私が大好きな「トペン」について。
長文になりますが、20年ほど前、私が「極楽通信」に書いた記事を、ちょっとだけ修正して以下にコピペします。
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●バリの舞踊 Topeng
さあ、今回はバリ舞踊の真髄、トペンの特集です。「トペン」は仮面そのものをさす言葉でもあり、
仮面をつけて踊られる舞踊または劇のことでもあります。
面だけをさす場合、Tapel(タプル)と呼ぶこともあります。
UBUDのプリ・サレンや、その他あちこちで毎晩行なわれているガムランの公演でもよく踊られているので
みなさんもきっと観たことがあるでしょう。
そして、なんと言ってもトペンは、バリの儀礼には欠かせないものでもあるのです。
中でもTopeng Pajegan(Topeng Sida Karyaとも言う)と呼ばれるものは、
ひとり(ふたりの場合もある)の踊り手が次々にトペンを付け替え、
それぞれの面の性格を巧みに表現するという、超ウルトラのワザが必要なトペン劇。
寺院のオダランや大きな儀礼で、プダンド(高僧)による祈りとともに奉納されるものです。
この踊り手はそんじょそこらの素人ではやらせてもらえず、他の村からその道のプロ(?)を招いて踊ってもらうことも
少なくありません。パジェガンのストーリーは、ババッドと呼ばれるバリの昔々の王朝史を題材にしたものが多く、
いくつものパターンがあります。ひとつ例を挙げると、こんな順番で登場します。
1.トペン・クラス(荒々しい型の面。パテー=大臣)
2.トペン・トゥオ(老人をあらわす面)
3.プナサール(口から上だけの半面。道化役)
4.アルソ・ウィジャヨ(通称トペン・ダラムと呼ばれる王様役)
5.ボンドレス(おとぼけ役の民衆の面。いろいろ種類がある)
6.プダンド(高僧の面。高いかぶりものが特徴)などなど。ストーリーによって使われる面が変わります。
7.シド・カルヨ(最後は必ずこれで〆ます。儀礼がつつがなく、無事に終わるように願って踊られる、要となる面)
プダンドが鈴を鳴らしはじめ、マントラを唱えはじめると同時にトペンが始まり、
プダンドの祈りが終わると同時に最後のシド・カルヨが終わらなければなりません。
このパジェガンの舞台裏(ただ踊りの道具を置いた場所)には演者の手伝いをするアシスタントが必ずいて、
演者が次に付ける面や冠りものを完璧にスタンバイしています。
そして、ひとつのトペンを踊り終わった演者は、観客に背を向けたその瞬間から、超早ワザで次のトペンと冠りものに付け替え、
手鏡を見て被り具合を素早くチェックをしながら、もう次の面のセリフを唄いはじめるのです。
正面からふつうに観ていると、その変わり身のすばやさはとてもひとりの演者が面を付け替えただけのようには見えません。
ただ面が変わっただけでなく、立ち振る舞い、歩き方、しゃべり方、声、クセまで、要するに人格が変わるのです。
それも一瞬のうちに。
あるバリ人の踊り手に、日本の面(ひょっとこ)をつけたらどんな踊りになるか、試してもらったことがあります。
彼はまず手のひらに面を持ち、顔と突き合わせ、長いことその面をながめていました。
次に手でその面を少しずつ動かしはじめました。
「このトペンはどんな性格なのか、どんなクセを持ったヤツなのか、どんなふうに歩いて、どんなふうにしゃべるのか、
それがわかってくるまで、こうやって長い長い時間、見つめ合うんだ。そうすると自然に動き出すんだ」。
そして、踊る時は、自分自身がそのトペンになりきるのだそうです。
みなさんは、トペンの表情が変わるのを見たことがありますか?
本当に上手なトペンの踊り手は、少し動いただけで、変わるはずのない面の表情を変えてしまいます。
そう、少しニッと笑ったり、驚いて目を見開いたり。
あるオダランでトペン・トゥオを観ていた日本人のご婦人が
「まあ、あの人、よくあんな長いあいだ、まばたきをしないでいられるわね」と言っていたそうです。
きっと演者も面も素晴らしかったのでしょう。
バリの舞踊を語る時、よく「タクス」という言葉が出ます。簡単に訳すとカリスマとか魂とかの意味合いですが、
トペンの踊り手にタクスがないと、面は生きてこないのだそうです。
そしてトペンの演者は、セリフ達者でなければなりません。
バリの王朝史とその中に登場する人物、エピソードなどすべて暗記しているのだそうです。
パジェガンほど儀礼色が強くありませんが、よくオダランの催し物で観ることができるのが、Pelembonというトペン喜劇。
これは3~5人のトペン演者とアルジョ・プレンボンという、トペンをつけない女性の役者が何人か登場するものです。
これも、トペン・クラス、トペン・トゥアなどから始まって、プナサール、ボンドレスなどが続いてあらわれます。
クラスやトゥオ、アルソ・ウィジャヨなどは踊りだけですが、劇のストーリー展開に入ると、プナサール、ボンドレスなど
セリフが入るトペンが登場して物語が始まるのです。
特に道化役のプナサールは、王朝史を題材にしたストーリーの筋の中に、その時節の時事問題、世間話、政治問題などを
うまく取り入れては、おもしろおかしく皮肉ったり、ギャグを飛ばしたり、時には下ネタも入れたりなんかして、
観衆を大爆笑させます。道化役の掛け合いのセリフなどは、すべてアドリブ。
話の本筋をちゃんと押さえながら、いかに観衆を飽きさせず、舞台に惹きつけるかは演者の技量にかかっています。
そのハラハラさせるような演者のやりとりや、時代に沿った話題の取り入れ方が
昔から常にトペンを新鮮に、かつ人気ものにさせてきた大きな要素といえるのです。
山あいの田舎の小さな村のオダランで、初めてじっくりとトペンを観た時の興奮は忘れられません。
寺院の境内の片隅にランセイ(幕)が張られ、いくつかの裸電球が上から吊るされただけのスペース。
煽るような力強いガムランのメロディーがしばらく続いたあと、
ランセイの真ん中を踊り手が裏から指でつまんだ時から踊りは始まっていました。
ランセイを裏からつまんでふるわせているのですが、そのかすかなランセイの動きに合わせて、
すでにクンダン(太鼓)はアクセント(バリ語でアンサルといいます)を入れ始めています。
そうやって観衆をわくわくさせたあと、ゆっくり、少しずつ少しずつ、焦らせるように、もったいぶったように、
ランセイの真ん中からトペンをつけた演者があらわれたとたん、その場の空気が変わったのがわかりました。
まるで古代の王朝時代にタイムスリップしたかのようでした。
私はもう、その場に釘づけでした。トペンの顔が生きているように見えたのです。
全身に鳥肌を立てながら観たのを今でも覚えています。
みなさんも機会があったらトペンをじっくり観て、バリ舞踊の真髄の醍醐味をあじわってください。
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上のリンク先に出てくるトペンのスナップは、亡くなったお義父ちゃんです。
それぞれまるで別の人になっているでしょう?
地味だけど、滋味たっぷりのトペン。一度味わうとクセになるんです。
さてさて、余談ですが
先日12月2日に、九つのバリ舞踊が正式にユネスコの世界無形文化遺産に認定されたそうです。
Barong Ket
Joged Bungbung
Legong Kraton
Drama Tari Wayang Wong
Drama Tari Gambuh
Topeng Sidakarya
Baris Upacara
Sanghyang
Rejang
「アレが入らないでコレが入ってるってどういうこと?」とか「なんで九つ?」とか
いろいろツッコミたくなりますねえ。
バリの某ニュース・サイトでは、
「Joged Bungbungの中には、まったく酷いジョゲッもあるから、
文化遺産の名に恥じないよう、これから厳しく管理していかなければ」
なんて書いてあったりします。
酷いジョゲッ(むちゃくちゃエッチなの)はYouTubeにいろいろ上がってますけどね、
凄いですよ〜(笑)。
今日の大阪民博のワークショップは無事に済んだようで
明日はいよいよ公演です。
成功を祈る!