港町のカフェテリア 『Sentimiento-Cinema』


献立は…  
シネマ・ポップス…ときどきイラスト

『6月18日』

2019-06-17 15:07:43 | 明日は誰の日

【誕生日】


☆ジャネット・マクドナルド  Jeanette MacDonald (1903.6.18~1965.1.14)



ブロードウェイ出身の女優で、戦前のトーキー初期に人気絶大であったミュージカルの看板スターです。
ペンシルベニア州フィラデルフィアに生まれ、幼少の頃から妹のブロッサムと共に音楽舞踏学校に学びコーラス・ガールに
なり、1919年ブロードウェイで初舞台を踏み、主役級に成長しました。
1929年にパラマウントと契約してエルンスト・ルビッチ監督の『ラヴ・パレード』で主役として映画デビュー、その後も
ネルソン・エディとの共演でミュージカル・スターとして絶大な人気を誇りました。
しかし、戦後になって人気も陰り、1949年の『山荘物語』を最後に映画界を去っています。

【主要出演作品】
1929年『ラヴ・パレード』 The Love Parade

1930年『極楽島満員』 Let's Go Native
1930年『モンテ・カルロ』  Monte Carlo
1932年『今晩は愛して頂戴ナ』 Love Me Tonight

1934年『メリィ・ウィドウ』 The Merry Widow
1935年『浮かれ姫君』 Naughty Marietta
1936年『ローズ・マリイ』 Rose Marie

1936年『桑港』 San Francisco 
1940年『ニュウ・ムウン』 New Moon


↓はジャネット・マクドナルドの映画『ニュウ・ムウン』の主題歌『恋人よ我に帰れ』 【YOUTUBEより】



【ご命日】

★クルト・ユルゲンス Curd Jürgens (1915.12.13~1982.6.18)



重い威圧感により威厳のある役どころで活躍したドイツ出身の国際俳優。
主な出演作品として『悪の決算』『眼には眼を』『スパイ』『史上最大の作戦』『スエーデンの城』などがある。


★ジャン・ドラノワ Jean Delannoy (1908.1.12~2008.6.18)



1940~50年代のフランス映画界を支えた中堅実力派の映画監督。
主な監督作品として『悲恋』『田園交響楽』『ノートルダムのせむし男 』『殺人鬼に罠をかけろ』などがある。

『6月17日』

2019-06-16 18:40:18 | 明日は誰の日

本日は私の守備範囲内での該当者がありません。

………

記事がないと ちょっと淋しいので

以前に描いたイラストを貼っておきます




『6月16日』

2019-06-15 19:21:42 | 明日は誰の日

【ご命日】


★グンナール・ヘーグルンド Gunnar Hoglund (1923.2.18~1984.6.16)



元々は映画の子役として活躍した俳優で、『太陽のかけら』で名をあげたスエーデンの映画監督。
主な監督作品として『太陽のかけら』『恍惚の泉』『わが愛を見つめて』などがある。


★ニコラス・レイ Nicholas Ray (1911.8.07~1979.6.16)



骨っぽいが不器用な作風で反逆児を扱った作品を得意としたアメリカの映画監督。
主な監督作品として『大砂塵』『理由なき反抗』『キング・オブ・キングス』『北京の55日』などがある。

『6月15日』

2019-06-14 21:17:39 | 明日は誰の日

【誕生日】


☆オラシオ・サルガン  Horacio Salgán (1916.6.15~2016.8.19)



前衛的なアレンジでアルゼンチン・タンゴ界の鬼才といわれたタンゴ・ピアニスト、楽団指揮者です。
ブエノスアイレスに生まれ、6歳でピアノの勉強を始め13歳の時に市立音楽院の優等生としてクラシックに専念していましたが
経済的な事情で1930年に映画館のピアニストとして働き始めました。
1937年にはロベルト・フィルポ楽団と契約し同時にミゲル・カロ楽団のアレンジャーをも担当、1947年には再びオルケスタを
立ち上げて1950年にRCAヴィクトルから再デビューしました。当初はデ・カロやコビアンなどの古典曲を演奏していましたが、
慎重に研究された不調和を積極的導入したことで前衛的との評価を受けて、タンゴ愛好家の間でも賛否両論となりました。
1959年には盟友のヴァイオリニストであるエンリケ・マリオ・フランチーニ、バンドネオン奏者のペドロ・ラウレンスなど
一流どころを束ねて、ポピュラリティー豊かなモダン五重奏団の「キンテート・レアル」を創設し、ダイナミックな演奏法で
タンゴ・ファンを大いに唸らせました。

↓はオラシオ・サルガン楽団の『ミロンゲラ・ビエホ』 【YOUTUBEより】


↓はオラシオ・サルガン楽団の『エル・チョクロ』 【YOUTUBEより】


↓はキンテート・レアルの『ラ・クンパルシータ』 【YOUTUBEより】



☆デヴィッド・ローズ  David Rose (1910.6.15~1990.8.23)



イギリス生まれの米国人ピアニスト、作曲家、楽団指揮者、TV音楽ディレクターです。
ロンドンに生まれ、1914年に家族と渡米してイリノイ州シカゴで育ちました。シカゴ音楽学校を経てテッド・フィオ・リート
楽団などのダンス・バンドのピアニストとして活動をはじめ、1936年にはシカゴとロスアンゼルスのラジオ局で編曲を担当、
1938年にはハリウッドのミューチュアル放送の音楽ディレクターとなりました。
第二次大戦後に自前の楽団を再編成し、既存の名曲をストリングスの利いたカヴァー演奏で注目を集めました。
また、映画音楽も手がけたものの名曲を残すには至りませんでしたが、TVでは『ボナンザ』や『大草原の小さな家』などは
日本のお茶の間にお目見えしましたのでよく知られているようです。

【主要演奏曲】
『慕情』Love Is a Many Splendored Thing【YOUTUBEより】

『ホリデイ・フォー・ストリングス』Holiday For Strings 視聴
『エストレリータ』Estrellita 視聴
『ひき潮』Ebb Tide 視聴
『スターダスト』Stardust 視聴
『夕陽に赤い帆』Red Sails in the Sunset【YOUTUBEより】

『セプテンバー・ソング』September Song 視聴
『九月の雨』September In The Rain 視聴
『ポインシアナ』Poinciana 視聴
『ストリッパー』Stripper 1962年全米1位 視聴
『ボナンザ』Bonanza 視聴
『大草原の小さな家』The Little House On The Prairie【YOUTUBEより】 



☆ブリジット・フォッセー  Brigitte Fossey (1946.6.15~ )



『禁じられた遊び』の少女ボーレット役で世界中の涙を誘い、そして現在も活躍しているフランスの女優です。
ノール県トゥールコワンに生まれ、5歳の時にルネ・クレマン監督の反戦映画の金字塔『禁じられた遊び』でいたいけない
悲劇の少女を演じて絶賛されました。その6年後『ハッピー・ロード』を最後に子役を引退して学業に励むことになりました。
学生時代は勉学に専念し、パリで哲学を学び、ジュネーヴで通訳の訓練を行う一方で、女優として復帰するためにパリの
イヴ・フレット(Studio d'Entrainement de l'Acteur)で演技を学んだ後に、1967年にジャン・ガブリエル・アルビコッコ監督の
『さすらいの青春』で大人の女優としてカムバックを果たし、現在も女優活動を続けています。

【主要出演作品】
1952年『禁じられた遊び』 Jeux interdits

1957年『ハッピー・ロード』 Happy Road
1967年『さすらいの青春』Le Grand Meaulnes
1968年『さらば友よ』Adieu l'ami


☆マノス・ハジダキス Manos Hadjidakis (1925.10.23~1994.6.15)



ギリシャ音楽の理論家でピアニスト、楽団指揮者、作曲家、そしてギリシャを代表する映画音楽家です。
弁護士の父親のもとにギリシャの クレタ島の小村に生まれ、4歳頃からピアノ、バイオリン、アコーディオンの音楽教育を
受けました。1940年から1943年の間に高度な音楽理論を研究すると同時に大衆的なものとして軽視されていたギリシアの
ポピュラー・ソング「レベティカ」の見直しを図り、ギリシア映画や国立劇場等のために数多くのスコアを書きました。
なかでも戦争でトルコからギリシャに引き上げてきた移民たちの民謡「レベティカ」の影響を大いに受けて1960年には
ジュールズ・ダッシン監督の映画『日曜はダメよ』において民族楽器のブズーキを使った軽快なトレモロによる主題歌の
”Ta Paidia Tou Peiraia”を作曲・演奏して一躍世界に認められました。
その後、ギリシャのパパドプロス軍事独裁政権への反対のために国外に出て多くの映画音楽を書いています。
また、ブレンダ・リーやパーシー・フェイス楽団でおなじみの『淋しくって』”All Alone Am I” は、1959年のギリシャ映画
『To nisi ton genneon』の挿入歌としてハジダキスによって作曲されたものでありました。

【主要映画音楽作品】
1955年『ステラ』 Stella
1960年『日曜はダメよ』Never on Sunday【YOUTUBEより】

1964年『トプカピ』
1964年『アメリカ アメリカ』
1968年『血と怒りの河』

↓はパーシー・フェイス楽団の『All Alone Am I』 【YOUTUBEより】



【ご命日】

★エラ・フィッツジェラルド Ella Fitzgerald (1917.4.25~1996.6.15)



ビリー・ホリデイ、サラ・ヴォーンと並び20世紀を代表する黒人女性ジャズ・ボーカリストの1人。
主な歌唱曲として『マック・ザ・ナイフ』『キャラヴァン』『A列車で行こう』などがある。


★ファウスト・パペッティ Fausto Papetti (1923.1.28~1999.6.15)



甘くてソフトなアルト・サックスを華麗に操るイタリアのムード音楽の神様。
主な演奏曲として『甘い生活』『鞄を持った女』『太陽の誘惑』『トラストミー』『魅惑の渚』などがある。

追記 2019.6.16

★フランコ・ゼッフィレッリ Franco Zeffirelli (1923.2.12~2019.6.15)



ルキノ・ヴィスコンティ監督の門下生で、シェイクスピア演劇で頭角を現わしたイタリアの演劇演出家・映画監督。
主な監督作品として『じゃじゃ馬ならし』『ロミオとジュリエット』などがある。


『6月14日』

2019-06-13 14:24:55 | 明日は誰の日

【誕生日】


☆スタンリー・ブラック  Stanley Black (1913.6.14~2002.11.27)



ムード音楽、ダンス音楽、ラテン・ミュージックを得意としたイギリスの楽団指揮者です。
ロンドンのホワイトチャペルに生まれ、マッセイ音楽院でクラシック・ピアノを学びましたがポピュラー界へと転身し、
当時イギリスの人気ダンス・バンドであったハリー・ロイ楽団に参加、1934年にはイギリスを訪れたアメリカのジャズ
サックスのコールマン・ホーキンスとの共演でジャズ・ピアニストとしても脚光を浴びました。
1943年には自らの楽団を結成、BBC放送のダンス・バンド・リーダーとして活躍しました。一方で南米に遠征したとき
ラテン・ミュージックに魅了され、小編成のスタンリー・ブラック&ラテン・アメリカン・リズムをも結成して数多くの
ラテン・ナンバーを録音しています。
また、映画音楽分野の作曲にも手を染めましたが残念ながら特筆するほどの成果は上がっていないようです。

【主要演奏曲】
『マラゲーニャ』Malagueña 【YOUTUBEより】

『パーフィディア』Perfidia  視聴
『グリーン・アイズ』Green Eyes 視聴
『グラナダ』Granada 視聴
『フレネシー』 Frenesi 視聴
『アンダルシア』Andalucia 視聴
『デリカード』Delicado 【YOUTUBEより】

『黒いオルフェ』Black Orphes 視聴
『私の心はヴァイオリン』Mon Coeur Est Un Violon 視聴
『黒い瞳』Dark Eyes 【YOUTUBEより】

『ヘルナンドス・ハイダウェイ』Hernando's Hideaway 視聴
『ひき潮』Ebb Tide 視聴


【ご命日】

★ロベルト・フィルポ Roberto Firpo  (1884.5.10~1969.6.14)



ピアニスト及び楽団指揮者で、アルゼンチン・タンゴ創生期を支えた最大の功労者です。
主な演奏曲として『夜明け』『花火』『ラ・クンパルシータ』『エクスポジション酒場』などがある。


★ウーゴ・ブランコ Hugo Blanco (1940.9.25~2015.6.14)



オルキデアのリズムで世界を魅了したベネズエラのアルパ(インディアン・ハープ)奏者、楽団指揮者。
主な演奏曲として『蘭の花』『コーヒー・ルンバ』『ベネズエラの夜』『悲しきルンバ』などがある。


★ヘンリー・マンシーニ Henry Mancini  (1924.4.16~1994.6.14)



ピアニスト、作曲編曲家、オーケストラ指揮者でアメリカを代表する映画音楽作曲家の一人。
主な演奏曲として『ムーンリバー』『子象の行進』『シャレード』『ロミオとジュリエット』『ひまわり』などがある。