桜と鯛と侍従

ちょうど桜の季節ですので、桜にまつわる召使の小噺をひとつ。

頃は江戸時代。とある武家屋敷。
殿様が夕餉の座に着くと、今晩のおかずはお頭つきの鯛の塩焼き。

「魚の王様・鯛」
といったって、口の肥えてる殿様にとっては食べ慣れたもの。
それに上つ方ってぇのは、ガツガツ喰ったりしないもんなんですな。
庶民のように骨までしゃぶったりせず、
たいてい魚の片側に箸を二三くち付けて、
おっとりと「もぉ、よい」なんてんで、下げさせてしまう。

ところがある日、その日獲れた鯛がよっぽど美味かったのか、
殿様、箸を二三くち付けたあと、
「替わりを持て」
と言い出した。

さて困ったのは侍従。
いつも形だけ箸をつける殿様だから、替わりの鯛なぞ用意していない。
とっさに機転を利かせた侍従は、

「殿、庭をご覧下さい。桜の花が満開でございます。」

殿様が庭を見たすきに、鯛をくるりとひっくり返した。

「桜も良いが、鯛はどうした。おお、もう用意ができたか。」

殿様、上機嫌で箸を運びます。
しかしまたもや二三口で「替わりを持て。」

さあ、窮地に追い込まれた侍従。
もう一度ひっくり返せば、さっき殿様がほじくった跡が見えてしまう。
かといって屋敷にあるのは、この目の前の鯛だけ。
困りに困ってもじもじしていると、殿様、
「どうした。また、桜を見ようか。」


…美しい主従関係ですなぁ。うん。いとおしい噺です。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« そもそもは、... 使用人の手 »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。