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街の散歩…ひとりあるき

25-26 耶偷陀羅女 若宮を生む『釋迦尊御一代記圖會』巻之3 

2024年10月09日 | 宗教

只、顔に紅葉しさしうつむきながら答(いら)え給うよう、包むとすれど甲斐なく斯くしろし召す
うえは何をか隠し候べき。太子、いまだ宮中を出で給わざる以前、発心修行の望みあるよしを
語り給い、久しからずして宮中を潜(しのび)出べし。丸(まろ)がなからん後は父大王、母夫人によくよ
く事(つかえ)よと教訓し給い、右の手の指にて妾が懐を指さし給い、三歳の後孕むこと有て男子を産
むべし。是、丸(まろ)が遺子(かたみ)なれば慈しみ育てよと仰せけれども、只、御別れの悲しさに誠(ま
こと)しくは思い奉らず、只管(ひたすら)出離の御望を止め奉れども、遂に諾(うべな)い給わで宮中を潜出
させ給いぬ。其の後は深き歎きにかきくれて、其の御詞とに忘れ侍りしに、年月立て心地
例ならず日に増して、身重くなりもてゆ紀あらぬ憂名さへ呼ばれぬる。身の悲しさ
推量させ給えと語り身を打ち伏せて泣き給う。憍曇弥夫人、聞き給いて奇異の思いを
なし半ば信じ半ば疑い、ますます其のよし奏聞すべしとて、自らの御坐に回ら
せ給い、塢将軍の妻を以て耶偷陀羅女が物語のやう妊娠の事を奏聞させ給う。
淨飯王、訝り給い、太子は権者(ごんじゃ)にて、未生以前より諸々の危篤なれば、さる不
測(ふしぎ)の事総てなしとは言い難けれどのも、三年の月日移りて妊娠たる事疑いなきに
あらず。宮中へ出入りする男子を悉く詰問すべし命じ給う。塢将軍が妻、

王命を領掌して立ち回り夫人に斯くと達しけれが、耶偷陀羅女に仕える女官はじ
め、三新宮に仕える者を一人づゝ召し寄せて問い糺し給う。物辨(わきま)えぬ女のならい、
己が随思(じゝ)よしなし事を申すにぞ、實事とも虚事とも紛然として分かちがたく、せんすべなくて
捨て置かれける。遂に臨産の時きたり、玉の如き男子降誕ある。羅□(ご)羅尊者
と申すは此の若君なり。太子、世に在(いま)して、宝位を受け嗣ぎ給いての御子ならば、満潮
の百官、諸(もろもろ)の王より慶賀の使者門前に市をなすべきに。誰あってか是を祝す
る者なく、却って種々に誹謗しけるにぞ、耶偷陀羅女の心ぐるしき譬えなく、世
をあじきなきものに思い、弥(いよいよ)引き籠もり居て、心ひとつに若君を太子の御遺子と
撫で傅(かしづ)き憂きが中なる楽しみ草に生(おう)し立て給う。然れども他の人はさしも思わず、主だ
にしらぬ捨て種よと無下に見おとし、つやつや訪い来る人もなきやうなりもてゆき、
世に云い甲斐なく明かし暮らし給うにも、あわれ此の若君の成長し給わば、母子打
連れいかなる深山幽谷をも尋ね、一度太子に見えしめ奉らんと、せめてそれをたの
しみにあじきなき月日を送り給う御心根ぞ痛わしかりける。

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