茶の葉の声に耳を澄まして    Tea-literacy

数千年にわたる茶と人とのかかわりに思いを馳せ、今、目の前にある茶の声に耳を傾ける
お茶にできること、お茶の可能性とは

杭州

2008年11月20日 | Weblog
1168年4月3日
栄西は博多の袖湊をあとにし
宋に向かいました。
明州の港に着いたのは4月24日
「澎湃(ほうはい)と寄せ来る波濤に翻弄されつつ
 大海原を一枚板の帆船が進み行く」こと3週間だそうで
あー、こわい
強風の葉山の海に立っていても
見ているだけで怖いのに
みんな、勇者だったのですねー
私はほんの3時間ほどで
ぴょーんと飛んで、その明州に行ってきます

栄西の頃、明州
現在、浙江省東部杭州
その寧波(にんぽう)という港は
遣唐使をはじめほとんどの日本からの船の寄港地です
そして
留学僧たちの行動範囲はさほど広くなかったので
「日本に入ってきた中国文化」といっても
それは
実は浙江文化のことであったようです

もっとも当時の寧波は
日本だけでなく
朝鮮半島や東南アジア諸国、アラビア等との貿易が盛んで
中国全土からの物資が集まっていた都市でもあったので
全国的な物流はあったようですが
浙江文化の伝達という要素が強かったということは
重要なポイントであるようです

新羅・高麗やペルシャの人々が行き交う町
言葉ってどうしていたのでしょう
通訳の最初の最初の最初の人は誰に習ったの?
なんてつまらないことに悩んでる場合ではない・・・

中国茶いっぱい飲んできます
何とか通信できますことを祈って
行ってきま~す





最新の画像もっと見る

コメントを投稿