えることにした。
 自分の後ろの列も、だんだんと長くなってくる。
 戻ってくる女性たちは皆感激した様子で、エドワードも緊張してきた。

列は刻々と進んでいく。いよいよ、ロイの目の前に立ち、エドワードは相手の顔を正面から見た。
 目の前にいる男には見覚えがある。以前参加させてもらったオフ会で話した、黒髪の男だった。
「えっ」とエドワードが息をのんだので、ロイも顔を上げ、目が合った。
その人、ロイ・マスタング――ボンドさん――も、同様に目を見開いている。相手も、明らかに自分のことを覚えている。
「どうも」と会釈しながら、ボンドさんと言いそうになるのを、エドワードは止めた。ここでは言ってほしくないかもしれない。
 そばに待機している書店員が「知り合いなんだな」と理解したのが、雰囲気で伝わってきた。
「こちらこそ」ロイが笑った。
自分のこの態度でいいと、エドワードは直感した。周囲にはたくさん人がいる。余計なことは何も言わない方がいい。
 ロイがこちらに改めて目を合わせた。ああ、俺がはっきりと知っている笑顔だと、エドワードは思う。この優しい感じを、何度か思い出したから。
「今日は、遠い所をわざわざありがとうございます」
 声も、話し方も、ボンドさんと同じ。確かに同一人物だ。


               サンプルおわり