matasaburo3の散歩日記

日本各地を旅しながら、日本の四季を撮ります。
又、世界各地の街を巡りながらの印象記やあれこれ。

鎌倉の春ー建長寺と妙本寺

2017-04-13 10:51:29 | 鎌倉散歩




 鎌倉

 4月初め、桜咲く鎌倉を訪ねました。

1.建長寺

 建長寺の創建は1253年(建長5年
)。
鎌倉幕府5代執権の北条時頼が創立しま
した。

鎌倉五山の第一位です。

当時の日本は承久の乱(1221年)の
後、北条氏の権力基盤が安定し、鎌倉が
事実上、日本の首府となっていた時代で
す。

山ノ内は北条氏の本拠地で、幕府のある
鎌倉中心部から山一つ隔てた所に位置し
、北の出入口の護りに当たる要衝の地で
した。


 (法堂)

昔は、建長寺全体が修行道場で、法堂に
集まり説法を聞き修行の眼目としました

鎌倉最大級の木造建築で、内部には千手
観音坐像が安置されています。


 (法堂天井画)

鎌倉に住んでいた日本画家小泉淳作の筆
による「雲龍図」です。


 (唐門)

方丈入口の門。芝増上寺の徳川秀忠夫人
崇源院霊屋から移築したものです。


 (竜王殿)

方丈(竜王殿)は京都から移築されまし
た。

建長寺創建時の建物は地震や火災により
失われましたが、江戸時代に徳川家の援
助で、主要な建物が新築または他所から
移築されました。


2.妙本寺

 妙本寺のある谷は比企谷(ひきがやつ
)と呼ばれます。

鎌倉時代、源頼朝の重臣・比企能員一族
の屋敷がありました。
2代将軍頼家の後継者争いで北条氏に敗
れ滅亡しました。

生き残った末子能本が、日蓮上人に帰依
し、1260年法華堂を建立したのが、
妙本寺の始まりといわれています。



日蓮の弟子・日朗が妙本寺を継承し、
日蓮宗の重要な拠点となりました。



祖師堂の前の海棠も咲き始めていまし
た。

小林秀雄が中原中也と妙本寺境内で、
海棠の花を眺めたときの情景が、「中
原中也の思い出」に記されています。

一部を抜粋します。

「晩春の暮方、二人は石に腰掛け、海棠
の散るのを黙って見ていた。花びらは死
んだ様な空気の中を、まっ直ぐに間断な
く、落ちていた。樹陰の地面は薄桃色に
べっとりと染まっていた。あれは散るの
じゃない。散らしているのだ、・・・・・」