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ケパとドルカス

『肝心なことは目では見えない』
これは星の王子さまの友達になったきつねの言葉。

看板に惹かれて

2018年06月29日 | 教会のこと


15 歳の時、探し続けてようやく見つけた小さな「〇〇教会伝道所」の木製看板。灯台下暗しで、意外や自宅の近くにあった。その看板は篤信な老信徒の自宅玄関横に付けられたものであった。発見し何度もその前を通りながら、いつも閉ざされていた看板横の玄関扉を開けるために、私はさらに半年かけなければかった。(記憶に残る伝道所の看板の家)

それから35年も経って、家族の離散と母の介護のため、実家に戻った私は、試練を経て、2年後、なんとカリスマ派のクリスチャンになった。その直後に導かれて広島市の教会(主の十字架クリスチャンセンター広島神の教会)に属し、熱心に通うようになった。すぐ神学生となり、伝道師に。1年後には副牧師に按手された。
その間、45 キロと言う遠い距離を週に何度も教会に通いながら、住んでいるこの故郷に今は教会が無いことに、何とかして十字架の御旗を掲げたい、そんな思いが募って行った。

その頃はかつての「〇〇教会伝道所」の看板はすでに代がわりし、取り外されていた。すると半径20数キロ以内に、教会がまったく無いのである。この地は俗に「加賀の一向宗」と並ぶ「安芸門徒」と言う浄土真宗の一大黄金ベルト地帯であって、少なくとも私の知る限り、キリスト教不毛の地であった。

副牧師按手を受けて、示され、許しを得てすぐに取り組んだのが看板であった。かつての木製の看板は、通っていてもなかなか気がつかなかった。それで夜目にもハッキリ分かる電光看板を作って、それを自宅の通路側に張り出した。献身の決心が要った。

この看板は私が教職を辞し、東京へ行くまでの三年近く、ずっと立っていた。これを見て訪れてくれた人も何人かいて、広島の教会の支教会のような存在となったことが思い出される。私が上京する際、教会員を近くの教会に委ねたが、それだけが今でも心残りである。




ケパ




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