港町のカフェテリア 『Sentimiento-Cinema』


献立は…  
シネマ・ポップス…ときどきイラスト

『2月1日』

2019-01-31 17:32:11 | 明日は誰の日

【誕生日】

☆ジョン・フォード John Ford (1894.2.01~1973.8.31)



アイルランド系移民の子として生まれ、長編映画が主流になった頃に男性的な西部劇で名声を得た映画監督です。
1923年に西部劇に開拓要素を加えた『アイアン・ホース』がヒットして存在価値を示し、1935年の『男の敵』では
アイルランド独立運動をテーマとしてその演出力を高く評価されました。
1939年の『駅馬車』、1946年の『荒野の決闘』と西部劇を代表する作品を発表し、さらに『黄色いリボン』などの
騎兵隊三部作で西部劇の父と呼ばれるようになりました。
一方、1940年頃には『怒りの葡萄』『タバコ・ロード』などの告発的なドラマにも取り組み、『わが谷は緑なりき』では
炭坑町を舞台に男の生きる姿を鮮烈に描いています。
残念ながら、1950年代に入ると徐々に精彩が失われていき凡作を重ねてありきたりの映画作家となってしまいました。
彼の一般的なイメージとしては、男性的なナショナリストなのですが、個人的には男尊女卑で粗暴なイメージが強く
ジョン・ウエイン共々私の好みではありません。

【主要監督作品】
1923年『アイアン・ホース』 The Iron Horse
1934年『肉弾鬼中隊』 The Lost Patrol
1935年『男の敵』 The Informer
1937年『ハリケーン』 The Hurricane
1939年『駅馬車』 Stagecoach

1940年『怒りの葡萄』 The Grapes of Wrath

1940年『果てなき航路』The Long Voyage Home
1941年『タバコ・ロード』Tobacco Road
1941年『わが谷は緑なりき』How Green Was My Valley
1945年『コレヒドール戦記』They Were Expendable
1946年『荒野の決闘』My Darling Clementine

1947年『逃亡者』The Fugitive
1948年『アパッチ砦』Fort Apache
1948年『三人の名付親』 Three Godfathers 
1949年『黄色いリボン』 She Wore a Yellow Ribbon

1950年『リオ・グランデの砦』 Rio Grande
1952年『静かなる男』 The Quiet Man
1953年『太陽は光り輝く』The Sun Shines Bright
1953年『モガンボ』Mogambo

1955年『長い灰色の線』The Long Grey Line
1955年『ミスタア・ロバーツ』Mister Roberts
1956年『捜索者』The Searchers
1959年『騎兵隊』The Horse Soldiers
1960年『バファロー大隊』 Sergeant Rutledge
1961年『馬上の二人』Two Rode Together 
1962年『西部開拓史』How the West Was Won
1962年『リバティ・バランスを射った男』The Man Who Shot Liberty Valance

1963年『ドノバン珊瑚礁』Donovan's Reef
1964年『シャイアン』 Cheyenne Autumn 
1966年『荒野の女たち』 Cheyenne Autumn 


☆クラーク・ゲイブル Clark Gable (1901.2.01~1960.11.16)



1930年代からキングと呼ばれてハリウッドに君臨した人気男優です。
ドイツ移民の子として生まれ、劇団に憧れて地方巡業の果てにハリウッドで端役として活動を始めましたが大役には
ありつけず、挫折してニューヨークで舞台に専念することになります。そこで社交界の花形リア・ランハムと出会い、
彼女の助力で再びハリウッドに戻ってスクリーン・テストを受け、1931年に『惨劇の砂漠』で準主役としてデビューし
ひときわ目立つ親しみやすい風貌で女性ファンの心をつかみ、一気にスター・ダムに昇り詰めました。1939年には
『風と共に去りぬ』で押しも押されもせぬ大スターの地位を得てキングの敬称を授かることになりました。

【主要出演作品】
1931年『夜の看護婦』 Night Nurse
1932年『紅塵』Red Dust
1933年『ホワイト・シスター』The White Sister
1934年『或る夜の出来事』It Happened One Night

1935年『戦艦バウンティ号の叛乱』Mutiny on the Bounty
1936年『妻と女秘書』Wife vs. Secretary
1936年『桑港』San Francisco
1939年『風と共に去りぬ』Gone with the Wind
1953年『モガンボ』Mogambo
1958年『深く静かに潜航せよ 』Run Silent Run Deep
1958年『先生のお気に入り』Teacher's Pet
1960年『ナポリ湾』It Started in Naples
1961年『荒馬と女』The Misfits



【ご命日】

★アレッサンドロ・ブラゼッテイ Alessandro Blasetti (1900.7.03~1987.2.01)



第二次大戦前後にイタリア映画の改革を唱え、ネオ・リアリズムの先駆者となったイタリアの映画監督。
主要監督作品として『雲の中の散歩』『ファビオラ』『懐かしの日々』『ヨーロッパの夜』などがある。


★バスター・キートン Buster Keaton (1895.10.04~1966.2.01)



サイレント時代のドタバタ喜劇の全盛期にチャップリン、ロイドと共に三大喜劇王といわれた喜劇役者。
主要出演作品として『キートンの鍛冶屋』『荒武者キートン』『キートン将軍』などがある。


★マクシミリアン・シェル Maximilian Schell (1930.12.08~2014.2.01)



オーストリア生まれ、女優マリア・シェルの実弟で、超インテリ俳優、映画監督。
主要出演作品として『若き獅子たち』『ニュールンベルグ裁判』『アルトナ』『トプカピ』などがある。


『1月31日』

2019-01-30 17:32:29 | 明日は誰の日

【誕生日】

☆ジーン・シモンズ Jean Simmons (1929.1.31~2010.1.22)



1948年の映画『ハムレット』の主演で一躍脚光、特に歴史劇にその魅力を発揮した英国人女優です。
13歳で子役として映画デビュー、数本の映画出演の後に1948年の『ハムレット』のオフェリア役で見事に開花し、
ヴィヴィアン・リーの再来ともてはやされました。その後ハリウッドに渡り、正統派イギリス美人女優として人気を集め
歴史劇などに出演し、また1958年の『大いなる西部』や1960年の『エルマー・ガントリー』などで幅広い役どころで
活躍していましたが、スチュアート・グレンジャーと離婚してリチャード・ブルックス監督と再婚したのを機に
重要な役どころが回ってこなくなってしまいました。

【主要出演作品】
1945年『シーザーとクレオパトラ』 Caesar and Cleopatra
1946年『大いなる遺産 』 Great Expectations
1947年『黒水仙』 Black Narcissus
1948年『ハムレット 』 Hamlet

1953年『聖衣』 The Robe
1954年『デジレ』 Désirée
1955年『野郎どもと女たち』 Guys and Dolls
1958年『大いなる西部』 The Big Country

1960年『スパルタカス 』 Spartacus
1960年『エルマー・ガントリー』 Elmer Gantry



☆スザンヌ・プレシェット Suzanne Pleshette (1937.1.31~2008.1.19)



俳優研修所で演技を学び、TV・舞台経て映画に進出、『恋愛専科』で一躍スターとなった美人女優です。
ニューヨークに生まれて女優を志していた頃にTVの『プレイハウス90』に出演、次いでブロードウェイの『奇跡の人』の
舞台で認められて1958年にジェリー・ルイスの『底抜け慰問屋行ったり来たり』で映画デビューを果たしました。
1962年には『恋愛専科』が大当たりして一躍人気女優の仲間入りし、その容貌からエリザベス・テイラー2世として
大いに期待されたのですが、残念ながら作品に恵まれず大きく開花することはありませんでした。

【主要出演作品】
1962年『恋愛専科』 Lovers Must Learn

1962年『40ポンドのトラブル』 40 Pounds of Trouble
1963年『鳥』 The Birds

1964年『遠い喇叭』 A Distant Trumpet
1964年『不時着』Fate Is the Hunter
1965年『生きる情熱』A Rage to Live
1966年『ネバダ・スミス』Nevada Smith

1969年『火曜日ならベルギーよ』If It's Tuesday, This Must Be Belgium


☆ダニエラ・ビアンキ Daniela Bianchi (1942.1.31~ )



1960年の準ミス・ユニバースでモデルから映画界入りした斜視が魅力的なイタリアの女優です。
ファッション・モデルをする傍らフランスやソ連で映画に出演するようになり、64年には『007 危機一発』で念願の
主役を張り、一躍人気スターになりました。しかし、流暢な英語を話せないのが災いして英語圏の映画から声がかかる
こともなく、一瞬の輝きで映画人生を終わることになってしまいました。

【主要出演作品】
1964年『007 危機一発』 From Russia with Love

1965年『虎は新鮮な肉を好む』 Le Tiger Aime la Chair Eraiche
1967年『必殺の歓び』 Requiem Per Un Agente Segreto
1968年『アルデンヌの戦い』 The Dirty Heroes


【ご命日】

★フロリンド・サッソーネ Florindo Sassone (1912.1.12~1982.1.31)



少年時代から天才ヴアイオリニストと称されたアルゼンチン・タンゴのマエストロです。
詳細は弊ブログの『1月12日』をご覧ください。


★イヴ・アレグレ Yves Allegret (1905.10.13~1987.1.31)



1930年から長手下積みの末にノワール系の作品群で存在感を出したフランスの映画監督。
主要監督作品として『デデという娼婦』『奇蹟は一度しか起こらない 』『七つの大罪』『狂熱の孤独』などがある。


『1月30日』

2019-01-29 16:49:39 | 明日は誰の日

【誕生日】

☆ホセ・バッソ José Basso (1919.1.30~1993.8.14)



幼少期にピアノを習い九歳の時には素人の四重奏団を率いていたというアルゼンチン・タンゴのマエストロです。
1934年で主に編曲などを担当していましたが、1937年にホセ・ティネリのオルケスタに迎えられたのが実質的なデビューで
1944年にアニバル・トロイロ楽団で頭角を現わしました。やがて1947年に念願の独立を果たし、1950年代にはオデオンの
人気No.1楽団へと昇り詰めていきました。
演奏スタイルはデ・カロを受け継ぐトロイロ風ともいわれているようですが、どちらかといえば、枯れた演奏というよりも
華麗さを意識した表現でいわゆる大衆的な演奏家でもありました。
彼を代表する演奏は数多いのですがとりあえずは有名どころをピックアップしておきます。

↓はホセ・バッソ楽団の『ラ・クンパルシータ』【YOUTUBEより】 


↓はホセ・バッソ楽団の『ジーラ・ジーラ』【YOUTUBEより】 


↓はホセ・バッソ楽団の『アディオス・ムチャーチョス』【YOUTUBEより】 


↓はホセ・バッソ楽団の『ガウチョの嘆き』【YOUTUBEより】 



☆マイケル・アンダーソン Michael Anderson (1920.1.30~2018.4.25)



1950年代から英国の伝統的な冒険劇やミステリーなど娯楽映画で手腕を発揮したイギリスの映画監督です。
俳優ローレンス・アンダーソンの子息として生まれたため俳優を目指していましたが、やがて制作側に興味を持ち始め
デヴィッド・リーンやキャロル・リードなどの作品の編集に従事し、1953年に『暁の出撃』で念願の監督デビューを
果たしました。この映画は英国空軍のPRとなりイギリスで大ヒットとなり、これによってアメリカのマイケル・トッドの
目にとまり1956年には『八十日間世界一周』を任されて大型娯楽映画の監督として大いなる評価を得ました。
その後も活劇やミステリーを撮り続けましたが残念ながら娯楽映画の域を出ることはありませんでした。

【主要監督作品】
1953年『暁の出撃』 The Dam Busters
1956年『八十日間世界一周』 Around the World in 80 Days

1960年『夜が泣いている』  All the Fine Young Carnibals
1961年『六年目の疑惑』  The Naked Edge
1964年『あしやからの飛行』   Flight from Ashiya
"1964年『ムッシュ・コニャック』  Wild and Wonderful"
1966年『さらばベルリンの灯』  The Quiller Memorandum



☆エルザ・マルティネリ Elsa Martinelli (1935.1.30~2017.7.08)



ファッション・モデルから映画界入り、イタリアをはじめ欧米で活躍したイタリア人女優です。
苦学生だった16歳のときにファッション・デザイナーに見出されてモデルになり『ヴォーグ』『ライフ』などの表紙を
飾るようになりました。1953年にアメリカでファッション・ショーに出演しているときにカーク・ダグラスに推薦されて
『赤い砦』で映画デビュー、その後もイタリアだけでなく仏・英・独・米などの映画に出演して国際スターになりました。

【主要出演作品】
1956年『水田地帯』 La Risaia
1959年『狂った夜』 La Notte Brava
1960年『危険なデイト』 I Piaceri Del Sabato Notte
1960年『血とバラ』Et Mourir De Plaisir
1960年『ローマの恋』Un Amore A Roma

1962年『ハタリ!』 Hatari!

1962年『審判』 Le Procès
1962年『ローマを占領した鳩』The Pigeon That Took Rome
1963年『予期せぬ出来事』The V.I.P.s
1963年『ランページ』 Rampage
1966年『イタリア式愛のテクニック』 Come Imparai Ad Amare Le Donne
1967年『愛すべき女・女たち』 Lu Plus Vieux Metier du Monde
1967年『女と女と女たち』 Woman Times Seven
1967年『恋のマノン』 Manon 70
1969年『火曜日ならベルギーよ』 If It's Tuesday, This Must Be Belgium
1969年『カトマンズの恋人』 Les Chemins De Katmandou


☆ジャクリーヌ・フランソワ Jacqueline Francois (1922.1.30~2009.3.07)



第二次世界大戦後に花開いたフランスを代表する偉大なシャンソン歌手です。
1945年に歌手デビューし、1947年の『春の如く』(C'est Le Printemps)でフランス・ディスク大賞を獲得、翌年の映画
『巴里の醜聞』では主題歌で彼女の代名詞となった『パリのお嬢さん』(Mademoiselle De Paris)が世界的にも大ヒット、
二度目のフランス・ディスク大賞に輝きました。この曲は後年の1955年制作の映画『水色の夜会服』でも主題歌として
取り上げられてリヴァイヴァル・ヒットしています。また『水色の夜会服』では、シャンソンというよりもバイヨンのような
リズムのフランス産のラテン・ナンバー『ポルトガルの洗濯女』が唄われ、この曲も世界的に大ヒットし同年のフランス・
ディスク大賞を獲得しています。
ジャクリーヌはヒット曲と共に『ラ・メール』『枯葉』『巴里の空の下』『小さな花』『愛の讃歌』『パダム・パダム』
『バラ色の人生』など数多くのシャンソンをカヴァー、さらには他国の『イパネマの娘』『ホワイト・クリスマス』
『ケ・セラ・セラ』『テイク・ファイヴ』『スマイル』などもフランス語で唄って国際的にも活躍していました。

↓はジャクリーヌ・フランソワの『パリのお嬢さん』【YOUTUBEより】 


↓はジャクリーヌ・フランソワの『ポルトガルの洗濯女』【YOUTUBEより】 


↓はジャクリーヌ・フランソワの『私の心はバイオリン』【YOUTUBEより】 



☆ロイ・エルドリッジ Roy Eldridge (1911.1.30~1989.2.26)



ピッツバーグ生まれのアフリカ系米国人で "リトル・ジャズ"の愛称を持つジャズ・トランペッターです。
素人時代にドラマーの兄ジョーの影響でピアニストからトランペッターに転身、人種差別に苦しみながらもジャズ・バンドを
転々としましたが、リズミックなスイングを武器に、1935年にビリー・ホリデイと共演、さらにベニー・グッドマン、
ジーン・クルーパ、ディジー・ガレスピー、オスカー・ピーターソンなどとも共演して一躍名をあげました。
ラジオ関西の電話リクエストのオープニング・テーマ曲『スターダスト』は関西の洋楽ファンにとってはどんな優れた
名曲よりも忘れることができない珠玉の逸品となっています。

↓はロイ・エルドリッジの『スターダスト』【YOUTUBEより】 



☆ホルスト・ヤンコフスキー Horst Jankowski (1936.1.30~1998.6.29)



ベルリンで生まれのジャズ・ピアニストです。
ヤンコフスキーはベルリン音楽コンサバトリーで学び、1950年代にドイツでジャズを演奏し、カテリーナ・ヴァレンテの
バンドリーダーを務めました。
1965年には、小洒落たアドリブによるピアノと軽やかなストリングスのアンサンブルがとても絶妙な『森を歩こう』を
自作自演し、ゴールドディスクになっています。
1970年代にはポップとロックヒットのカバーを含むジャズの演奏を中心に、イージーリスニング音楽を作曲していた
ようですが、残念ながら日本では話題になっていないようです。

↓はホルスト・ヤンコフスキー楽団の『森を歩こう』【YOUTUBEより】 




【ご命日】

★ジョン・バリー John Barry (1933.11.03~2011.1.30)



映画『007』シリーズの主題歌で一世を風靡したイギリスの映画音楽家。
主要出演作品として『007は殺しの番号』『007危機一発』『野生のエルザ』『さらばベルリンの灯』などがある。


★ダミア Damia (1889.12.05~1978.1.30)



『暗い日曜日』に代表される孤独や絶望をテーマにした謎多き現実派シャンソン歌手。
代表的な歌唱として『暗い日曜日』『人の気も知らないで』『かもめ』などがある。


『1月29日』

2019-01-28 16:01:11 | 明日は誰の日

【誕生日】

☆ エルンスト・ルビッチ Ernst Lubitsch (1892.1.29~1947.11.30)



ベルリン生まれのロシア系ユダヤ人で、無声時代のドイツ映画を世界に知らしめ、ハリウッドに渡ってからは洒脱な
ソフィスティケトされた作品群によって成功を収めたドイツ人映画監督です。
子供のころから喜劇に興味を持ち寄席に出入りしていましたが、19歳の時にマックス・ラインハルト監督の映画に出演して
映画の魅力に憑りつかれて喜劇俳優として映画界入りし、やがて脚本、短編映画の監督などの機会が増えていきました。
1918年には初の長尺ものでポーラ・ネグリ主演の『呪の眼』を監督、続く『カルメン』『パッション』『寵姫ズムルン』
などが大当たり、史劇的で重厚なだけでなくエロティシズムと洒脱味を香らせる演出でドイツ・ウーファーを代表する
監督になりました。
これらが当時嫌独感の強かったアメリカで大いに受け入れられるとハリウッドに招かれて、W.B.で1924年の『結婚哲学』を
監督、上流社会の男女の機微をソフトケイト・タッチで艶笑味を加味して描き、風俗喜劇の一時代を築くことになります。
やがてトーキー時代に入ると、『ラヴ・パレイド』『陽気な中尉さん』によって大胆に音楽の取り入れたシネ・オペレッタ
の世界を創造して以後のミュージカル映画に大きな影響を与えました。
その後、ナチス・ドイツの迫害を逃れるためにアメリカに永住し、洗練されたソフィスティケイテッド・コメディ作品群を
監督しましたが1947年に心臓発作で帰らぬ人となりました。

【主要出演作品】
1918年『呪の眼』  Die Augen der Mumie Ma
1918年『カルメン』   Carmen

1919年『牡蠣の王女』  Die Austernprinzessin
1919年『パッション』  Die Austernprinzessin
1919年『花嫁人形』   Die Puppe
1920年『山猫ルシカ』 Die Bergkatze
1920年『寵姫ズムルン』 Sumurun
1924年『結婚哲学』 The Marriage Circle

1925年『ウィンダミア夫人の扇』  Lady Windermere's Fan

1927年『思ひ出』   The Student Prince in Old Heidelberg
1929年『ラヴ・パレイド』 The Love Parade
1931年『陽気な中尉さん』 The Smiling Lieutenant
1932年『極楽特急』  Trouble in Paradise

1932年『私の殺した男』  Broken Lullaby

1933年『生活の設計』  Design for Living 
1934年『メリィ・ウィドウ』  The Merry Widow 
1937年『天使』  Angel 

1938年『青髭八人目の妻』  Bluebeard's Eighth Wife
1939年『ニノチカ』  Ninotchka

1940年『桃色の店』  The Shop Around the Corner
1941年『小間使』  Cluny Brown

1950~60年代にソフィスティケイテッド・コメディの名手と言われたビリー・ワイルダー監督もルビッチを我が師として
尊敬しており、『アパートの鍵貸します』においてもルビッチ・タッチが強く浮き出ていましたね。


☆ ヴィクター・マチュア Victor Mature (1913.1.29~1999.8.04)



Hank(肉のかたまり)とあだ名され、その肉体美を武器に史劇などで活躍したハリウッド男優です。
1939年に舞台に立っていたところをプロデューサー兼監督のハル・ローチに見出されて映画界入りし、1940年に同監督の
『紀元前百万年』に出演して脚光を浴びました。戦後ジョン・フォード監督の『荒野の決闘』でドク・ホリデイ役を演じ
ましたが、史劇『サムソンとデリラ』で肉体派に逆戻りしてその魅力を発揮したものの、年齢的な衰えには勝てなくなり
ハリウッドからヨーロッパに移り傍役・端役に甘んじてしまいました。

【主要出演作品】
1940年『紀元前百万年』 One Million Years B.C.
1946年『荒野の決闘』 My Darling Clementine
1949年『サムソンとデリラ』 Samson and Delilah

1953年『バグダッドの黄金』 The Veils of Bagdad
1953年『聖衣』 The Robe
1954年『エジプト人』The Egyptian
1956年『熱砂の舞』 Zarak


☆ キャサリン・ロス Katharine Ross (1940.1.29~ )



舞台やテレビ・シリーズ出身、1967年の『卒業』でエレーン役で一躍脚光を浴びた女優です。
両親の離婚など暗い過去の末に舞台の裏方などをしていましたが、TVシリーズ『バージニアン』などに出演するようになり
1965年の『シェナンドー河』で映画デビュー、翌年の『歌え!ドミニク』で傍役をつとめたのちに1967年には『卒業』で
主役を射止めて人気スターになり、『明日に向って撃て!』で不動の地位を得ることになります。

【主要出演作品】
1965年『シェナンドー河』Shenandoah
1966年『歌え!ドミニク』The Singing Nun
1967年『卒業』The Graduate

1969年『夕陽に向って走れ』Tell Them Willie Boy Is Here
1969年『明日に向って撃て!』Butch Cassidy and the Sundance Kid



【ご命日】

★アラン・ラッド Alan Ladd (1913.9.03~1964.1.29)



下積みの末に168㎝の小柄ながらもスターの座を射止めたハリウッドの二枚目俳優。
主要出演作品として『市民ケーン』『シェーン』『島の女』『地獄へ片足』などがある。
 

『1月28日』

2019-01-27 20:50:35 | 明日は誰の日

【誕生日】

☆ ファウスト・パペッティ Fausto Papetti (1923.1.28~1999.6.15)



甘くてソフトなアルト・サックスを華麗に操るイタリアのムード音楽の神様です。
はじめはバリトン・サックスの奏者としてジャズ界で活躍していましたがアルト・サックスに転向し、自前のバンドを結成、
第一弾の映画主題歌『激しい季節』がヒット、次いで当時人気の高かった映画音楽をカヴァーして人気楽団になりました。
また、シングル盤としてのリリースはそれほど多くありませんが、逆にLP盤の方は1960年から1980年にかけて大量に発売
されていて、その生涯において膨大な数のヒット曲をカヴァーしています。

【主要シングル盤】
1959年『激しい季節』Estate Violenta 【YOUTUBEより】


1959年『魅惑の渚』Mare Incantato 【YOUTUBEより】


1960年『甘い生活』 La Dolce Vita 【YOUTUBEより】


1961年『鞄を持った女のブルース』La Ragazza Con La Valigia 【YOUTUBEより】


1961年『太陽の誘惑』Su Nel Cielo 【YOUTUBEより】


1962年『トラスト・ミー』Trust Me 【YOUTUBEより】


以下は彼のリリースしたアルバムから有名どころのカヴァー曲をチョイスしてみました。(但・録音年月は不明です)
タイトル名をクリックしていただければ【YOUTUBE】 に飛びます。

グリスビーのブルース』Le Grisbi
黒いオルフェ』Orfeo Negro
夏の日の恋』Scandalo Al Sole
星空のブルース』Wonderland By Night
さようならをもう一度』Quando Dormirai
アパートの鍵貸します』 The Apartmet
小さな花』Pequeña flor
黒い傷痕のブルース』Broken Promises
モア』More
夜は恋人』 Mea Culpa
白い渚のブルース』Stranger On The Shore
太陽はひとりぼっち』 Eclisse Twist
『女王蜂のテーマ』Alfonso Al Cimieero
ラ・ノヴィア』 La Novia
恋心』 L'Amour, C'Est Pour Rien
蜜の味』Sapore Di Miele ( A Tast Of Honey )
男と女』Un Uomo ë Una Donna
ララのテーマ』Lara's Theme
いそしぎ』Castelli Di Sabbia
夜のストレンジャー』Solo Piu Che Mai
マイ・ウェイ』My Way
エマニエル夫人』Emmanuelle
ひき潮』Ebb Tide (Bassa Marea)
愛の誓い』Til
テンプテーション』Temptation
マリア・エレーナ』Maria Elena
ダニー・ボーイ』 Danny Boy
サマータイム』Summertime
スリーピー・ラグーン』Sleepy Lagoon
ソー・イン・ラヴ』So In Love
セプテンバー・ソング』September Song
信じられない』Non Credere
枯葉』Les Feuilles Mortes
哀愁のヨーロッパ
バラ色の人生』La Vie En Rose

『女王蜂のテーマ』は【YOUTUBE】で見つけることができませんでした。
女性のため息交じりのコーラスのついたちょっと悩ましい演奏なのですが残念です。


☆ アッカー・ビルク Acker Bilk (1929.1.28~2014.11.02)



イングランドのサマーセット州生まれのクラリネット奏者です。
1955~64年の間に自らのバンドを指揮、1961年に作曲した”Jenny”が、イギリスのTVシリーズ ”Stranger On The Shore”
のテーマ曲として取り上げられ、タイトルも”Stranger On The Shore”(邦題・白い渚のブルース)と改題して全英及び全米で
No.1に輝くミリオン・ヒットになりました。
残念ながら日本ではチャートを賑わすまでには至らずその後の活躍を聞くこともなく、一発屋に終わっています。
↓はアッカー・ビルク楽団の『白い渚のブルース』【YOUTUBEより】