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高野虎市さんを追って・その③

まだ続きます。高野虎市さんシリーズ③です。

過去のシリーズ・ブログはこちらで↓
高野虎市さんを追って・その②
高野虎市さんを追って・その①

チャップリンの右腕とも言える存在であった使用人・高野虎市さんが、チャップリンの三番目の妻との確執が原因で解雇を言い渡されたことは、前回ブログでお伝えしました。

今回は、チャップリンとチャップリン夫人、そして高野虎市さん――つまり、主人、夫人、使用人――このお三方の関係のもつれについて考えてみようと思います。

P.G.ウッドハウスが描く有名な執事キャラクター“ジーヴス”は、主人バーティが結婚しようと考えていると察知した時、独白でこんなことを言っています。
玄関に奥方が降り立たれた瞬間に、独身時代の執事などは裏口から退出するものなのでございます。

( 『それゆけ、ジーヴス』 「バーティ考えをあらためる」より)
主につくす「世話女房」は1人で十分、ということですね。
この不文律にそって考えると、チャップリンが奥方を迎えて高野さんが解雇されてしまったのも、ある意味とうぜんの成り行きだったかもしれません。

いや、しかしまてよ。
高野さんがチャップリンに仕えている間、チャップリンは3回結婚している。
1回目と2回目の結婚のときも、高野さんはチャップリンのそばにいたのです。
なぜ、3番目の奥方を迎えたときに限って、解雇となってしまったのか…?

解雇の直接の原因は、高野さんが3番目の妻ポーレット・ゴダードに「無駄遣いが多い」と注意したからと言われています。

ここからは私の想像になりますが――
解雇の原因が何だとしても、解雇へと至る流れを作ってしまったのは、高野さんと奥方の相性よりも、奥方とチャップリンの相性によるのかなぁ、と思うのです。

『チャップリン再入門』(以下、『再入門』)を参考に、1回目~3回目のチャップリンの結婚と離婚のあらましを要約してみます。

高野さんがチャップリンに仕えてから2年後の1918年、チャップリンはミルドレッド・ハリスと最初の結婚をします。
だが結婚は長く続かず、映画『キッド』の編集作業中にミルドレッドは離婚訴訟を起します。財産としてネガ・フィルムを差し押さえるために。
「ミルドレッドはそれほど聡明な女性ではなかったと言われているが、わざわざ編集作業中に訴訟を起したのはなかなかの策略家である。」(『再入門』)

二番目の妻リタ・グレイと結婚したのが1924年。
ふたりの子をもうけたが、この結婚も失敗に終わる。
「毎晩毎晩パーティーを開くのが好きなリタと、プライベートでは静かに過ごしたいチャップリンとでは性格が合わなかったようだ」(『再入門』)
リタは派手な離婚訴訟を起し、またチャップリンの私生活を暴露するなど、騒ぎは泥沼へと展開した。

そして3番目の妻ポーレット・ゴダードとの結婚は1936年。
「彼女自身が有能な女優だったため、この結婚はお互いを尊重しつつうまくいった。ポーレットが女優としていよいよ開花すると、二人がともに過ごす時間が持てなくなったということで、円満な離婚に至る。晩年に至るまで二人はよき友人であった。」(『再入門』)

こうして3人の妻の見比べてみると、1番目の妻ミルドレッドと2番目の妻リタは、チャップリンの奥方としては性格的に合わなかったんじゃないかなと思います。

映画制作に心血を注ぐチャップリンにとって必要なパートナーは、チャップリンの仕事を理解し、サポートしてくれる人でしょう。

チャップリンをサポートする技能にかけては、ミルドレットよりもリタよりも、高野さんの方が優れているのは明らかです。主人から全幅の信頼を得て身の回りのすべてをまかされた高野さんは運転手から経理、付き人、はたまた撮影所でのお手伝いまでこなす、スーパー執事です。娘っ子が割り込む隙などありゃしません。
2人の妻は映画作りに没頭する主人が理解できなかった。
チャップリンのそばに残ったのが2人の妻よりも高野さんのほうだったのも、むべなるかな。

しかしここで強敵が現れます。3番目の妻ポーレット・ゴダートです。
彼女自身、有能な女優であったポーレットは夫チャップリンの仕事をよく理解しています。離婚した後も晩年までよき友人であったこともその証明でしょう。

関係の上手く行っている主従の間に、主人の良き理解者である新たな妻が現れたら…?

高野さんには長年チャップリンに仕えてきた自負があるでしょう。主人のことを――どの奥方よりも――良く知っており、主人の助けとなっているのは自分であるとの誇り。
しかし雇われの身である以上、主人と同等の地位についた「女主人」にも、使用人は従わなくてはならないのです。たとえ女主人より有能で、主人の右腕だったとしても。

新しく女主人となったポーレットにしてみれば高野さんは「お金の使い道にまで口を出してくる厄介な使用人」であり、「なによこの人エラソーに、使用人のくせに」と怒っても不思議ではありません。

興味深いのは、高野さんにクビだと言ってしまった後の、チャップリンの行動です。

「何度か高野のもとを訪れては戻ってほしそうなそぶりを見せたそうだ」
(『再発見』)

チャップリンにとっても高野さんとの関係を「主人・女主人を頂点に、その下に使用人」といった通常の「ピラミッド型主従関係」と考えていなかったように感じられます。どちらかと言うと、ちょうど嫁と姑の間にはさまれて困っているだんなさんのような…。

「嫁と姑が同じ台所に立つと不和が起こる」と言います。
家庭の平和を取り戻すなら、一家の主はどちらかを選ばねばなりません。

高野さんが解雇されるに至るまで、チャップリンと妻ポーレツト、そして高野さんの間に実際にどんな心理的やりとりがあったかは、もちろん分かりません。
高野さんは多くを語らずに、逝ってしまったのですから。

ただ、高野さんがチャップリンについて残した数少ない貴重な言葉、
「あのときに、チャップリンはポーレットのほうをとった」(『再発見』)
この台詞が頭の中を駆け巡ると、新参者の奥方にその座を奪われた、有能なる古参の使用人の悔しさ――が、私の鼻の奥をツーンと刺すのです。

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