月の岩戸

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メンケント

2013-05-03 07:13:31 | 詩集・瑠璃の籠

いつものように
わたしが小部屋で書き物をしていると
ふとヒマラヤ杉のような
すがすがしい香りを感じて
わたしは小窓を振り向いた
するとやはりそこに星がいた

星はわたしをしばし懐かしそうに見つめていたが
その瞳はやさしくも悲しみに満ちていた
わたしも少し悲しみを感じた
今のわたしの姿や真実が
たくさんの星を悲しませることを
わたしはもう知っていた

あなたがここまでぼろぼろになっても
人間は何もやらないのですね

星は静かなため息とともに言った
わたしはちょっと困ったように笑みを返して言った
そうとも限りません
今は大変な時代ですから
人間もなかなか動けない
人間は今 自分を縛っている鎖をほどくのに
とても苦労をしているのでしょう

すると星はかぶりをふりつつ言った
あなたはほんとうに いつもやさしい

星はメンケントだと名乗った
これから 人間として地上に生まれるために
地球のある女性の胎に入りに行くのだと言う
わたしは驚いて目を見開いた
そして思いもしない涙があふれた
何かを言おうとしたが ことばが出ない
星は笑って わたしに心配をするなと言った

あなたのおかげで
だいぶわたしたちが地上で生きることが
楽になりそうです
わたしも このたびの人生は
あなたのように 詩人として生きる予定です

わたしはメンケントの微笑みに少し安堵を感じつつ言った
ああ それは確かに
あなたは すばらしい詩人でいらっしゃる

ええ わたしもあなたのように
言葉を操るのが好きだ
あなたとは少し違いますが

ええ そうでしょうとも
詩の言葉はそれぞれに皆違う
わたしは小さな言葉を
こつこつと積み重ねて書くのが好きだが
あなたは

ええ まるで違います
とメンケントは言うと
ひとくさりの言葉をわたしの前に描いてくれた

青い髪をなびかせた彗星にのり
白い炎の鹿が地上にやってくる

少し時間があいたので
わたしはメンケントを見つめながら
引き込まれるようにその言葉に続いた

わたしは蛍をまといながら
野を歩いていて その彗星と出会った
すると彗星と見えたものは
実は五十本の腕を持つ
光る蛸であった

ほう? 蛸ですか
とメンケントは微笑みながら言った
なぜ蛸なのです?

わたしは答えた
ええ なぜか
わたしは あなたには
五十本も腕があるような気がしたので

わたしが言うと メンケントは目を見開いて
意味ありげに 少しいたずらっぽい笑顔を見せた

メンケントは小さな箱をわたしにくれた
そして では またいずれお会いしましょう
と言って 小窓から出て行った

あの方が 地上に生まれてくれるのだなあ
そう思うと わたしはとてもうれしくなった
きっと人間のために よいことをたくさんしてくれるだろう

箱を開けてみると
そこには透明なガラスでできた
蛸の形をした文鎮があった

文鎮を机の上に置くと
それはかすかな潮騒に似た声をだし
しばし 小部屋の中を海の匂いが漂った

ああ あの人は
海辺の町に
生まれに行ったのだ

わたしは なんとなくそう思った

メンケント やさしき拳の天使



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1 コメント

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絵の解説 (てんこ)
2013-05-03 07:17:35
サンドロ・ボッティチェリ、「受胎告知」部分、15世紀イタリア、初期ルネサンス。

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