『誰の死体?』 従僕に向いている人物・バンター

本日の召使 :マーヴィン・バンター (従僕)
『誰の死体?』(原題Whose Body?1923)ドロシー・L・セイヤーズ著 浅羽莢子訳 創元推理文庫(1999)より
最近はジーヴスをはじめ、魅力的な従僕やバトラーとの出会いが続いてまして、
うれしい限りです。(忍び笑い)

誰の死体?
本日の従僕、バンターもなかなかの人物です。
彼は、イギリスの公爵・アマチュア探偵のピーター卿に仕えております。



物語がはじまって間もなく、バンターはピーター卿から呼びつけられます。

「バンター!」
「はい、御前」

本を持ったままひっくり返ってしまった。御前って…。(水戸黄門?)

原文はどうなっているのでしょう。
おそらく“Yes, Lord.”だと思うのですが。

訳者あとがきを読むと、やはり敬称の訳し方には苦労されたようです。
あきらかに階級に差のあるサー(Sir) と ロード(Lord) だけならいいですが、
オノラブル(Honourable)といった“優遇爵位”
(伯爵の次男以下、および下位の世襲貴族の子供に対する呼びかけ)もあるので、ややこしい。

さらにLadyへの呼びかけとなると、
どの階級貴族の奥さんを指して言っているのか、見分けるのが非常に難しい。

「Yes, Lady」

この受け答えだけだと、Sirの奥さんに言っているのか、
Lordの奥さんに言っているのか、どちらとも取れるのです。

執事や従僕たちは、これらの煩雑な敬称をとうぜん覚えていなくてはなりません。
ディナーのお出迎えに、ゲストの階級を呼び間違えたら大問題です。

この敬称の呼び方はとてもわかりにくいので、
また別の回をもうけて、改めて述べることとしましょう。

では、話をバンターのに戻ります。

 良き従僕は、名探偵のそばに

『誰の死体?』は推理小説です。
貴族探偵のピーター卿が主人公とくれば、
従僕の仕事は素人探偵のお手伝い、となります。
これはもう、お決まりのポジションといえるでしょう。

推理・冒険ものの小説などの、従僕が活躍するシーンで
「ああ、いいなぁ」と思うのは、
“従僕が従僕たるべき仕事をした”からこそ、
事件解決のカギが得られたときです。

主人を助けるためだからといって、スーパーマンになる必要はないのです。
いつもどおり“かゆいところに手がとどく”仕事をするだけで、
じゅうぶんなのです。

従僕バンターは、ただ良き従僕らしくあるからこそ、
ピーター卿の事件解決に役立っている。

主人のピーター卿みずからが、それを語っています。バンターへの賞賛として。
「得難い男だ――他の用事を言いつけられた時に、本来の仕事をやってからとは決して言わない。」

「値段のつけようもない男だよ、バンターは――カメラを持たせれば驚くほどの腕だし。不思議なのは、僕が風呂とか靴とか言う時、必ずその場にいることさ。写真の現像はいつしているのやら――たぶん眠りながらやってるんだな」
いいですね。これですよ、基本は。
ご主人はアラジンの魔法のランプを手に入れているのも同然です。
しかも願いごとは三つといわず、無制限だ。

 仕事の姿勢と普段の態度にギャップが少ない従僕

バンターは公私の顔がどちらもさほど変わらない,
あまりないタイプの従僕です。
仕事においての姿勢と、普段の態度にあまりギャップがないのですね。

召使いは、いくら階上でツンとすましてグラスの乗ったシルバートレイを掲げていても、
階下におりて召使い同士、主人の話をするとなれば、
自然と地が出て、その召使い個人の人柄があらわになるものです。
主人にかかわる噂をぺらぺら喋ったり、グチをこぼしたり――

バンターはそんなことはありません。
普段においても、ピーター卿の忠実なる従僕のままです。
たとえ、おそばについていない時でも。

しかし。
捜索に入った屋敷の召使い仲間と話すときは、「仲間の信頼をかち取るべく」わざと主人ピーター卿へのグチをこぼしたりします。本心に逆らって、“俗っぽい召使い”の演技をするのです。

なぜそんな演技をするのか?

くだけた態度を見せて屋敷の召使いたちを安心させ、
事件に関する情報を聞き出すのですためです。
事件解決に奔走するピーター卿に、価値ある情報を捧げるためです。

(裏の情報に通じている召使いたちが、雇い主側の貴族たちに「じつは…」なんて、腹を割って話したりはしませんからね。バンターだからこそ、出来る仕事なのです。)
「お大変なんですねえ、バンターさん」ぺミング夫人が心から言う。「卑しいですよ、あたしに言わせりゃ。警察の仕事なんて、紳士にふさわしい暇潰しとは言えませんよ。貴族さまならなおのこと」
「そのうえとにかく手間のかかるおかたでね」バンター氏は健気にも、雇い主の人格と自分の気持ちを大義名分のために犠牲にした。「お靴は部屋の隅に放りこんでおかれる、お召し物は床に掛けてあるってやつで――」(下線は筆者)
バンターの心をちくりと刺す場面です。
演技とはいえ、イヤな気持ちでしょうね。
敬愛する主人の悪口を言うのだもの。

わざわざ俗っぽい演技をしなくてはならないところからみると、
バンターは普段から“立派な従僕である”ことが、
本人にとってもいちばんベストな状態なのかもしれません。
もともとが、従僕に向いている人なのでしょう。

バンターがいかに従僕にふさわしい人格であるかは、つぎの引用でも明らかです。
情報収集の結果を記したピーター卿宛ての、バンターの手紙の一部分です。

僭越ながらこの場をお借りして、愚生が常々、お料理、お飲物およびお召し物に関する御前の高雅なご趣味に、ありがたく感服しておりますことを申し上げたく存じます。敢えて申し述べさせていただければ、御前の従僕兼執事を務めさせていただきますことは、喜びの域を超え――勉強なのでございます。
このような心からの感謝の言葉をよどみなく書けるのですから、
すばらしい方ですバンターは。いや、バンター氏は。
10頁にわたるこの手紙、読み応えあります。



さあ、バンター氏の召使評価です。

ああ、いいですね。
なかなかの高得点です。

お、相思相愛ではないですか。



ひかえめ 3
バンター氏が電話口に出ているときの声の描写。
躾の行き届いた使用人が電話を使う時特有の、あの押さえた、それでいてよく響く音程に高められている。
いいですねー。この程よいひかえめさが。基本です。

機転 3
人間観察の眼は主人のピーター卿をしのぐほど。
自分を俗人にしたてて相手の油断をさそうなど、高等な技を使います。

献身 5
第一次世界大戦下、ふたりは同じ軍隊でした。
少佐だったピーター卿に仕えるは、バンター軍曹。献身にも年季が入っています。

主人からの愛情 5
たびたびバンター賞賛を口にしています。そのいっぽうで、
「何だか時々、マーヴィン・バンターに遊ばれている気がする」
とひとりごちたりするところも、深い愛情が感じられます。

スタイル 3
バンター氏がどのような容姿なのか、書いてないんですよね、これが。
(さすがは従僕。いい味出していながら、端役扱いです)

しかしながら、ピーター卿がシミの付いたズボンを履いたまま
よその屋敷に出かけようとするのを
「そうは参りません。これを見過ごすようではお暇を出されてもしかたがございません」
と、断固とした態度で押しとどめるのをみると、
きっとご自分の服装なども気をつけていらっしゃることでしょう。
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