『シシリーは消えた』・従僕の美しいふくらはぎ

本日の召使 : スティーヴン(従僕) 小説『シシリーは消えた』より

今回は、めずらしいタイプの従僕です。
掘り出しモノ。


『シシリーは消えた』

このスティーヴン、
もともとは裕福な家柄でありまして、
ある日から突然、従僕という
「世俗の労働にはげむ」こととなります。

どうしてそんなハメになったのか、というと
ま、ありていに言えば、
遺産すべてを食いつぶしてしまったのですね。

で、就職活動
(初めての経験だったでしょうね。とうぜん)をした結果、
やっと手に入れた職が
由緒あるウィントリンガム・ホールの「従僕」だったワケです。

いままでは
従僕をつかう身であった自分が、従僕になる。
階上(upstairs)の住人が初めて知る、
階下(downstairs)の世界。

さすがは、もと身分いやしからぬ人物であるなぁ
と思わせる描写が満載です。

たとえばスティーヴンが初めて
従僕の制服に着替えた直後のシーン。

その十分後、くだんの若者はまるで仮装をしているかのような気持ちに見舞われ、ふくらはぎが自分の思っているように格好よく見えていればいいんだがと思いをめぐらしていた。
(注:太字は筆者)
このシーンがどうして
さすがは、もと身分いやしからぬ…と思わせるのかは、
のちに述べるとしまして―

そもそも、なぜスティーヴンはふくらはぎにこだわったのか?

それはふくらはぎは従僕の命だったから、です。


 評価の基準が “ふくらはぎの格好” だった従僕

『19世紀のロンドンはどんな匂いがしたのだろう』
(ダニエル・プール著 片岡信訳 青土社 1997)
には、こうあります。

一般的に召使は、その上司や主人が一世代ほど前に着ていたような服を「仕着せ」として着るようになった。

その出立ちは、奇抜なデザインの上着、ブリーチズ、ストッキング、それに髪粉というもので、十九世紀まで見かけられた。家族といっしょに正餐会や公の場に姿を見せることが多いという理由から、従僕は男性の召使のなかでもいちばん「人前に出しても恥ずかしくない」者と見なされていた。彼らの評価の基準となるのは、絹のストッキングを履いたときのふくらはぎの格好だったという。(太字は筆者)


『シシリーは消えた』の中では
スティーヴンがどのような制服を着ていたか、
詳しく説明はされていません。

もちろん、小説が出版された1927年当時の従僕の制服は、
上記に引用したの19世紀の時代のモノとは、
だいぶん様子が違っていたでしょう。

しかし、スティーヴンが勤めたウィントリンガム・ホールは、
400年以上前に建てられたという、
豪壮で広大なチューダー朝のお屋敷です。

「従僕の制服はブリーチズにストッキング」という
古いしきたりが続いていたのは
じゅうぶん考えられることです。

だからこそスティーヴンも、
「まるで仮装をしているかのような気持ち」になり、
普段ならズボンの陰にかくれている脚のラインが露わになったので、
自分の「ふくらはぎの格好」を気にしたのでしょう。

ふくらはぎの形しだいで、評価が決まってしまうとなると
この仕事で口を糊する従僕にとっては、
まさにふくらはぎは従僕の命です。

 どうせ従僕になるならば

くすりと笑わせてくれるのは、
「自分の思っているように格好よく見えていればいいんだが」
というところです。

従僕を評価する側=主人の視点でもって、
自分のふくらはぎを眺めているんですね。
ちょっとコスプレ感覚でもあります。

どうかなぁ、このふくらはぎ。
どーせならカッコいい従僕に見られたいよなぁ…なんて。

生活のかかっている仕事の制服だというのに。

余裕があるんですね。ガツガツしてない。
さすが、もと身分いやしからぬお方、
いやホント、おぼっちゃんです。

(「召使評価グラフ」は次回に持ちこし。従僕のふくらはぎネタも続きます)

■つづきの次回ブログはこちら↓
『シシリーは消えた』従僕の美しいふくらはぎ・続編

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コメント ( 3 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
美しいふくらはぎ (くろにゃんこ)
2005-09-19 10:45:59
こんなに、重要なことだったとは知りませんでした。

すごいです、びっくりです。

風俗に関心を持っていると、また違う面白みがあるんですね。

そんなわけで、大変参考になる記事ですので、勝手にリンクさせていただきました。

ヨロシク~!
 
 
 
はじめまして (りみ)
2005-10-17 10:20:00
18世紀の服飾「ブリーチズ」を探していてお邪魔しました。

従僕の条件には大笑いしてしまいました。

 顔より、ふくらはぎ重視ですか。

いや、いろいろ有るのですねぇ。

またお邪魔いたします。



 
 
 
ふくらはぎは… (countsheep99)
2005-10-20 08:50:12
奥が深いようです。



19世紀の作家サッカリーの小説にも、「ふくらはぎ云々」の描写がポツポツ登場します。

それが何ともさりげなく…というか、素っ気無いくらいあっさりと描かれているので、当時は従僕のふくらはぎの良し悪しは常識だったのかな、と考えてます。



と、いうわけで、このシリーズはまだまだ続きます。
 
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