私は、日本は"感動"の多い国になってほしいと思います。
では、人はどんな時に感動するのか・・・。
3つのパターンがあるのではないかと思います。
1、無心で誰かを助けようとした時。
誰かを無我夢中で助けようとした時、癒そうとした時、人は感動します。昨年末、神戸の交流会でお会いしたAさんは、ホームから転落したおばさんを助け、警察から表彰状をもらいました。しかし、迫り来る電車を見ながら線路に飛び降りた時、彼はただ「人を助けたい」と思っただけで、一切の私心はなかったでしょう。
こんな特殊な場合でなくても、高校生が老人に席を譲ったり、大学生が辛い目にあっている人たちの為に街頭で募金活動をしているのを見ても、とても感動します。そんな心温まる感動で満ちた国であって欲しいと思います。
2、夢に向かって必死に努力している時。
友人のTさんは、様々な障害を乗り越え、昨年末、彼の長年の夢であったパイロット養成スクールを大阪に開校しました。一年前は到底不可能と思えた彼の夢が、彼の不眠不休の努力で現実のものになった時、私は感動しました。わが国は、多くの人々が自らの夢を捨てず、果敢に挑戦する国であって欲しいと、私は思います。
3、力を合わせて何かを達成した時。
北京五輪での女子ソフトボールチームの活躍。マンUを本気にさせ、新年の天皇杯でも優勝したガンバ大阪の活躍・・。あるチームが力を合わせて何かを達成した時、大健闘した時、そのチームに参加した人も、そのチームを応援した人も、大きな感動を味わいます。今、多くの若者が走っている箱根駅伝でも様々な感動が生まれる事でしょう。日本はチームプレイが最も得意な民族です。できることなら、そのチームプレイの良さを全世界に広げて、何かを達成したい・・・そんな気がします。
この国が、小さな感動、大きな感動に満ち溢れた国になった時、日本は世界で最も生き生きとした、尊敬される国の一つとなり、国際貢献度の非常に高い国になっている事でしょう。しかも、それは、私達の日々の心がけ、行動で十分実現可能なのです。決して簡単な事ではありませんが、そうなれるよう、私も、日々挑戦してゆきたいと思います。
これからの日本に期待することランキング 2009
http://ranking.goo.ne.jp/ranking/004/want_japanpolitics_2008/
では、人はどんな時に感動するのか・・・。
3つのパターンがあるのではないかと思います。
1、無心で誰かを助けようとした時。
誰かを無我夢中で助けようとした時、癒そうとした時、人は感動します。昨年末、神戸の交流会でお会いしたAさんは、ホームから転落したおばさんを助け、警察から表彰状をもらいました。しかし、迫り来る電車を見ながら線路に飛び降りた時、彼はただ「人を助けたい」と思っただけで、一切の私心はなかったでしょう。
こんな特殊な場合でなくても、高校生が老人に席を譲ったり、大学生が辛い目にあっている人たちの為に街頭で募金活動をしているのを見ても、とても感動します。そんな心温まる感動で満ちた国であって欲しいと思います。
2、夢に向かって必死に努力している時。
友人のTさんは、様々な障害を乗り越え、昨年末、彼の長年の夢であったパイロット養成スクールを大阪に開校しました。一年前は到底不可能と思えた彼の夢が、彼の不眠不休の努力で現実のものになった時、私は感動しました。わが国は、多くの人々が自らの夢を捨てず、果敢に挑戦する国であって欲しいと、私は思います。
3、力を合わせて何かを達成した時。
北京五輪での女子ソフトボールチームの活躍。マンUを本気にさせ、新年の天皇杯でも優勝したガンバ大阪の活躍・・。あるチームが力を合わせて何かを達成した時、大健闘した時、そのチームに参加した人も、そのチームを応援した人も、大きな感動を味わいます。今、多くの若者が走っている箱根駅伝でも様々な感動が生まれる事でしょう。日本はチームプレイが最も得意な民族です。できることなら、そのチームプレイの良さを全世界に広げて、何かを達成したい・・・そんな気がします。
この国が、小さな感動、大きな感動に満ち溢れた国になった時、日本は世界で最も生き生きとした、尊敬される国の一つとなり、国際貢献度の非常に高い国になっている事でしょう。しかも、それは、私達の日々の心がけ、行動で十分実現可能なのです。決して簡単な事ではありませんが、そうなれるよう、私も、日々挑戦してゆきたいと思います。
これからの日本に期待することランキング 2009
http://ranking.goo.ne.jp/ranking/004/want_japanpolitics_2008/
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